95.――加護の中の鳥は。


【View ; Rihito】


 府中野こうや市警察署取調室。

 そこに、自分こと炙川アブカワ 理人リヒトが同席しております。


 この場には冴内警部と、前回同様にうちの所轄ではない安藤警部の二人が、取り調べを行うようです。


 春にあった事件同様に、自分は横で見ているだけですが、またこの組み合わせであることに不安が生じております。


 さておき――不安というのは自分の個人的な感情でしかなく、命ぜられた以上は職務を全うしたいと思います。


 今回の容疑者は織川オリカワ 夢道ユメミチ

 市内にある私立高校、朱之鳥学園の教師だそうです。


 罪状は婦女子暴行に、殺人未遂と放火。

 容疑者とはいえ、その内容は少々穏やかではありません。


 ただ、どういうワケか顔中に痣や絆創膏、包帯など見えます。

 顔だけではありません。服の隙間などから覗く身体は結構痛々しいくらいです。


 そのことを不思議に思っていると、安藤警部が小声で教えてくれました。


「被害者の何人かがケンカが異様に強い女の子でね。

 被害こそ受けたものの、早々に立ち直って……まぁ、そのね」


 ケンカが異様に強い女の子が複数人いることに驚きですが、同時に納得もしました。

 婦女子暴行――その言葉の意味を考えた時、こういう反撃がされても不思議ではありません。


「さて、色々と喋ってもらいたいワケなんだけど」


 冴内警部がそう話しかけると、織川は自嘲気味に――というよりも投げやりな様子で答えます。


「喋ったところで信じるのか? 刑事さんが信じたところで世間が信じないぞ?」

「別に世間に公表するモノでもないしね」


 それに対して、冴内さんはやれやれという様子で嘆息しました。


「確かに君が開拓能力フロンティアスキルを使った行いの証明は難しいね」


 ……また出ました。開拓能力。

 前回の錐咬キリカミの時にも出たワードです。

 超能力――とも呼ばれていました。


 つまり、今回の一件も超能力犯罪ということなのでしょうか。

 最近、署内で冴内警部の発言権を増してきているのを感じます。そういう風に立ち回っているようにも。


 前回の一件で、『権力闘争とプライドを優先して犯人をみすみす見逃すような者たちばかりの署なのかね、ここは?』と署長を睨みつけていたという噂は、誇張こそされていても、ただの噂ではないのでしょう。


 そこから思うのに、冴内警部は、この手の超能力犯罪に対応する為に、署内での発言力を高めているようにも思えます。


「実際、君の能力は――他人の夢の中へと侵入し、精神や記憶を操作するというモノらしいね?

 なるほど。以前捕まえた能力犯罪者と違って、非常に立件が難しそうだ」

「だろう?」


 ニヤリと笑う織川の姿に自分は顔をしかめました。

 包帯に包まれている顔であったとしても、わかります。あれは完全に冴内警部をナメている顔です。同時に自分が立件されない自信に満ちた顔ともいえます。


 警察官としての経験が浅い自分でも分かります。あの顔は、やっている顔です。

 超能力なんてものはまだ信じられないところはありますが――だけど、それでも、この男は犯罪行為を……それも笑ってはすませられないような行いをしている顔ですッ!


 そんな自分の様子に気づいたのでしょう。

 同席している安藤警部が、自分の肩を叩きました。


「落ち着け。ああいうやから常套じょうとう手段だ。

 怒って冷静さを失えば、向こうの思うツボだぞ。それに無罪であるはずの人物がそういう態度を取るコトがある。

 怒るのは構わないが、目を曇らせるようなコトはしないように」

「……はい。すみません」


 やはり自分はまだまだですね。

 こっそりと深呼吸をして、気持ちを持ち直します。


「織川先生。自信満々のところ申し訳ないのだがね。

 君の婦女子暴行、並びに放火と殺人未遂に関しては、能力の有無は関係ないんだ」


 冴内警部が、窓際でぼんやりしている時の顔のまま、ニッコリと告げます。

 でも、今この場では逆にその優しい笑顔が怖いです。


富蔵フグラ 露定ロテイくん。知っているね?

 君の勤めている学校の生徒であり、先生のその手にラクガキを仕掛け、先生が火をつけた家庭科授業用の調理室から女の子を助け出した生徒だ。

 自分自身は腕が折れ、意識が朦朧とした状態で、女の子と共に家庭科室を脱出したコトは知っているかな? 彼の背中にひどい火傷があったが、女の子の方は軽い打ち身や打撲だけだった」

「あ、あれは……女子生徒と彼が、無人の家庭科室でイタしていた時に、ガスが爆発したモノだろう?」


 冴内警部の言う少年と、織川の言う少年の人物像がブレている。

 これは――どちらかが嘘を言っている……ということでしょうか?


 警部の話が本当なら、それは大変英雄的な少年です。

 ですが、織川の話を信じるなら、逆に不良的な人物になるワケですが――


 いえ。そもそも疑問が沸きますね。


「仮に少年と少女が性行をしていたとして、それがどうガス爆発に繋がるのでしょうか?」


 思わず口に出すと、冴内警部はよくできました――とばかりにうなずいて、織川に訊ねました。


「彼の言う通りだね。そこのところはどうなんだい?」

「いや、それは……。夢中になっているうちに、栓を抜いたりしたんじゃないか?」

「なるほど?

 あの部屋のガス栓はすべてコンロに繋がっていたし、すべて元栓がしまっていた。ただコンロと繋がる栓が抜けた程度じゃあ、ガスは漏れない。何より大元のガス栓がとなりの準備室にあったそうだしね」


 冴内警部の話の通りであれば、確かに夢中になっていて知らずに栓にぶつかっていたとしても、少々難しいようですね。

 そもそも大元のガス栓が開いてなければ調理室のガス栓を開けても意味がないでしょう。


 何より――


「いくら夢中になっていてもガスの臭いはさすがに気づく。そうなるようにガスには臭いが付けられているワケだしね。

 そしてもう一つの疑問点がわく。どうやって火を付けたのかな……とね?」


 そうです。

 ガス爆発の説を推すなら、火種が何であったのかが必要です。


「それは……私に目撃された為、彼がヤケになって……それで……」


 ハッキリと言葉にしないので、織川の容疑が深まります。


「それに、富蔵くんの腕の骨折は、強いチカラによる打撲が原因だそうだ。ガス爆発だけでは説明がつかないよ?」


 つまりこの男は、少女を抱いているところを少年に見咎められた為、少年に暴行を加えて家庭科室に火を放ち、証拠隠滅の為に少女ごと少年を殺そうとしたということでしょうか?


 少年が生き延びても、自分と少年の立場を入れ替えて語ることで、罪を少年に擦り付けようようともしていたのかもしれません。


「織川先生。月里ツキサト 灯莉アカリさんという女子生徒はわかりますか?」

「…………」

「富蔵君に見咎められた時、あなたが抱こうとしていた少女です」

「…………」

「事情聴取の開始当初は言動がコロコロと変わる支離滅裂な証言が多かったんですがね……ようやく、ちゃんと喋ってくれるようになりました」


 ギリリという歯ぎしりが聞こえた気がします。

 そんな織川を見ながら、冴内警部が冷たい眼差しを向けます。


「織川先生……貴方の開拓能力ですが、限界値はご存じですか?」

「なにを?」

「精神や記憶を改竄できる範囲はどこまでですか? 同時に何人までを影響下におけますか? 先生の意志の外で解除される条件は? 他にも色々とありますが、貴方は自分の能力をどこまで研究されていました?」

「そ、そんなモノ……! もう能力を失ってしまった俺に何の関係が……!」

「そしてもう一つ――能力が解除された時、記憶や精神の改竄を受けていた女性はどうなるかご存じで?」


 質問の意図が急に分からなくなってしまいました。

 冴内警部は何で急にこんな質問を――


「ちゃんと把握して、保険を掛けておくべきでしたなぁ……。

 能力が強すぎる弊害という奴かもしれませんな。対超能力者戦に馴れた少女たちすら、貴方の能力に対抗するのは非常に困難なそうですしね」


 ……えーっと、対超能力者戦??

 どうして、急にそんなマンガか何かのような言葉が……?


「先生が先生の意志で解除する時は改竄内容の一部を保持させるコトができたのかもしれませんがね……貴方は、突然能力を失った。

 それは同時に、貴方が記憶や精神の改竄を施していた女性全員も先生の影響下から脱したワケです」

「それが、何だと……」

「改竄された記憶が戻ったんですよ、全員。

 夢の中であれ現実であれ、貴方に襲われた方々は全員それを記憶していましてね。軽く聴取するだけで色々と聞けました」


 冴内警部の言葉に、織川が青ざめていきます。

 横にいる安藤警部は腕を組み目を伏せたまま、じっと佇んでいます。


 超能力がどうとかっていうのは分かりませんが、それでも理解できたことはあります。

 この男は、多数の女性たちを襲い、超能力で襲われたという記憶を改竄していたのでしょう。


 超能力の存在を信じるなら――ですが。

 そして、何らかの原因によって超能力を失った為、彼が行っていた記憶の改竄のすべてが元に戻った。


 それはつまり――


「織川先生。貴方が超能力を使っていたコトなんて証明する必要はないんですよ。

 記憶を取り戻した皆さんが、貴方の犯行について証言してくれるのですから。

 それらに対して、どんな言い訳をしてくれるんですか? ねぇ先生?」


 今度はハッキリと、織川が歯ぎしりする音が聞こえました。


「なんでだよ……なんで俺はこんな目に遭うんだよ……」


 そして、彼はそんな言葉を漏らしました。

 理解ができません。理解したくありません。まるで自分が不幸な目に遭っているかのような言い方です。


「ただ母親の言う通り生きてきただけだぞ。いい学校行って、いい大学出て、教師になって……。

 かごの鳥のような人生だったのに、何でこんなコトに……超能力だって偶然手に入れただけなのに……」


 涙まで流しはじめましたが、理解ができません。


 偶然、超能力を手に入れただけ?

 手に入れる経緯が偶然だろうと、それをどう扱うかは自分次第でしかないでしょうに。


 そう思っていると、安藤警部がその鋭い眼差しを向けて低く告げます。


「どの口で言うんだお前」

「何を……」

「かごの中の鳥? 母親の加護にずっと浸ってたのは自分だろう?

 母親は君の巣立ちを待っていた。だが君は飛び立たなかった。

 超能力を手に入れて――いや手に入れる前から、都合よくかごから外に出て好き勝手やった後で、かごの中に戻ってきて……。

 そうして、その加護の中で言うんだろう? 自分はかごの中の鳥。とても不幸だと。ふざけるなよ」

「お前に俺の何が……」

「分かるさ。君のプロフィールは調べた。友好関係も。両親からの聞き取りもしたし、君の友人たちからの聞き取りもした。その上で、私が得た答えだ」


 安藤警部が怒るのも分かる気がします。

 他人が敷いたレールの上を歩かされることを嘆いていながら、レールから外れようともせず……。


 かごの中の鳥を自称しながらも、たびたびかごの外へと出ている。


 それって、ようは――


「不幸な自分に酔う自分を楽しんでるんですか?」

「そうだろうな。本人は無自覚だろうが」


 自分の言葉に、安藤警部がうなずきました。

 そして、安藤警部は目を眇めて、織川に告げます。


「織川 夢道。お前――もしかして自分が超能力を得た結果、犯罪者になってしまったとか考えていたりしないか?」

「え?」


 その表情で、図星だと分かります。

 なんて、バカバカしい男なのでしょうか。


 どこまでも他責思考。

 自分に降りかかる厄介事は全て、自分の不幸に依るところにしてしまう。


 自分がこんな目に遭うのも、かごに閉じこめた母親のせいと変換することでしょう。


「関係ないぞ? 表沙汰になってないだけで、お前はすでに罪を犯していた。

 今回お前を調べているうちに、詐欺や傷害などの罪状でお前の友人たちを捕まえさせてもらった。お前にも同様の容疑が掛かっている」


 ああ――やはりそうですか。

 超能力があろうがなかろうが関係ありません。

 たまたま超能力が今回の逮捕のキッカケになっただけで、いずれは彼がやってきたコトが明るみになっていたことでしょう。


「自分の不幸に酔いたければ酔えばいい。好きなだけ酔って構わないぞ。

 お前の不幸酔いがオーバードーズするほどに、我々は追求するからな」


 有無言わさぬ迫力で安藤警部が告げます。

 その横で、冴内警部も目を眇めました。


「余罪も色々ありそうだしね。炙川くん、手伝ってくれるね?」

「はい! もちろんです!」


 そして、自分もまた、お二人と共にこの男を徹底的に追及したいと思います。


 超能力がどうとか、色々気になることはありますが――

 それ以上に、この男はしっかりとした法の裁きが必要だと思いますから。


=====================


【TIPS】

 織川は夢の中でこそしっかりと女子を抱いていたのだが、現実では女子の身体をまさぐって遊ぶ程度で抑えていた。

 これは無意識の保身であると同時に、遊び歩いていながら潔癖の童貞だった為、リアルでの性行の仕方がよく分かってなかったから。

 ある意味でかごの鳥であったから潔癖であったというのと同時に、かつて目撃してしまった両親の情事が無意識のトラウマになっていた可能性もある。

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