93.歌えジェイルハウスロック!~先生、ドラムね☆~


 ――鷲子たちが迷宮攻略中、放課後の学校。


【View ; Karen】


 よく使っている空き教室で、アタシはチュッパロリップスをくわえながら愛用の夜桜柄グローブを両手につける。


 この場には槍居先輩と、伊茂下先生。そして鷲子ちゃんの知り合いだという警察官、冴内さんもいる。


「十柄さんたちは、迷宮の攻略を始めたようだよ」


 冴内さんが、手元のスマホを見ながら教えてくれた。

 誰とつながっているかはわからないけど、教えて貰えるのはありがたいよね。


「しかし刑事さん、相手が超能力者とはいえ……生徒に頼むのは」

「伊茂下先生。お気持ちはわかります。自分も同じですよ。子供に頼らざるをえない。あまりにも情けないではありませんか」


 そんなやりとりを聞きながら、アタシはゆっくりと呼吸を整える。

 そういう難しい話は大人に任せる。アタシはただ、織川センセを殴りたいだけだ。


「でもね。どうしようもないんです。

 開拓能力者フロンティアアクターと戦い、捕らえるのは同じ開拓能力者か、開拓能力者との戦いに馴れている者でなければ勤まらないのです」


 きっとそれは、体験や体感をした人にしかわからないことだと思う。

 それでも警察のおじさんの言葉だから、伊茂下センセも何とも言えない顔をしている。


「花道さん、準備できたみたい。エモノは第二視聴覚室」


 槍居パイセンがスマホを見ながらそう口にした。

 パイセンの言葉に、アタシはチュパロリップスを口から出してうなずく。


「そんじゃあ、人暴れしようぜ、槍居パイセン!」

「もちろん! 足は引っ張らないようにがんばるよ!」


 センセと刑事さんは、この部屋でずっと難しい話をしてればいい。

 アタシはアタシがやりたいことをするだけだ。


 チュパロリップスをくわえなおしてから、左の手のひらに右の拳をたたきつけ、待ってろクソ教師という思いと共に、第二視聴覚室に向かうのだった。




 第二視聴覚室。

 教室二つ分の広さを持つ部屋。

 元々は、その名前の通り教材ビデオとかみたり、教室では足りない人数での会議とかに使ったりする場所だ。


 アタシはそこの後ろ側ドアを開けて、槍居パイセンと一緒に中へと入っていく。


「はろはろ~ん」


 そうして、努めて明るく、中にいるセンセに声をかけた。

 視聴覚室の先頭――教壇の前にいる織川センセがこちらを見た。


「君は……花道さんだったかな? オレを呼び出したのは君かい?」


 センセの言葉にそう答えながら、アタシたちは視聴覚室の先頭へと向かって歩く。


「まぁそんなカンジ?」

「わざわざ呼び出して何の用だい?」

「キミを笑いにきた――って言ったらどうする?」

「それは笑えない冗談だね」


 センセは目を眇める。

 それを見ながら、センセの近くまでやってきたアタシは、センセを見下すような笑みを浮かべて告げる。


「いやいや。大いに笑わせてもらうっしょ。

 センセが泣いて謝まるまで殴るのを止めないから。

 泣いて謝ったら、笑いながらボコにすんで、ヨロ!」


 そうしてアタシが指を鳴らすと、今しがた入ってきた入り口のドアが勝手に閉まりカギがかかる。

 センセは驚いているけど、ややして――今度は先頭側のドアも勝手にカギがかかる。


 まぁ内側からのカギだし? 開けようと思えば開けられるけどさ。

 そうはいっても、外から誰も入って来れないようにするのが大きいんだ。


 センセの警戒心が大きくなるのを感じる。

 ま、慌てるのは今更だよね。アタシの姿を見た時点で慌てるなら慌てないとさ。


「センセがアタシちゃんに殴られない方法は一つ。

 その手の包帯をはずして、そこに描かれたラクガキを見せるコト。

 まぁ内容次第だと、ボコボコタイムの始まりだけどね」

「つまり、キミがそれを確認できるまでは、殴らないのかな?」

「別にセンセがそのつもりならそれでいいけど。たぶん無理だよ?」


 アタシの言葉をセンセが訝しむ。


 センセの近くに目に見えない気配が近づいていく。

 それを感じ取りながら、アタシは包帯を指で示す。


 次の瞬間――


「これは……!? 勝手に、包帯が解ける……ッ!?」


 センセの包帯は解けていき、そのラクガキを晒してくれた。


「それさぁ、ツユっちパイセンの開拓能力なんだよね。

 一度ついたら一ヶ月は消えない絵や文字を相手につける能力」

「…………」

「しかもそれ、パイセンが唯一イタズラ以外の使い方をした貴重なラクガキ。言ってる意味分かるよね? 織川センセ?」


 つまりは、ツユっちパイセンを病院送りにしたのはお前だろ――という問いかけだ。


「キミは……」

「キミは開拓能力者ではないのでは? ってセンセは言おうとしてる」

「開拓能力者では……ハッ!?」

「そもそも開拓能力って言葉を知ってる時点で語るに落ちてるんだけどさ」


 アタシはグローブの具合を確かめる。


「その言葉を扱ってるのはしゅ――十柄さん周辺だけ。

 正しくは違うっぽいけど、まあ概ねそんなカンジ」


 元々、この手の能力者の間で使われている固有名詞。

 だけど、今この能力者多発状況において言葉を広めるキッカケになっているのは、鷲子ちゃんしかいない。


「それで、センセはどうやってその言葉を知ったの?」

「い、今キミが開拓能力と……」

「そもそも開拓能力に疑問を抱かないのはなんで?」

「それは……」


 言葉を詰まらせ、先生は困った顔をする。いや困った顔の演技をしている。

 先生からは怒気が滲みでてて隠せていない。

 感情の制御がヘタすぎるよね。もう少し、しゅ――十柄さんを見習わないと。


 まぁこれ以上の問答は面倒くさいし。

 この辺りで会話ぶったぎって殴るか。


「た、たまたまそういう話を――」

「もういいよ、センセ」

「え?」

「黙れってんの」


 はぁ――と気怠く息を吐き、アタシは自分の頭をわしわしと掻いた。


「もはや問答無用だしッ!」

「なんだと……!」

「知りたいコトはだいたい分かった。だから後は殴るだけだよねッ!」

「なら殴る前に一つ、私も混ぜて欲しいな」


 黙ってアタシとのやりとりを見ていた槍居パイセンも、そう言って特撮ヒーローちっくな玩具のようなものを取り出した。

 それを腰に当てるとベルトが伸びてパイセンの腰に巻き付く。


 ……パイセンの能力ってもしかしなくても、特撮ヒーローみたいな変身だったりするの? 何それ! ちょっとワクワクしちゃう!


 …………こほん。それどころじゃなかった。


 ニヤケそうな顔を押しとどめ、アタシは先生を真っ直ぐ見る。

 先生を煽る為に、ちょっとそれっぽいでまかせでも言ってやるもんね!


 軽く息を吸い、吐き――キッと先生を睨む。


「対開拓能力フロンティア・スキル犯罪対策班外部協力メンバー、宴月えんげつ流古武術の花道華燐ッ!」

「なら、私も名乗るよ」


 すると、パイセンも乗ってきて、腰につけたベルトに何やらお札のようなものを差し込んだ。


「変身」


 うあー! マジで変身した! マジでヒーロー! パイセンすげー!


「都市伝説が一つ。ドッペリオン。

 さぁ新しい都市伝説を始めましょうか先生。

 夢の中でも言ったけど、貴方という怪異モノガタリが、私という怪異モノガタリに上書きされる――そんな物語ジカンは継続中さ」


 うっひゃー! 名乗りもキマってるねぇ! 便乗しちゃおう!


「でも、そんな物語ジカンもこれまでっしょ。

 アタシちゃんたちが、完結さおわらせるッ!

 ここからが、反撃モノガタリのクライマックスでハイライトだぜッ!」


 ビシっと先生に指を差すと、センセは頭をかきむしって取り繕っていた仮面を脱ぎ捨てた。


「好き勝手いいやがってッ! どんな女だろうと男に組み伏せられりゃヒーヒー言って黙りこくるんだろうがッ! 女の分際で生意気なコト言って俺の邪魔をするんじゃねぇッ!!」

「犯罪者だって昭和脳だとバカにされる時代だぜ、センセ」

「もうちょっと時代のコンプラに合わせた発言したらどうですか?」

「テメェらぁぁぁぁッ! やっちまえッ! サキュバス・ケージ!!」


 センセが開拓能力を発動する。

 アタシの目にはそれが見えないけれど、夢の中で見た形状や、先生の攻撃パターンはだいたい覚えている。


 ドッペリオン先輩は左へ飛んだ。だからアタシは右へ飛んだ。

 アタシの目には映らないけれど、そこには間違いなく鎖の触手が振り下ろされた。


 アタシがさっきまで居たところの近くにあった机がひしゃげる。上から何かを振り下ろされたように。


 見えないけれど――風を切る音や気配は感じる。

 これなら、アタシでも何とかなる。


 跳んだ先に着地し、先生を見れば、アタシよりも先に先生に肉薄するドッペリオン先輩に意識を向けていた。


 なら――


「サキュバスてさぁ、女性の姿をして男を襲うえっちな妖怪でしょ?

 能力の使い手が男のセンセで、女を襲うえっちな能力なんだから、インキュバスじゃないとおかしくない?」


 出来るだけセンセを小馬鹿にするように、軽い調子で軽口を叩く。


「センセのクセそんな雑学も知らないとかダッサァ!」

「ンだとッ!?」


 案の定というか何というか……いやあまりにもアッサリすぎるんだけど、簡単にこっち振り向くのどうかと思うんだけど。


「ごっふぁッ!?」


 当然、ドッペリオン先輩がそのスキを逃すわけがなく。

 先生は思いきりブン殴られてふっとんで、黒板に背中をぶつけた。


「よっわッ!? 手応えなさすぎないッ!?」


 何やら先輩が驚いている。


「あったりまえじゃん」


 でも、アタシは別に驚きもしない。


「パイセンみたいに怪異と戦ったコトもなければ、しゅ――十柄さんみたいに開拓能力犯罪者と向かい合ったコトもない。アタシみたいにストリートファイトなんて当然してないわけだし。

 センセはさぁ、常に勝てる相手にしかケンカを売ってこなかった。勝てない相手は夢の中でいたぶって、弱らせてから現実でケンカを売り続けてきた。ケンカ無敗の相手だろうと、開拓能力でブン殴れば勝ててただろうしね」

「同格や格上で、しかも自分の能力を看破している相手と相対したコトがなかったワケね」

「そーゆーコト。向かい風に真っ向から立ち向かったコトのない人が強いワケないじゃん」


 別にケンカだけの話じゃない。

 能力者として、人として、その生き方が――そもそもからして、向かい風を避けている。


「好き勝手……言いやがってッ!」

「好き勝手? アタシは事実しか言ってないよセンセ。センセはさ、そうやって相手の意見を切り捨ててきただけっしょ。

 女に言われたら、女のくせに生意気だ。男に言われたら、自分より劣るとろこを突いて生意気だ。

 自分に対して意見する奴にマウントとって粋がってきた。意見を封殺してきた。だから、それが通用しない伊茂下センセが嫌いなんでしょ?」

「黙れよッ、クソガキィィィィィッ!」


 黒板に手をついて身体を支えながら立ち上がった先生が、支えに使っていない右手を掲げる。サキュバス・ケージの鎖を伸ばしてくる。

 もちろん、アタシの目には映らない。映らないけど、視えないけれど、軌道は読める。


「花道ッ!」


 思わず、透明人間パイセンが声を上げた。

 もう――せっかくこっそり中に入って演出を盛り上げる手伝いをしてるんだから、最後まで黙ってなさいってば。


 最初に、指を鳴らした時に扉を閉めたのは透明パイセンだったりするのだ。


 そんなパイセンに――


「問題ないッ!」


 アタシは一言そう言って、踏み込む。

 首を少し動かす。どうやら頬を掠ったようだけど、文字通りの掠り傷。足を止める理由はない。


「マグレで避けたくらいでッ!」


 先生が身体を支えるのに使っていた左手も掲げた。

 アタシは姿勢を低くする。


 頭上を、何かが抜けていくのを感じながら、さらに踏み込む。


「なんで躱せるんだよッ!」

「おらァッ!」


 アタシちゃん渾身、アッパー気味に逆手振り上げ式ボディーブロウを喰らえッ!


「ごひゅ……ッ!?」


 か・ら・の~~~~~ッ!


「うるぅぁッ!!」


 小さく飛び上がり、回転しつつのソバットだぁッ!


「がッ!?」


 アタシちゃんのカカトがセンセのこめかみを射抜くぜッ!!


 そのまま吹き飛んだ先生は、視聴覚室片隅に使われることなく置かれている古いブラウン管テレビに激突。

 テレビが凹んじゃったし、モニターにヒビは入っちゃったぽい。

 ……吹き飛ばす位置間違えちゃったかなぁ……。


「花道さん、能力のヴィジョンは見えてないんだよね?」

「見えてないよ。見えてないけど、センセってわざわざ手を掲げて軌道を教えてくれるじゃん?」

「簡単に言ってるけど、何でそれで躱せるかの理由になってないよ」

「そう?」


 しゅ――十柄さんやししょーだったら、手は掲げつつ無関係な死角から能力で攻撃してきそうだしなぁ……。

 軌道が分かるってだけで十分だと思うんだけど。


「クッソ……」


 フラフラと立ち上がりながら、先生は――


「こうなったら……ッ!」


 サキュバス・ケージの鎖で窓を破壊して飛び出そうとする。

 だけど、そんなのはこちらもお見通し。


「なんだ……ッ!?」


 窓が壊されると同時に、ベランダに壁が作り出された。

 新堂パイセンがスタンバってたんだよねぇ……これを予想してさ。


「壁……!? なんで?」


 そして、ここがアタシちゃんの真のキメどころ。


「夢の中でも言ったっしょ」


 下目使いで、睨むように見下すように、肉食獣が獲物を追い込むように。

 全身で威圧し、挑発し、先生がこの場で一番の格下であるとその意識の深いところに刻み込むように。


 アタシは悠然と泰然と、ゲームに出てくるラスボスにでもなったつもりで、ハッキリと告げてやるッ!


「怒れるアタシちゃんからは、逃げられないって」


 死ぬのも絶望するのも生ぬるいッ!

 生かさず殺さず、とことんまで追いつめてやるんだから……ッ!!


「聞いた覚えがないぞッ!」

「あれ? そうだっけ?」


 ま、どっちでもいいんだけどね。



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【TIPS】

 華燐は滅多に見せないマジギレモード中。

 彼女は自分の習得している体術が、人を容易に死に至らしめる技であると自覚している為、可能な限り怒りを抑えるセルフマインドコントロールを無意識的に徹底している。

 怒り任せで制御が温くなった技は人を簡単に殺してしまいかねないので、どれだけイライラしてても意識して明るくノリよくふざけた態度を取っている。

 その為、どれだけ怒っていても少なくとも味方に対してはいつものノリでいられるように振る舞っている面もある。これは怒りに己が飲み込まれない為の無意識な防衛手段とも言える。

 なお先生に対しては怒りつつも意識的に手加減をしている。簡単に死なれると地獄を見せずに終わってしまうので。



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 華燐たちとはちょっと無関係な話題で恐縮ですが


 拙作『鬼面の喧嘩王のキラふわ転生』の書籍版が

 モーニングスターブックスより最近発売されました٩( 'ω' )و

 もしよろしければ、夜露死苦していただければ幸いです!

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