92.第二メイズ:子期檻檻 - しきおりおり -
【View ; Syuko】
招かれるままに檻の家へと足を踏み入れます。
中も特に迷宮らしい迷宮の形はしておらず、広い空間が広がっているだけ。
その中央に、鳥かごをカンテラのように携えた女性の石像があります。
先ほど、立ちふさがった女性をより人間らしくしたデザインであることから、こちらが本当の母親の姿なのでしょう。
私たちがそれに近づいていくと――
《その像に触れるなぁぁぁぁぁ!!》
くぐもったような声で、織川先生の切実そうな叫びが聞こえてきました。
《クソッ! どうして生意気な女どもはオレの邪魔をするんだ!
普段は偉そうにしてるのにッ、男が近づけばコロっと甘い顔をする阿呆どものクセにッ!!》
「のっけから、偏見すげーな」
「錐噛は髪質がよければ男女関係なさそうだったから、余計にな」
そういう意味では確かにあの髪狂いは男女平等だったかもしれませんが……。
《父さんにまで偉そうにしていた母さんが、夜中に父さんの部屋で泣いたような声を上げてるのを聞いて思ったんだ!
どんな偉そうにしてたって、女は男に泣かされるモノで、実際は弱いんだって! 父さんが母さんにしているように、オレも女を支配すればいいんだって!!》
……いたたまれない空気が迷宮中にたちこめます。
「まぁ鷲子ちゃんも、霧香ちゃんも、ガキってほどガキじゃないからヨシとするか」
「錐噛と違って本当にしょうもないな」
霧香先輩が微妙に赤くなって私の服を摘んでいるので、織川先生が何を聞いたのかは理解しているのでしょう。
《どんなに偉そうにしてたって最後には泣いて従うなら、最初から従ってりゃいいんだよッ!!》
その叫びと同時に、コアであろう石像の持つ鳥かごが、夢の中で襲いかかってきた開拓能力の
そして石像も一緒に動き始めます。
鎖にがんじがらめになった鬼女が、ゆっくりと。
「錐噛香兵以上に聞くに耐えない過去の吐露ですね。とっとと終わらせてしまいましょう」
私がそう口にすると、三人とも異論が無いのかやる気たっぷりにコアへと身体を向けました。
鳥かごが四本の鎖を自在に振り回して攻撃してきます。
それを
「先に女の方を倒そうぜ姉御」
「ああ。鳥かごには攻撃が当てづらいしなッ!」
そうして二人は鬼女の側面に回り込んでいきます。
ナタを持っている方から攻撃を仕掛けるつもりでしょう。
それなら――と、私は敢えて鳥かご側へ向かいます。
鳥かごから生える四本の鎖は自在に動かせるのかもしれませんが、鳥かご自身は自分で動けないはず。
鎖がこちらに向けば、鬼女を攻撃する大人組の邪魔は難しいのではないでしょうか。
予想通り、鎖が私に向かってきます。
それを見た和泉山さんが、鬼女に銃を向けて
弾丸はナタを握る手を
それ自体が大した傷でなくとも、穿たれた衝撃で動きが止まる。
その僅かな隙があれば、草薙先生には十分でした。
「うらぁッ!!」
先生の
よろめく鬼女。
鳥かごが振るう鎖も動きを止めます。
その隙を見逃すつもりはありませんッ!
「はあッ!!」
私は自分の右腕を堅い木の覆ってガントレットにすると、それを構えて鳥かごを殴りつけました。
たまらず鬼女はたたらを踏み、鳥かごは激しく揺れます。
すると、どこからともなく織川先生のぼんやりとした声が聞こえてきました。
――ある日、テストで100点を取った。でも母は認めてくれなかった。
――ある日、友達を紹介した。そんなやつは友達とは呼ばないと起こられた。
錐噛の時同様に、コアが傷ついたことで、少しずつ本音や心情が表に出始めたのでしょう。
――母は、おまえの為だと厳しいコトばかりを口にする。でもテストで良い点を取っても、ピアノやヴァイオリンが上手くなっても、為になっている気なんかぜんぜんしなかった。
――ボクは、何でも出来る天才だ。やればやるだけ出来るようになる。だけど母はおまえの為だといろんなことを押しつけてくる。どれもこれもがんばっているのに、母はボクに大変なコトをやらせるばかりだ。
「うっぜーな、コイツ」
「わかります。なんかこう、嫌味な天才そのものっていうかカンジ悪いですよね」
思わずぼやく先生に、先輩も同意します。
「お母様に言われなければその天才性をロクに発揮できなかっただろう怠け者が何か言ってますね」
「お嬢様、とんでもないトゲを投げましたね」
そうでしょうか?
恐らく――ですけど、お母様は何かしらに興味を持って欲しくて色んなものを体験させたのではないかと、私はそう感じただけです。
あるいは、何でもソツなくこなせることに胡座をかいている織川先生を怠けさせない方便だった可能性もありますが。
少なくともこの鳥かごの城を守るガーディアンの方のお母様のイメージを思うに、愛情のようなものは間違いなくあったように感じます。
鳥かごが振り回す鎖をくぐり抜け、鬼女を振り回すナタを躱し、私たちは確実にダメージを重ねていきます。
――中学の時、成績が落ちてきた。単にやる気がなかっただけとも言う。
そして友達と遊んでいたら、悪い友達とつきあうから成績が下がるんだなどと言ってきた。
母は、オレの人付き合いにも、嫌がらせのように口を挟んでくる。
「本当に嫌がらせだったのかなぁ……」
「ふむ。霧香はそう思うのか」
「学校をサボるのを唆したり、それこそ悪い遊びを手引きしたりするタイプの友達だったなら、お母さんも心配になって口を挟むんじゃないかなって」
「ふむ。そうかもしれんな」
霧香先輩と和泉山さんのやりとりが正解な気がしますね。
真実はわかりませんが、そんな気がします。
――高校の時、妙に偉そうな女教師がいたんだ。まだ若いクセに、ほかの教師に対してマウントを取れる何かを持っていたような、そういう教師だ。
ただその教師、オレや一部の生徒を見る目が少しおかしかった。
ちょっと調べてみたら、ようするに面食いのミーハー気質だったことがわかったんだ。
「……マジで髪の毛野郎と違って同情の余地がなくね?」
「オチが予想通りだとしたら、そうですね」
草薙先生と同時に鬼女を殴りながら、そんな言葉を交わします。
――思いつきで耳元で甘い言葉を囁いたら、その女教師コロっと態度を変えやがった。
三年間世話になったもんだ。オレと同じようにこの女教師が目を付けている顔のいい連中と一緒に、女教師が満足いくまで甘い言葉を囁いてやれば、成績なんていくらでもあげてくれた。
なんなら、テストの問題用紙とかも、ほか教科であってもくすねてきてくれるから万々歳だ。
「そりゃあ、百点とってもお袋さんは認めないわな」
「え? そういうコトなの?」
そういうことなんでしょうねぇ……。
それに気づいていたからこそ、そんな百点は認めないという発言につながったのではないでしょうか。
――オレたちからの卒業プレゼントとして、女教師の婚約者に全部暴露しておいた。そのあとどうなったかは知らないが、これで卒業後につきまとわれるコトはないだろうよ。
「ナチュラルにクズでは?」
「ナチュラルにクズだな」
「最低って言葉も生ぬるくない?」
「最低って言葉も生ぬるいな」
いやはやここまでとは思いませんでした。
――大学に上がってからも、女教師に使った手は有効だった。何なら同級生や先輩たちすら、簡単に堕ちる。
だが、全員が全員じゃない。まるで母のように口を挟んでくるうるさい女。
そういう女は、顔でも声でも落とせない。
ならどうするか。
簡単だ。金で雇ったチンピラに襲わせて、助けてやればいい。
そのまま気遣うように優しくしてやれば、だいたいの女はあなたのことを誤解してたなんていって、甘くなる。
結局、女なんてのはそういう生き物なんだよ。
「今回の件が終わったあと、冴内警部に余罪を追究してもらいましょう」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
錐噛香兵のような、人生の途中でコダワリや信念が歪んだタイプとは違う。徹頭徹尾歪んだ女性観を抱いている人です。
彼にとってナマイキとは自分が従わせることのできない女性全員なのでしょう。
「お母さんはスパルタだったかもしれないけど……」
「ああ。こいつがクズに堕ちたのはこいつ自身の選んだ道だ」
霧香先輩と草薙先生の言う通りです。
あるいは、そのスパルタも、織川先生のやっていることを正そうとする為にエスカレートしていってしまったのかもしれませんが……。
「どうしようもないですね」
「はい。どうしようもありません」
最初は母のスパルタへの反発心だったのかもしれません。
ですが、夜中に両親の情事を見てしまい、その後に出会った教師への対応で、彼の歪みが決定的になったのだと思われます。
本当に悪いモノや、歪み原因がなんであったのかはわかりません。
ですが、みんなが言う通り、この道を選んでしまったのは他ならぬ織川先生本人です。
「これ以上、聞くに耐えない想い出話を聞くのも面白くありませんね」
「だな。もうちょっと本気を出すか」
「うん。やっちゃおう。一応最後まで聞こうかなって思ってたけど……なんていうか、もう遠慮とかする必要ない気がしてきたし」
「そうだな。様々な体験の中で自分の生き方を見つけられれば、こんなコトにはならなかったのかもしれないが……それもタラレバか」
和泉山さんには何か思うところがあったのかもしれませんね。
でも、自分で口にしている通り、それはタラレバでしかないんです。
《ナマイキ言っているが、お前たちだって同じだろうッ!
ヌルい顔してオレのご機嫌伺いばっかするだけの雑魚なのは変わらないんだろうッ!?》
まぁでも、これだけは言っておいた方がいいかもしれませんね。
「ヌルい顔してご機嫌伺いばっかするだけの雑魚としか付き合って来なかった人に言われたくないですね」
お父様の言う世界が狭いというのはそういう話です。
彼は彼の支配できる範囲の世界しか知らないのです。
もちろん、彼の策略によって気づかずそちらへ堕ちてしまった人もいたことでしょう。
ですが、それでも――その策略を受けてなお堕ちることのない人と出会ったことがない、あるいは無自覚に避けてきているというのは、彼の言動から何となく見えてきます。
「だよなぁ……あたしたちみたいなの、絶対避けて来てるよな」
「ナマイキな女でも、マッチポンプを見抜きそうな相手だけには仕掛けてなさそうだ」
「そっか。失敗に関して語らないのはそういうコトか……最低の二乗だね」
これ以上の想い出語りには得るモノが無さそうなので、さっさとコアを破壊するとしましょうか。
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