91.第二メイズ:過保護なかご


 1月は更新できなくてすみません。

 フロアクというメインタイトルの後ろにサブタイトルを追加してみました

 アリとナシどっちがいいですかね?


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【View ; Syuko】


 どこかホラー気味だった洋館とその庭は、むしろ現実とさほど変わらない手入れをされた綺麗なモノへと変じていきます。


 だからこそ、柱や木などから、足かせや手錠が生えていることが不気味です。

 相変わらず鳥かごも転がっているのも気になるポイントです。


 やがてメインの洋館そのものが、中の見えない鳥かごのようなモノに変わっていきました。


 そして、鳥かごの扉が開くと中に広がる闇から巨大な何かが這いだしてきます。


「女性?」


 這いだしてくるのは女性です。

 少し高そうな洋服に、骨を思わせるほど細く節くれ立った腕。

 肌はやや青めで、目はぎょろりと血走っている、巨大な女性。


 大きく不気味な姿ですが――恐らくは……。


「母親のイメージか?」

「先生はお母さんのコト、こんな風に思ってるってコト?」


 巨大な女性が這いだしてきたのは上半身まで。

 そして扉の隙間からは、鎖のような触手のようなモノが姿を見せます。


『アナタ ハ チャント シナイト イケナイワー!』


 ちゃんと?


『イイガッコウ ヲ デテ イイシゴトニツクノ

 ガッコウ ノ センセイ モ イイカモシレナイワ

 オトーサン モ ヤッテイル リッパナ シゴト ヨ』


 くぐもったような声。

 耳障りな音に変換されていますが、それは子供を心配する声色ではあります。


「あーあー。そうやって流されて今、教師やってるワケね。

 それならそれでいいじゃねぇか。何が不満なんだ、あの先生センコー


 草薙先生が面倒くさそうに髪を掻きあげました。

 確かにこれだけだと、私もそう思います。


『ダカラ――リッパニ ナルタメニ ガンバリマショウ ネ』


 次の瞬間、かごの奥から伸びてくる触手の先端が、ピアノやヴァイオリンなどの楽器へと変換されました。


『オンガクハ チャント デキナイト リッパニ ナレナイワ』


「来るぞッ!」


 草薙先生が声を上げると同時に、私たちは散開。

 同時に、触手の先端の楽器から音符の形をした何かが発射されました。


 音符たちは木や地面などにぶつかると弾けて衝撃波をまき散らします。


 私は衝撃波に巻き込まれないように音符を躱すと、巨大な女性はジロリとこちらを睨みました。


『ダメジャナイノ!

 オンガクハ キョーヨー ヨ!

 ヨイオンガクヲ イッパイ アビテ!

 リッパナ ミミヲ ツクルノヨ!!』


 これは――


「うるせぇんだよババァ!」

「教養は押しつけるモノではないぞッ!」


 大人組が飛び交う音符を躱しながら巨大な女性へと肉薄。

 それぞれに攻撃を加えます。


 ですが――


「効いてないのか?」

「ちッ、映画館の時のようなルールとかあるのかもな!」


 二人はそれぞれに舌打ちしながら戻ってきます。


 ルール、ルールですか。

 教養……良い音楽……。


「先輩!」

「なに?」

「歌は得意ですか?」

「え? まぁ嫌いではないけど」

「じゃあ、歌ってください」

「え?」

「音符攻撃を避けながら歌ってください」

「無茶言わないで! 歌うのはともかく避けながらは無理だって!」


 などと霧香先輩とやりとりをしていると、音符の攻撃が飛んできました。


 二人そろって慌てて躱すと、それを見ていた和泉山さんが一つうなずきます。


「よし――ならば、私が……!」


 そうして和泉山さんが歌い始めた途端、巨大な女性は動きを止めました。

 私も、先輩も、先生も動きを止めました。


 痛いほどの沈黙が流れる迷宮に、和泉山さんの歌……歌? が響きわたります。


 そして一言、草薙先生が漏らします。


「これはヒドい」


 恐らくそれが聞こえていただろう和泉山さんの歌が止まりました。


「……そうか。お嬢様がこの場で求めるレベルではなかったワケだな」

「いやもうなんて言うかマイナスだよマイナス。目標に達するどころか目標を正面に見据えながらバック走してそのまま崖を転がり落ちていくレベル」

「待て、白瀬! さすがにその評価はヒドくないか?」

「ヒドくないって姉御! ぶっちゃけこれでも甘口批評なんだからな!」

「……!」


 目を見開く和泉山さん。

 珍しく少し涙目になっているような気がします。


 ――と。


『オマエ オマエ オマエェェェェェェェェ!!』


 かごの中から大量の触手が這いだしてきました。


『イマノガ ウタナノ?

 ウタノ ツモリ ナノ?

 ヒドイ! ヒドスギルワ!

 コウジゲンバノ キカイクドウオンノホウガ

 マダマシ マデ アルワ!!』

「そこまでヒドかったのかッ!?」


 かなりショックを受けて叫ぶ和泉山さんに向けて、新たに生えた無数の触手が襲いかかります。


『テッテイテキニ キタエテアゲマス!

 チャント ウタエルマデ ゴハンヌキヨ!!』

「じゃあ姉御は一生ここでのメシが食えねぇな」

「白瀬ぇぇぇぇぇ!」


 草薙先生を睨みながらも、和泉山さんは襲い来る触手を躱します。


 なんていうか、女性本体も触手もすべてが和泉山さんに向いているので、ここがチャンスでしょう。


「先輩。今のうちにお願いします」

「あの女性ピースの反応を見れば必要なんだっていうのは理解するけど……和泉山さんへの当てつけみたいになっちゃってちょっと躊躇いが……」

「言っている場合ではないですよ」

「分かってるって」


 そうして先輩が歌い始めます。

 聴き馴染みのない曲ですが綺麗な声です。

 しかも、英詩。先輩、すごいです。


「お、ナイトメアハザードのエンディングじゃん。レベルたっかいなー」


 先生も上機嫌にうなずいていると、女性もこちらを和泉山さんを攻撃するのをやめて先輩を見ます。


『ヤレバ デキルジャナイ

 サッキノ コウデシベルノ

 ソウオンハ ナンダッタノ?』

「高dBデシベルの騒音……」


 両手と両膝を地面について打ちひしがれている和泉山さんはさておくとしましょう。


 楽器が先端に付いた触手はかごの中へと帰っていきます。


「鷲子ちゃん。何かルールは分かったのかい?」


 戻っていく触手を見ながら訊ねてくる草薙先生に、私はうなずきます。


「いわゆる教育ママの異形化なんだと思います。

 彼女の満足する答えを返せば、変化が生じるのではないかと」

「なるほど。だから音楽の授業に対して、歌を返したワケだ」

「はい」


 その課程で和泉山さんにとんでもないダメージが発生した気がしますが、気にしないことにします。


「先輩、歌がすごい上手なんですね」

「えへへ、ありがと。ヒトカラとかでずっと練習してたしね!

 今の歌をさ、ちゃんと英語で歌えたらカッコ良いだろうなーって!」

「はい。カッコよかったです」

「やったー!」


 先輩が喜んでいる姿がとてもかわいいです。


「いやぁJK二人の可愛い光景じゃないか。ねぇ姉御?」

「今は放っておいてくれ」

「そこまでダメージ受けんの珍しいな」

「かつて殺しに必要なあらゆる技術を磨いていたんだ。様々な技術に自信があったのだが……」

「なら問題ないじゃん。殺しに使えそうな歌声だったぜ?」

「ぐおおおお……これまでなぜ誰も教えてくれなかった……!」

「ケケケケケ」


 草薙先生、完全に和泉山さんをからってますね。実に楽しそうです。


『サァサァ オシャベリハ オシマイ ツギノ オベンキョウノ ジカン ヨォォォ』


 この女性が、織川先生のお母様――の、イメージだとしたら……。

 アナタの為という言葉を使い、スパルタ気味に様々な教育を施してきたのでしょう。


 でも、それだけではない気がします。

 本当に鳥かごに囚われていると感じているなら、子供部屋の窓が開いているのっておかしいんですよね。


 まるで、あの窓から自由に出入りできるようじゃないですか。

 そしてその窓を開けたらこうして風景が変わるわけで……。


 やっぱりお父様の言う通り、かごの鳥を自称しながらも、鳥かごから逃げる気がないというか、定期的に鳥かごに帰ってるタイプの人ですよね、織川先生。


 それなら――


「あの、勉強の前に一つ伺いたいのですが」

『ナニカシラ?』


 この女性はあくまでも、織川先生のイメージ上のお母様であることは重々承知ですが、私は質問を投げかけます。


 少なくとも、織川先生にとってお母様は、知らない人に話しかけられた時にヒステリックに返答するイメージはないようです。

 私に対し、理性的な様子で首を傾げました。


「立派な大人とはどのような大人を指しますか?」

『ソレハ……』

「無理して答えて頂く必要はないのですが……。

 少なくとも今の織川先生のやっているコトは立派な大人の行いだと思いますか?」

『……オモワナイ ワネェ』


 意外と素直に認めた――とみんなが驚いていますが、私はそこに驚きはありません。


「織川先生のイメージの中では、この質問にお母様ならこう答えると考えているんだと思います」


 みんなの疑問に答えてから、私は続けて質問しました。


「ここは引いて頂けませんか?

 織川先生が道を踏み外した以上、取るべき責任があります。

 行いに責任を持つコトは、立派な大人の姿の一つではありませんか?」


 本音を言ってしまうと、いちいちスパルタ教育に応じた謎掛けや試験なんて受けていられないので、時短がしたいというだけですが。


『ソウネ……ソノトオリダワ。

 コマッタコ……ミチヲ フミハズシテ シマウナンテ』


 そう言って、這いずる巨大な女性は、触手とともにズルズルとかごの中へと戻っていきます。


『ナカニキテ チュウオウニ コアガ アルワ』


 そうして女性が姿を消すのを確認した私たちは、互いにうなずきあって、鳥かごと化した洋館の中へと足を踏み入れるのでした。



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【TIPS】

 織川教諭は自身の母のコトをしっかりと理解している。

 理解しているからこそ、メイズにおける母の幻影は、コアを守る守護者ではなく、織川教諭の母として、鷲子たちに道を譲るコトとなった。

 これがただスパルタばかりの最低な母親のイメージが強ければこうはならなかっただろう。


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