90.ちょっとした怪盗気分です


 9月29日(日) 想定期限タイムリミットまであと9日


【View ; Syuko】


 鳥かごの庭をもう一周してみましたが、結局入り口は見つかりません。


 その代わり、庭の隅の方に、護拓の聖森エクストラメイズと繋げられそうな空間のゆらぎがありました。


 試しに念じてみると、人が一人くぐれるぐらいの小さな鳥居が現れます。


 正史ゲームと同じであれば、これで護拓ごたく聖森せいしんのエントランスにつながったはず。


「これ以上はラチがあきませんから、ここから一度戻りませんか?」

「異議ありません」


 そんなワケで私と和泉山さんは一度メイズから出て、護拓の聖森を経由しながら濡那原神社へと戻るのでした。




 その日の夜――


 久々にお父様と夕食を共にすることになりました。

 せっかくなので、その場で現状の経過報告をします。


「なるほど。容疑者の心の中の迷宮には入り込めたが、先に進めないワケか」

「正確には庭までは入り込めるのですが……本格的な迷宮になっているだろう洋館の中に入れないんです」

「鳥かご、かごの鳥……。

 もしかしたら、誰かが開けてくれるのを待っているのではないか?」


 お父様の言葉に、私は首を傾げます。

 そうだとしても玄関や勝手口が開いてくれないので困っているワケなのですが……。


「心の在りようが反映された迷宮。ならば記憶や思い出なども反映されるのだろう?

 犯人の根幹を為す心象風景として、鳥かごがキーワードになっているのだとしたら、外へと憧れるかごの鳥こそが答えだ」

「洋館よりももっと狭い範囲……もしかして自室、というコトですか?」

「ああ。自室の窓ならばカギが開いている可能性がある。

 誰かに連れ出して貰いたいという幼少期の思いが残っているのならば、だが」


 その発想は一理あります。


「窓から進入というのは盲点でした」

「それと、これはカンだが……迷宮としての規模は、以前の錐咬キリガミよりも狭いはずだ」


 以前のメイズの時も、お父様には詳細を報告してあります。

 スタッフルームの先に、桃源郷がモチーフになった広大な迷宮があったことも知っています。


「迷宮の規模――それは、恐らくだが迷宮の主の持つ世界の広さそのものだ。

 報告書や、容疑者の為人ひととなりを見る限り、それはとても狭いように思える。

 あるいは、そもそも桃源郷メイズが広かったのかもしれんな」

「桃源郷が広い……ですか?」

「そうだ。錐咬キリガミ香兵コウヘイは確かに人格の破綻した変態ではあったが、一方で職人としてはストイックであり優秀だった。

 彼は自分こそが至高の美容師であるという自負を持ちながら、自分の知らないところで自分の知らない技術を使うすごい美容師がいる可能性を意識していたはずだ。

 あるいは、科学的にもっと髪に良いシャンプーや、手入れの仕方というモノが世の中に出てくるかもしれないという可能性も。

 だから奴はどん欲に世界を見ていた。髪の毛という一点突破ではあるのものの、奴はそこから世界の広さを理解していたのだ」


 言われてみると確かに――と思えます。

 今の時点では私の髪の毛こそが最高の髪であると思っている、それは事実でしょう。その一方で彼は、いずれこれを上回る髪に出会えるかもしれないという希望だけは絶対に抱いていたはずです。


 そういう意味では確かに、彼は世界の広さを知り、その上で向上心を持っていたと言えるでしょう。


 ひるがえって、織川先生はどうでしょうか?


 似たような経歴の伊茂下先生に子供っぽく食ってかかり、相手にされていない印象を持っています。


 小物といえば小物の印象があるのは確かです。

 私に対する攻撃も、単に自分の能力が通用しないからというだけでなく、女のクセにナマイキだから――程度のものなのでしょう。


 自分が自由に振る舞うのに邪魔だから攻撃する。

 恐らく、織川先生の基準はそれな気がします。


 定められた道を歩み、教師になりながら、今もなお心は鳥かごに捕らえられたままだとしたら――


 鳥かごから解き放たれても、鳥かごが見える範囲より外に出ようとせず、自ら鳥かごへと戻っていくのだとしたら――


 他者の自由を奪わなければ自分は自由に振る舞えない……などと思いこんでいるのかもしれません。


 そのクセ、自分はカゴの鳥――時はなって欲しいなどと心の奥底では思っている。


「そう言われると確かに、織川先生のメイズは狭そうですね。

 いつまで経ってもカゴを中心とした世界しか知ろうとしてないようですから」

「自立したい独立したい――その認識が、解き放たれたいカゴの鳥となっているのだろう。

 一方で、外に飛び出そうとカゴに戻るというコトは、実家からの支援に縋っているとも言える。

 とんだ甘ちゃんだ。実家からの支援を受けながらも、その精神は独立や自立はできる。だが、それをしないのは独立や自立が怖いからに他ならない」


 ハッキリと断言するお父様の声には、怒りと侮蔑が混ざっています。


「お前に協力してくれている友人たちの方が、よっぽど大人だ。

 それらをすべてナマイキだとして、能力で自我を奪っている時点で、学生未満の甘ったれでしかない。そうするコトでしか優位に立てないと思っているのだろうからな」

「実際、能力の詳細が判明した時点で、皆さんそれぞれに反撃して、自我を奪われるのをはねのけているそうです」

「だろうな。能力そのものがツメが甘く、世の中をナメたモノでしかないんだ。能力を持たぬ者であっても抵抗手段はいくらでもあるのだろう」


 お父様は、私の協力者の皆さんをずいぶんと買ってくれているようです。そのことをとても嬉しく思います。


「ありがとうございます、お父様。

 メイズ攻略の光明が見えました。今週中には決着を着けられそうです」

「それは何よりだ。だが、無理や無茶はするなよ」

「大丈夫ですよ。お父様の推察通りの相手であれば、無理も無茶も必要ありませんから」

「違いない」


 その後は、のんびりとした雑談をしながらの食事となりました。

 お互いに口数は少ない方ですが、それでも楽しいひとときだったのは間違いありません。




 9月30日(月) 想定期限タイムリミットまであと8日



 放課後――

 濡那原神社。


「すみません、先輩。草薙先生。お呼びだししてしまって」

「大丈夫だよ。早期決着をつけたいのはわたしも同じだし」

「そうそう。あたしも犯人を一発はブン殴りたいしね」


 今日で決着を着けられるかどうかはわかりませんが、霧香先輩と草薙先生をお呼びしました。


 想定通りメイズが狭かった場合、あっという間に最奥にたどり着ける可能性がありますので。


「送ったメッセージの通り、今日で決着を着けられるかどうかはわかりませんので、何日かおつきあいいただく可能性もありますが」

「急ぐ必要性は理解しているよ。

 それにね、鷲子ちゃん。あたしは保護者の一人としてもキレてるのさ。ブン殴れるチャンスを逃すつもりはないんだよ」


 手のひらに拳を叩きつけながら、やる気満々の先生。

 やる気というか殺る気な気もしますけれど。


「お嬢様、二人も理解した上で協力してくれています。

 とっとと甘ちゃんを殴りに行くとしましょう」


 和泉山さんの言葉に、霧香先輩と草薙先生がうなずきました。


「わかりました。

 ではエクストラメイズのエントランスから、織川先生のメイズに行きましょう」


 そうして私は、新たに霧香先輩と草薙先生を連れて、再びメイズへと進入します。




「玄関や勝手口は開きませんので、まずは窓を確認します」


 私の言葉に全員がうなずき、一斉に調べ始めました。

 ですが――


「一階は開きそうにないね。だとしたら――」

「二階……ですか」


 草薙先生と共に二階の窓を見上げます。

 二階は二階で部屋は多そうですが……。


「鷲子ちゃん、あれ。右側の端の方。子供部屋っぽくない?」


 霧香先輩に言われてそちらに視線を向けました。

 確かに何となくそれっぽい感じがします。


 勉強机とピアノのシルエットが見えるような……。


「ふむ。ではわたしが確認してきます」


 言うやいなや和泉山さんは軽やかに壁を駆け上がり、該当の窓に手をかけました。


「なんていうか姉御の動きい、ちょっとした怪盗だよな」

「確かに」


 そして、和泉山さんが窓に手を掛けます。


「どうやら正解のようです。この窓はカギが掛かっていません」


 そう言って和泉山さんが窓を動かした時――


「……ッ!?」


 周囲の風景が大きく歪んでいきます。

 和泉山さんはあわてて飛び降りてきて、私たちと合流。


 何が起きるのかと身構えていると、周囲の風景が一転するのでした。



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【TIPS】

 夕飯時、檻川は何度もくしゃみをしていたらしい。



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 本年の更新はこれでラストになります。

 今年も本作をお読み頂きありがとうございました。

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