89.これはちょっと大誤算です


 9月29日(日) 想定期限タイムリミットまであと9日


【View ; Syuko】


「困りましたね」

「はい。困りました」


 私と和泉山さんは、府中野こうや駅の駅前にあるファーストフード店コスモバーガーでお茶をしながら、困り顔をつきあわせていました。


 昨日のうちにメイズを見つけて、今日のうちに攻略できるところまで攻略する――その予定でいたのですが……。


「まさか入り口が見つからないなんて」

「考えてみれば、髪の毛の時と違って、主義主張や嗜好などがあまり分かっていませんからね……」


 髪の毛メイズの時は、そこを開ける為の『カギ』の形から、メイズがどこを中心に広がっているのかが色々と分かりやすかったですが……。


「今回のカギが鳥かごなのは理解できますが……これをどこへ持って行けばいいのかが全くわかりませんね」


 昨日の時点で、織川先生は最有力容疑者というだけでした。

 ですが、昨日の話し合いのあと、栗泡先輩は学校へ向かい土曜出勤している織川先生の様子を伺ってきたようです。


 そして、織川先生の顔にはガーゼが貼られてほり、左手の甲には何かを隠すように包帯が巻かれていたとか。


 さすがに、そこまで揃えば疑う余地もありません。

 その連絡を受けた私はすぐさま庵颯軒のチーズカレーまんを用意して、濡那原神社へと向かいました。


 モノさんに織川先生の魂を探ってもらったところ、メイズ化していることが判明したので、そのままカギを作ってもらったのです。

 それを持ってメイズの中核たる場所に行けば、攻略を開始できるワケですが……。


 しかし、今現在の私たちの悩みの通り、織川先生のメイズがどこを中心に発生しているのかが分かりません。


「能力の発生源、あるいは能力を生み出す根幹が根ざす場所……」

「そもそも鳥かごが何を示しているのか――という点も考える必要があるかもしれません」

「どういうコトですか?」


 私が訊ねると、和泉山さんはアイスコーヒーをひと啜りしてから答えます。


「自分がカゴの鳥なのか、カゴの鳥を眺めるのが好きなのか。あるいは鳥かごに何か特別な意味や思い入れがあるのか」

「能力から考えると、相手を支配する――つまり眺めるのが好きなのではないかと思いますけど……」

「自分がずっとカゴの鳥だったからこそ、他人をカゴの鳥に変えたいという思いが能力の形を作った可能性もありませんか?」


 言われて、私はなるほどと自分の顎を軽くなでます。


 定められた道を歩いていくうちにたどり着いた教師という仕事。

 それを親に飼われていた人生だと考えていたのなら、可能性は確かにありますね。


「和泉山さん。彼の今の住まいではなく、ご実家の場所は分かりますか?」

「はい」


 少なくとも、今の住まいはメイズ化してなかったようですから、可能性としては実家でしょうか。


 分かりやすいエリート街道。

 それが舗装された道であったとするならば、自分の人生を鳥かごで飼われているようだと思いこんでいる可能性は十分にありえます。


「今は思いついた場所を虱潰しらみつぶしに行くとしましょう」

「はい」


 


 濡那原神社にほど近い場所。

 府中野市の中でも、畑が多く、広い敷地を持った人が多い地区。


 新撰組の関係者の縁者や、あるいはそれに類する歴史に名を残す方の縁者など――このあたりはそういう名家が多い場所でもあります。


 もっとも、最近は高齢者の地主が亡くなり、畑や空き地などに開発の手が入ってだいぶサマ変わりしてきている場所ではありますが。


 その地区の一角、比較的広い敷地を持つ洋館のような家が、織川先生の実家のようです。


 カギである鳥かごを持って、その家の門に近づくと、鳥かごがほのかに光を放ちます。


「どうやらご実家がメイズのようです」


 私が小さく口にすると、和泉山さんが即座に応えました。


「行きましょう。中の様子を確認しておいた方が良いかと。

 濡那原神社の裏手の森と繋ぐ方法があるのですよね?」

「はい。メイズの規模や形にもよりますが、そういうコトができる可能性はあります」

「可能なら、今日のうちにそれをしてしまいたいところですね」


 うなずきながら、私は鳥かごを通じて「メイズよ開け」と念じます。

 すると、錐噛の時と同じように、鳥かごを中心に周囲の風景が歪んでいきます。


 そして、巨大な鳥かごに囲われた、どこかメルヘンちっくな、廃れた遊園地のような町並みへと、周囲の姿が変わりました。


「やはり家がメイズですか」


 見れば家の門には、鎖が絡みつき南京錠で閉じられています。


「門の向こうも鳥かごに覆われた家……ですか」

「鳥かごの中の鳥かご……なんとも変わった心象風景ですが……」


 持っていた鳥かごは、手の中でカギに変じています。

 私はそれを使って南京錠を開けると、鎖が勝手にはずれて、門が開いていきました。


「和泉山さん、手を」

「はい」


 入った瞬間に空間がねじれて別々の場所へ――というのは面白くないので、最低限の対策ですが、手を繋いで私たちは敷地へと足を踏み入れます。




 門を潜ると、建物や敷地の形状はそのままに、完全にホラーゲームの舞台のような空気に変わります。


 あちらこちらに転がっている鳥かごが、不気味ではありますが……。


 枯れた木々に、延び放題の雑草。

 テラスのテーブルには、ティーセットが置かれていますが、それもまた長い間放置されたかのように汚れています。


 お茶のような液体が入っているようですが、薄ら黒いその液体がなんであるかは、分かりません。


「この庭にはピースなどはいなさそうですね。

 それに、この風景からして、自分は家に閉じこめられた鳥――などと思っている可能性が大きそうです」

「だとしたら、歪みの中心は自室――でしょうか?」

「そうだと思います。ただ、家の中がどうなっているかまでは分かりません」

「錐噛の時は、スタッフルームの奥に文字通り桃源郷のような風景が広がってましたしね」


 そうして、私は玄関のドアノブに手をかけました。


 ……が。


「開きませんね」

「代わります」


 和泉山さんもガチャガチャとやりますが、どうやっても開きません。


「現実ならいざ知らずメイズとなると、私の力技でどうにかなるようなものでもなさそうですね」


 蹴破るのも難しそうなので、仕方なく私たちはほかの出入り口を探すことにしました。


 ……ですが……。


「これは、ちょっと大誤算がすぎますね……」

「まともな入り口が見当たらないとは思いませんでした」


 家の周囲をぐるりと回りましたが、裏口も、窓も、どこも開けることが出来ず、叩き割ることも出来ず――


 私たちは、家の中に入ることができず、途方にくれるのでした。



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【TIPS】

 鷲子たちが、ドアや窓をドカドカ蹴る度に、本体である織川は、何ともいえないトラウマが刺激されるような落ち着かないムズムズ感を感じていたらしい。


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