88.向かい風に踏み出す者


 9月29日(日) 想定期限タイムリミットまであと9日 



 AM2:20



【View ; Kirika】


 暗闇の中、私は裸で横たわっていた。

 羞恥心がないのは、夢のなかだからかな?


 ともあれ、私は身体を起こす。

 聞いた話が本当なら、この状況になると身体を動かすのも億劫になり、夢を操る能力者に好き勝手やられてしまうそうだけど……。


 寝る前に能力を使い、夢の支配から脱するチカラを願った。

 その結果、どうやらそれが上手くいったみたい。


 ただどうにも、この暗闇の夢を作り出した人はいないっぽい?


 だとしたら、今回は空振りかも。

 まぁ出来ると知れただけで十分だけど。


 そんなことを思っていると――


「クソッ、クソッ! 支配を解除せざるえなかったッ! あのガキ、絶対許さねぇ……!」


 ――突然、下半身が鳥かごの男の人が現れた。


「誰を許さないんですか?」


 勢いで聞いてみると、彼はこちらを見ずに、イライラと答えてくれる。


「花道だ! 花道 華燐だよッ! 強制離脱は支配の完全解除と同じだからなッ! したくもねぇのにッ、しなきゃ殺されてた……!」


 そこまで口にしてから、鳥かごの人は慌ててこちらを見た。


「お前……!」


 あの鳥かごの中に、私の自我の一部とやらが囚われてるんだっけ?

 困惑しているうちに、奪い取っちゃおう!


 ストールを伸ばし格子の隙間をくぐらせ、中身を奪って手元にたぐり寄せる。


「あ」

「夢を支配する能力。それ自体は強力なのは認めますけど、使い手はそこまででもないみでたいで安心しました」


 これで支配者が鷲子ちゃんや草薙先生だったら、こんな簡単に取り返せたりしないだろうし。

 まぁ……そもそもあの二人だったら、簡単に尻尾を掴ませないかも。


「なんなんだ……!? なんでお前らはッ、簡単に俺の支配を……!」

「簡単ではないんですけど、対策は立てられるってだけです。

 何より、奪い取っている自我が、全てではない時点で、強い人は支配しきれないんだと思いますよ」

「なんだと?」

「だって言葉があるじゃないですか。『我の強い人』って。

 そういう人の自我を能力で多少奪ったところで、キッカケがあれば自分を取り戻すでしょうし、そうじゃなくても、残った我の強さが反撃に出ると思うんですよね」


 ここが夢の世界――精神に近い世界だからか、自我を取り戻すと同時に、私がまとっていた祈りのストールが、ゆっくりと私から離れていく。


 離れながら制限無くその長さを伸ばし、束になり、人の形になっていく。


 束になったストールはやがて、ハッキリとした人型のビジョンに変わっていく。


 色の印象だけならば赤と白。

 中華風な巫女服ともいうべき格好をした猫耳と二本の尻尾を持つ女性。顔の横には笑顔の御多福おたふく面をつけている。

 祈りのストールを大量に身に纏い、生き物のようにたゆたわせたそれこそが、私の能力の新しい姿。


 赤の鬼面と白の鬼面を周囲に漂わせながら、その女性は私に微笑み掛ける。


『この姿はまだ夢の中だけのモノ。現実で真に呼び出してくれるコトを楽しみにしていますよ、キリカわたし

「うん。がんばる。でも今は――」

『ええ。でも今は――』


 この姿になった私の開拓能力は、手早くもインスタント懸命な祈り・プレイヤーズなんかじゃない。


 もっと確実に、天に祈りを届ける巫女そんざいだ。


 なら――


紅と白のイタラスクォード祈り手・プレイヤーズ

『はい』


 私たちは一歩前に出る。


「お前も、開拓能力を……ッ!」

「そもそも自分以外に能力者がいないと思っていた時点で間違いです」


 もちろん。この言葉は、町に能力者が増えているという状況を知っているからこそ言えることだけど。


「逃がすつもりはありません。

 人を傷つけるのはイヤですけど、ここでアナタを傷つければ現実のアナタにも傷がフィードバックされるみたいですからね。

 これ以上の悪行を重ねる前に、手を打たせてもらいます!」


 赤の鬼面と白の鬼面を私は飛ばす。

 それらはフリスビーの横回転しながら、鳥かご男に襲いかかる。


「冗談じゃないッ!」


 鳥かご男は踵を返して、私から離れようとするけれど。


「甘いよッ!」


 私は祈り手プレイヤーズが身に纏うストールを展開し、周辺を包むように一斉に伸ばさせた。


 ストールは大きく弧を描きながら地面に刺さる。無数のストールが刺さっていけば、鳥かご男を閉じこめる鳥かごの完成だ。


 まぁ私も中にいるんだけど。


 でも、この二枚の鬼面があれば、攻撃には困らない。


「クソッ!」


 毒づきながら、鳥かご男はこちらに身体を向ける。


「何なんだよッ!! どいつもこいつも現実でも生意気なら、夢の支配を受けてなお生意気なツラしやがってッ!!」

「他人を支配すれば生意気じゃなくなるなんて考え、子供ですか?」

「は?」

「それに、この程度の能力で他人を支配した気になれてるんですから、お手軽ですね」

「テメェ……」


 ギリリ……と、鳥かご男は歯ぎしりするけれど、私はそんな間違ったこと言ってるかな?


「何より、この程度の向かい風で私たちは止まりませんよ?」

「どういう意味だ?」

「仲がよかった相手を利用して心を折りにくる……なるほど、確かに逆境です。でも、それがどうしました?」


 この人はきっと深く考えてはいないんだろうけどさ。


「向かい風だろうと一歩踏み出さなければ先に進めません。

 そもそも開拓能力というのは、未知なる荒野を切り拓くべく勇気の一歩を踏み出す為のチカラだそうです。

 そんな能力を持っている人や、能力者に関わる人たちが、簡単に心折れるワケないじゃないですか。

 泣きながら、喚きながら、怪我をしながら、後悔をしながら……それでもきっと、向かい風に一歩踏み出せるからこそ、開拓能力がチカラを貸してくれるんですッ!」


 きっと、鷲子ちゃんは傷ついてる。

 その原因となった華燐ちゃんも傷ついている。


 そんな二人を傷つけた原因はこの人だ。


 二人は私より強い。

 二人は私よりも大人かもしれない。


 この逆境でも立ち上がり、自分たちで反撃の糸口を掴んでいる。


 だけどそれでも、二人は私の素敵な後輩たちで、私の大事な友達だ。


「ガキがッ! 俺に説教するんじゃねぇッ!!」

「説教されるようなバカをやらかす大人がッ、偉そうなコト言ってるんじゃないわよッ!!」


 振り下ろされる鎖を白の鬼面で受け止め、私は赤の鬼面を投げつける。


「強くて優しい二人を泣かしたアナタをッ、私の友人や悪友たちの心と感情を書き換えるようなアナタをッ、私が許せるワケないじゃないッ!」


 もう片方の鎖で赤の鬼面を防ごうとする。

 そっちに意識が言っているから、白の鬼面とぶつかる鎖への意識が向いてない。


 だから――私はためらうことなく受け止めた鎖を横へ流し、即座に白い鬼面も投げつける。


「アナタがガキとバカにする相手よりもッ、ガキみたいなコトばかり口にしている大人がッ!」


 もちろん、そこで終わらない。

 私は祈りプレイヤーズからストールを一枚受け取り、右手に巻き付けてドリルを作る。


 同時に、裸だった私は祈り手プレイヤーズと同じような中華風デザインの巫女服っぽいものに包まれた。


 飛び交う鬼面たちを捌くのに躍起になっている鳥かご男に向かって、私は駆ける。


「クソガキがッ! 言わせておけば……!」


 こちらに意識を向けた時、男の目が驚愕に見開かれた。


「怠惰の暗闇から、解き放たれたのか……ッ!」

「よくわかんないけど……ッ、ぶっとんじゃえぇぇぇぇッ!!」


 右手のドリルストールを大きく振りかぶる。


「クソッタレがぁぁぁぁぁ!」


 苦渋の選択をするかのような顔で、鳥かご男はそう叫ぶと、唐突にその姿を消した。


 恐らく私の夢から出て行ったんだと思う。

 それも、強制離脱を使っている。


 正しい手順で脱出しないと支配を継続できないっていうのは、私の夢に入ってきた時にあの人が勝手に口にしてたしね。


 右手のドリルと、そして檻にしていたストールを元に戻す。


「目が覚めたら、お別れになっちゃうのかな?」

『今のアナタなら、きっと私も呼び出せます。でも私を呼ぶといつもより疲れるかもしれませんから、気をつけて』

「うん」


 周囲の風景が暗闇から、見慣れた神社の風景に変わっていく。

 私にとっては庭も同然の、おじいちゃんが神主をやっている神社の姿。


 ――私が、いつも笑顔を浮かべている場所ところ


 怠惰の暗闇とやらが、完全に解除されたんだろう。


『そろそろ朝のようです。現実のキリカわたしも目を覚ましそうですよ』

「すごい疲れたけど、これちゃんと休めてるのかな?」

『どうでしょうねぇ……』


 何はともあれ、とりあえず一番の危険は乗り越えた感じ。


 さぁて、目が覚めたら今日も一日、笑顔でがんばっていきますかね!



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【TIPS】

 キリカのモットーは「笑顔でいれば大抵のコトはなんとかなる」。

 自分の笑顔と祈りが、みんなの背を押す勇気になればいいなといつも思ってる。


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