87.その鳥たちは、大人しからず


 9月28日(土) 想定期限タイムリミットまであと10日


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 夜。

 とあるガキの夢の中――何も纏わぬ姿で、大の字に横たわりながら、それでもどこか偉そうにガキが告げる。


「……これが。植え付けられた嫌悪感だろうが。最初から持ち合わせていた嫌悪感だろうが。関係ないな」

「何を言って……」

「嫌悪はある。殺したいほどの嫌悪が。だが。それがどうした?」


 このガキは何を言っているのだろうか。

 俺に支配された夢の中で、このガキは何を言っている……?


「夢を乗っ取られる? 自我を奪われる? 結構。それは認めよう。

 だが。それがどうかしたのか? お前は。ワタシを完全に操れない」

「お前は……一体、何を言っている……ッ!?」

「十柄鷲子のコトは大嫌いだ。だが。それがどうかしたのか?

 ワタシはアレが大嫌いだ。だがアレが守護者たらんとしているコトは理解している」

「守護者?」

「知らないのか? お前のような開拓能力を悪用する輩。彼女はそれを。取り締まる側の人間だ」

「…………!」

「ワタシは自分を善人だとは思っていない。だがお前のような奴は嫌いだ。ワタシの理性の天秤は。お前より十柄を取る。それだけだ」

「その正義感も……俺を求めるように変えてやるコトが出来る……!

 世界中を敵に回しても俺だけを愛するように……ッ!」

「警告するが。それは止めるべきだ」

「今更怖じ気付いたのか?」

「違う。警告だ。ワタシは人の愛さない。愛してはいけない。ワタシはワタシが危険な思考の持ち主であると。そう自覚しているだけだ」

「何を意味の分からないコトを……!」

「……警告はしたのに。能力を使ったか。ああ。ダメだ。歯止めが効かない……。思いの丈をぶつけさせてくれ……!」


 どれだけ気丈に振る舞おうとも、俺の能力で夢をいじくり、自我や感情への影響を与えればこのようなこともたやすい。

 結局、女なんて単純な……。


「お前がワタシ以外の女を見るコトを許さない。その能力を使って他の女に手を出すコトを許さない。お前の目も。お前の能力も。お前の五感全てをもって。お前はワタシだけを見ろ」

「は?」

「他の女と触れ合うコトは許さない。外を歩けば他の女と接触するだろう? それはダメだ。許さない。だからワタシはお前を閉じこめよう。お前こそが鳥かごに入るべきだ。大丈夫だ。ワタシはお前を愛そう。愛でよう。お前は何もいなくていい。金はワタシが稼ぐ。ワタシが貢ぐ。ワタシが養う。だからワタシの横にいろ。ワタシの横以外許さない。男友達と出掛けるのは許すがキャバクラなどに行かれるのはイヤだな。連れて行かれたならその男友達は全力でノロいをかけよう。詛い殺そう。やっぱり外に出して良いコトはなさそうだ。外出も禁止しよう」

「いやあの……」

「だが能力を使われるのは厄介だ。ワタシ以外の女の夢の中に逃げられても面倒だしな。やはり能力は封印するべきか。十柄に頭を下げよう。殺したいほど憎い相手でもお前の為とならば頭を下げるコトになんの問題もない。大丈夫だ。これもお前の為だ。愛するお前の為だ。お前の為に生きるのならもっと占い家業を増やそう。詛いによる殺しも引き受けよう。大丈夫だ。全てはお前と生きる為だ。お前とずっとにいる為だ」

「お、おい……」

「お前の為だ。お前の為だ。ワタシはお前の為にいる。さぁ能力を使うのをやめろ。他の女に手を出すのを止めろ。ワタシだけを見ろ。ワタシだけを触れ。ワタシだけを犯せ。ワタシだけを殺せ。ワタシだけを……」


 俺が作り出した怠惰の暗闇の奥から、何か蠢くようなものが迫ってくる気配を感じる。

 鎖のような、蔦のような……それに捕らわれたら、俺はもう、ここから逃げ出せなくなるような恐怖感がある。


 逃げなければ、まずい。

 直感的に、俺はそう判断し、ガキに対して背を向ける。


 この夢の持ち主に植え付けた十柄に対する嫌悪感以外の感情操作を全てカットして、全力でこの夢から逃げ出した。


 ……あんなイカれた女が、この世にいるとは思わなかった……。


 ・

 ・

 ・


 次にやってきたのは、女子バスケ部の部長の夢の中だ。

 先ほどのイカれたガキから、こいつも十柄の協力者であるという情報があったからな。


 十柄は学校を休んでいるようだが、油断ならない。

 俺の持つ能力――開拓能力とやらを悪用するものを取り締まる人間だという以上、俺に対する何らかの対策を用意している可能性がある。


 夢の中を歩いていくと、長身でモデル体型のような女が、暗闇で無気力に横になっている。

 現実でどれだけ活発であろうと、この夢の中では無気力なガキだ。


 十柄の時のようなイレギュラーや、先のガキのように根幹が狂ってる奴など、そういないだろう。


「お。本当に来たな」


 なんだ……?


 無気力に横たわるガキに近づいていくと、横たわるそいつとソックリな女が現れた。


「起きれる?」

「なんもやる気おきない。いっそあの鳥かごに抱かれてもいいとさえ思ってる。逃げる気もないし」

「重傷だね」


 肩を竦めながら、もう一人の方がオモチャのような道具を取り出した。


「事前に準備しておいて正解だったね。

 開拓能力であれば、現実で発動しておけば夢の中でも利用できるみたいだし」

「……ッ!」


 あのオモチャ……開拓能力だとッ!?


 オモチャを手にしている女は、そのオモチャを自分の腰にあてがう。するとオモチャからベルトが伸びて腰に巻き付いた。


「私たちの能力は二人で一つなんだ。だからどうなるかと思ったけど、ちゃんと使えるみたいで安心したよ


 そしてメカニカルな木札のようなものを取り出すと、ベルトに挿し込んだ。


「変身」


 彼女の姿が変わる。

 幼い頃に見た特撮ドラマの主人公のように。


 全身を包む虫のようなシルエットのスーツに、異形の獣の骨のような被り物。

 正義の味方にも、悪の怪人のようにも見えるその姿で、彼女は告げる。


「さぁ今宵の都市伝説が始まるよ。

 お前という怪異モノガタリが、私――ドッペリオンという怪異モノガタリに上書きされる……そんな物語ジカンのはじまりはじまり!」


 都市伝説?

 変身、都市伝説……。

 まさか……ッ!?

 まさかッ、仮面闘士リオンなのか……!? ホンモノのッ!?


 そんな怪異モノと真正面からぶつかるワケには……!?


「なに、ぼーっとしてるのさ?」

「……ッ!?」


 ドッペリオンが気がつけば目の前にいて……


「その檻の中に、あの子わたしの自我があるんだっけ?」

「どこでそれを知って……!」


 気がつけば、ドッペリオンは黒いモヤを手に、この夢の主であるガキの元へと戻っている。


「動けそう?」

「だるいのは変わりないけど……」

「けど?」

「すっごいお札は作れそう。夢を介してそっちと意識が混ざってるからかも?」

「そりゃ好都合」


 そんなやりとりの後で、この夢の主であるガキの手の中に、さっき使ったモノと比べるとだいぶ大きい奴を作り出す。


「お札の名前はゴギョーオール。

 木・火・土・金・水……五つの属性全部乗せ」

「新しいチカラを試すのにもってこいの相手がいて嬉しいね」


 待て。

 その相手というのは、間違いなく……!


 ベルトに挿っていた札を抜き、一度変身を解いてから、改めてその大きな札をベルトにセットしなおすドッペリオン。


「変身」


 そして五つの属性とやらを全て身に纏った姿のドッペリオンへと変身した。


「ドッペリオン・ゴギョーオールフォーム……。

 いやゴギョーオールドッペリオン? どっちがいいかな?」

「どっちでもいいと思う」

「私のクセにノリが悪いなぁ……十柄さんとか倉宮さんなら乗って来てくれそうだけど」


 詳しくは知らないが、そういうのは物語の中盤から終盤に出てくる全部乗せとやらだろう!?


 俺ごときに使うような変身じゃないのではないか……?!


「それじゃあ、いくよ……!」

「こ、来なくていい……ッ!!」


 俺は全力で、この女の夢から逃げ出したッ!


 ・

 ・

 ・


 どうなっている?

 この夢を支配し、現実の精神を操作するチカラは、無敵のはずだ。

 それが、どうしてこんなことになっている?


 勢いで適当な女の夢に飛び込んで来たが、ここは誰の夢だ?


 ふむ。

 花道 華燐か。


 十柄と仲が良く、十柄とともに能力犯罪者を取り締まっているんだったか?


 格闘技をやっているので運動神経や戦闘能力は高いが、能力者ではない――倉宮はそう言っていたが……。


 いや、不安がることはないか。

 実際に、花道は十柄とケンカをしたと聞いている。俺の精神操作が正しく作用している証拠だ。


 ギャルというのは好みではないが、抱き心地は悪くなかった。

 前二人から受けたストレスを発散する為にも、少しばかり乱暴に抱かせてもらおう。


 せっかくだ。

 精神浸食の強度を高め、その格闘技で邪魔なガキどもを全員病院送りにでもしてもらうか。

 花道が暴行で逮捕されようが、知ったことではないしな。何より逮捕されてくれれば、邪魔者が一人減らせるのだから一石二鳥だ。


 そう思って、夢の中を歩いていると――


「え?」


 ――ふすまがあった。


「は?」


 感覚的に夢の中心はこの襖の先だ。この先に花道がいるはずだ。

 だが、まるで夢の中心を守るようなこの襖はなんだ……。


 襖に描かれているのは桜の木。

 足下には紫陽花が描かれていて、季節のチグハグ感はあるものの、かなり美しいデザインとなっている。


 だが、本当にこの襖はなんだ?

 あと襖のデザインの中にいる赤いカタツムリ。ちょっと浮いてるぞ。無い方がいいのではないか?


 ともあれ、状況が分からないので近づいてみるしかない。


 ゆっくりと近づいていき、その襖に触れた。

 次の瞬間――


 カン! という小気味のよい拍子木の音とともに、襖が勢いよく開いた。


「え?」


 襖の先には襖がある。

 呆然としていると、また拍子木が聞こえ、二枚目の襖が勢いよく開く。


 その奥にもまた襖だ。


 拍子木がなる。襖が開く。襖が現れる。

 それが繰り返され、徐々に拍子木が鳴る感覚が短くなっていく。勢いよく無数の襖が開いていく。


 カン、

 カン、

 カン、カン、カン、カン、

 カンカンカンカンカンカン……!

 カカカカカカカカカカカン……!


 ……カカン!


 一拍置かれ、ひときわ大きい拍子木がなり、一番豪華な襖が開いた先に、夢の主がいた。


 怠惰の暗闇に包まれているはずの夢の中心で、背筋を伸ばし、目を伏せて、正座した姿で。


 ……どういうことだ?


 俺の能力で、夢の中では全裸で無気力のまま転がるくらいのことしか出来なくなっているはずなのに……!


 なぜ花道 華燐は……袴を着て、背筋を伸ばし、正座をしている……ッ!?


 現実とは違い髪は黒い。

 化粧やネイルなども一切していない。

 一切の飾り気を廃し、袴だけを身に纏っている。


 上下セットで、夜桜を思わせるデザインだ。

 桜色が基調となった上と、夜色が基調となった下。


 意味が分からないまま、俺は襖をくぐって花道の近くまで進んでいく。


 俺が最後の襖を越えた時、花道はゆっくりと目を開いた。


「ようやく来た」

「……お前は……」

「アタシの自我と夢を返してもらう」


 やばい……!

 今になって直感が叫ぶ。


 退こうとすると、襖が閉じた。


「……ッ!?」

「アタシの夢を、アナタにとっての悪夢にする」


 何が、何が起きている……!?

 前の二人とも、十柄とも何かが違うッ!?


「イッツ・ダイ・ア・ヤボー。

 夢も現実も、アナタの全てを地獄に変える。死ぬ以外の逃げ場所を奪ってあげる。

 今宵のアタシはナイトメア華燐ちゃんだからねッ!」


 そうして、俺を睨みつけながら、花道 華燐が武を構えた。


 冷や汗が止まらない。

 現実の俺から帰って来いと呼ばれているが、襖が開かない。破けない。


 気がつけば周囲は畳張りのだだっ広い和室のような空間になっている。

 俺の支配が作り出す怠惰の暗闇が無くなっている。


 部屋のあちこちに大小様々な紫陽花の植木鉢が置いてあり、そこにはカタツムリたちが乗っている。


 まるで、ギャラリーのようだ。

 俺と花道が戦うのを見に来ているような、ヤジを飛ばしに来ているような、そういう野次馬のような気配を感じるカタツムリ。


「ししょーも、お節介なんだから」


 花道が何かを言っている。

 そんなことはどうでもいい。


 どうにか……どうにかして、ここから脱出しなければ……!


=====================


【TIPS】

 黒髪すっぴん華燐は和風美人。あるいは和風武人。

 鷲子が静の美武人なら、華燐は動の美武人。


 イッツ・ダイ・ア・ヤボーは華燐の耳に残る何かのゲームだかアニメだか映画だかの台詞。

 意味はよく分かってないけど、悪の親玉が使ってたので、物騒でカッコいい意味だと思ってる。痛いアゴと聞こえなくもない。

 なおヤボーは英語ではなく、日本語の『野暮』のコトである。

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