72.あまいあやかし その5
《View:????》
ドン!――という衝撃を受け、私は部屋の外へ文字通り蹴り出された。
腹部を蹴られたこと、そして廊下の手すりに背中をぶつけた衝撃のせいで、息が詰まる。
けほっ……と小さく噎せながらも、私は手すりを杖に立ち上がった。
「弱い同類ですねぇ……。
とはいえ、同類は誤魔化ないですからね……申し訳ないのだけれど、邪魔をする以上は始末させて頂くわ」
叔父さんの部屋から寄誓小依子が――いや、小依子のドッペルゲンガーがゆっくりと顔を出す。
私を蹴り飛ばしたのはコイツだ。
「自覚してるよ、弱いコトはさ」
もっとも、こいつのこの強さは想定外だったけど。
「だとしたら拙いと言い換えましょうか。
勝ち目もないくせに策も弄せず正面から来るなんて間抜けの所行ですよ?」
「策はあった。でも完成するまでの時間を考えるとちょっとね」
オカルト事件に強いという倉宮さんに調査依頼をした。
本当ならそのまま、オカルト案件として解決してもらいたかった。
だけど叔父さんと同棲している女性の名前が『キセイ』だったと聞いて、のんびりしていられないと判断したんだ。
とはいえ、手も無く案もなく考えていたんだけど、私の本体とお婆ちゃんがこのアパートへと向かっている気配を感じたので、直接乗り込むことにしたワケだ。
色んなことがもうちょっと早ければと思うけど――そもそも、私が倉宮さんに依頼した時点で、結構ギリギリだった。
これ以上、叔父さんが生活力を奪われたら、もう生きる活力そのものを失ってしまう。
(早めに本体に声を掛ける――いや、お婆ちゃんに声を掛けるべきだったかな)
そうは思うけど、所詮はたられば。今更、言ってもどうしようもない。
「気づいた時には叔父さんがもう取り返しのつかないところまできてたからさ。策が完成し、実行する余裕がなくなっちゃっただけだよ」
「よほど自信のある策だったみたいね。なら私は幸運だわ。貴方が気づくのが遅くて本当に良かった」
小依子より振り抜かれた拳を躱す。
――と言っても、カッコよい感じじゃない。
慌ててドタバタ、みっともなく転がるように、だけど。
「どっかで格闘家の記憶でも啜ったの? 本体がOLの割に、ずいぶんと強いじゃん」
「格闘家なら二・三人ほどやったわよ。
まぁそれなりに有名な人だったから、死ぬまで吸うと問題になっちゃうかなか? って加減したけど」
「……っていうか、奪ったスキルを使えるのって本体だけじゃないの?」
「本体と共有できるようになったのよ。時代に合わせた進化ってやつ?」
「ほんと、あんたらって現代のサキュバスだよね」
吐き捨てるように告げて、私は立ち上がる。
転んでは立ち上がり――を繰り返しちゃってみっともないったらない。
だけど、本体がこちらに近づいてきている気配があるから、時間は稼ぎたいところだ。
「それの何が悪いのかしら? 持てるチカラを利用しているだけよ? 私も私の本体も」
「つくづく悪党思考で助かるよ。策を弄してボコボコにしてやるコトに、ためらいが沸かなくてさ」
「……で? その策とやらはいつ披露してくれるのかしら?」
「もうしてるよ。何が起きるかは秘密だけどね」
などと言ってみたけれど、実際は策なんてない。
とりあえず、本体がここに来たら、アドリブで何とかしよう――くらいのものだ。
ただ色々な大前提が崩れちゃってるから、本体が来てもなぁ――という心配はなくもない。
「…………ふむ。あながちハッタリとも言い切れないのかしら?」
こちらの言葉を信じて警戒してくれるのは助かるね。やりたいことは時間稼ぎだから、動きを鈍らせてくれるに越したことはない。
「いいわ。どんな策だろうと、それを上回るパワーで吹き飛ばしてあげる」
「は?」
え……?
ここへ来て、脳筋パワー宣言?
「いろんな人のいろんな才能や努力の結晶を奪っているうちにね。
それらを組み合わせて肉体を変化させるコトができるって気づいたの」
「何を言って……?」
「
きっと私が最初の一人。私はもうただのアマヤカシじゃないの。新しいアマヤカシ! そう! 言わばネオヤカシ!」
なんかやばい気配がプンプンするけど、どうしても一つ言いたいことが沸いた。
「ネオヤカシはないよ。あまりにもセンスがない。なさすぎてヒドい。
略奪した能力の中にワードチョイスのセンスはなかったの?」
「殺す」
「え? ちょっとッ!? 沸点おかしくない?」
こっちとしては煽るつもり一切なかったんだけど?
「うるさいッ!!」
そうして、小依子の身体はメキメキ音を立てながら変化して、二メートルちょっとの大女の姿に変化した。
当たり前だけど、ただ大きくなっただけじゃない。
ホラーゲームに出てくるような改造人間……あるいは人型クリーチャーのような姿に変じている。
「うわキモ。麗しき女妖怪とか、妖艶なる怪異とか称されるアマヤカシとしてのプライドないの?」
「プライドだけでご飯は食べれないの。分かるかしら? 学生さん?」
「わかりたくないなぁ……」
むしろ、分かっちゃいけない気がするんだよね。
「どうしてかしら? 肉体の強度は増したのよ?
ちまちま誘惑して甘やかして奪い取るよりも、強引に抜き取るコトができるのよ? 効率的でしょう? 合理的でしょう?」
「絶対に悪手だと思うのよ。だってそれ、目立つ上に、ただの異形じゃん?」
「それの何が悪いのよッ!!」
ヒステリーを起こしたような声で、異形化した小依子がビンタをしてくる。
速い――と思った瞬間、私は弾かれた。
痛みよりも先に衝撃を感じ、直後吹き飛ばされる。
勢いよく階段へと投げ出される。
いや、階段を越える。落ちるのはその先。アパートの敷地の外。コンクリートの上。
(これは、やばい。この勢いでコンクリートにぶつかったら、ただじゃ済まないかな……?)
とはいえ、何の能力も持たない私に抵抗するする手段はない。
だけど――
「間に合いましたね」
私が地面に落ちることはなかった。
どこからともなく生えた植物のツタに、私は捕らえられている。
「あー!! 私が十柄さんに触手責めされてるッ!?」
「人聞きの悪いコト言わないでください先輩ッ!!」
どうやら、本体が間に合ったようだ。
しかも、とんでもない助っ人を連れてきてくれている。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かったわ」
シュルシュルとツタが動いて、私を優しくおろしてくれた。
「これが私のドッペルゲンガーかー……マジで私じゃん」
「そうだよ私。もっと速く互いを認識してれば良かったって、ちょっと後悔している貴方だよ」
「もしかして叔父さんは……」
「ギリかな。とっととアレを倒して、奪われたモノを取り返せればなんとか」
アレ――と、私が示すと、オリジナルと十柄さんもそちらを見た。
「ホラーゲーのボス?」
「似たようモノかな」
さすがは私のオリジナル。感想は似たようなものだった。
「あら? 貴方の本体と……横にいるのは、先日お会いしたわね」
「ずいぶんと面白い姿になられているようで……寄誓小依子さん」
「貴方――ふつうの女の子ではなさそうね?」
「答える義理も義務もありませんね」
異形化した小依子を見ても、十柄さんは態度が変わらない。
いや、普段とは違うふてぶてしさのようなものを見せている気がする。
「殴る蹴るの暴力で終わるなら、ラクな相手なのですけど」
しかも、嘆息混じりに口にする言葉が恐ろしい。
「貴方がすでに本性を見せていてくれて助かりました。
余計な策を弄する必要もなくなりましたからね」
「それはどういうコトかしら?」
少しイライラした様子で小依子が問うと、十柄さんは左手の甲を相手に見せながら手招きして、告げる。
「とっとと終わらせましょう、ド三流。
怪異としての優位性を捨てて、即物的な異形に至った愚かさを教えて差し上げます」
カッコいいな、おい! 少年マンガの主人公か何かですかッ!?
――などと思っていると、小依子は階段の上から十柄さんへ向けて躍りかかる。
でも――
「戦闘技能の経験は微塵も喰らえてないようですね」
――十柄さんはそれを見据えたまま動かない。
そう思っていた矢先、小依子の身体が横へと吹っ飛んでいく。
何をしたのか分からないけど、間違いなく十柄が吹っ飛ばした。
「が……!?」
アパートの壁面に叩きつけられた小依子も何が起きたのか分かってないのか、目を白黒させている。
そして、十柄さんの髪の毛がツタへと変化すると束ねられ大きな拳を象った。
「せいッ!」
それを容赦なく小依子のボディへと叩き込んだ。
「ぐぅ……」
小依子は苦悶の声を漏らすものの、十柄は面倒くさそうに息を吐いた。
「この一撃で終わりませんか。
タフ過ぎて損はないといいますが……面倒な相手ですね」
手応えか何かで判断したんだろう。
どうやら、見た目ほど効き目がなかったようだ。
「アパートの壁面が壊れてしまうでしょうから、やりたくはないのですが……」
小さく呟くと、十柄さんは髪の毛をもう一束のツタにして同じような拳を作り出す。
「ナメるなぁッ!!」
だけどそれを十柄さんが振るうより先に、小依子さんが暴れ出した。
「……ッ!」
咄嗟にそれをツタの拳でガードするも、小依子はすぐに体勢を整える。
「なるほど、ソウルオーバー能力を使えるからこその余裕だったワケね。
でも――私には通用しなかったみたいよ?」
「別に殴るだけの能力ではないのですけれど」
勝ち誇る小依子に、十柄さんは慌てることもなく、淡々と告げる。
なんていうか――強さ以上に格が違う気がする。
「今、攻撃を防ぐついでに触っておきました」
「なに……これ……ッ!?」
「
十柄さんが能力名のようなものを口にすると、小依子の身体から植物が生えてきて、彼女を拘束していく。
「どんなパワーであろうと、どんな能力であろうと、強力なチカラに溺れてるだけの人は御しやすいんですよね」
これは圧倒的な経験値の差ってやつだろう。
十柄さんはただ強いだけじゃないんだ。こういう輩を相手取ることになれている。
「ほへー……すごいな、十柄さん。スゴすぎて何かよく分からないけど」
「同感だよ、私。とんでもない助っ人をつれてきてくれありがとね」
「なんて言うか十柄さんがこんだけ強いっていうのは、想定外だったんだけどさ」
のんびりと私たちがやりとりしていると、黒服のカッコいいお姉さんがこちらを手招きしているのに気がついた。
「二人ともこちらへ。
まだ決着は付いていません。そこだと、お嬢様の戦いの邪魔になります」
私とオリジナルは顔を見合わせると、うなずきあう。
ここは彼女の言う通り、下がった方がいいんだろうな。
そう思った矢先――
「あら?」
いつの間にか元の姿に戻っていた小依子が少し嬉しそうな声をあげた。
「なるほど。怪異の優位性」
十柄さんの能力は解けている。
「ふつうの人にはこっちの方が良いみたいね。
不意打ちに私の美貌は
フラつく十柄を抱き寄せて、唇を奪う。
「む――……ぅ!?」
目を見開き抵抗しようとするも、十柄さんはあっという間に目を瞑り、糸の切れた人形のように弛緩する。
「ごちそうさま。
通常の姿の場合、取り憑かないコトには生活力や能力を奪うのは難しいのだけれど、ただ意識を奪うだけなら何をせずともキスするだけで充分」
十柄さんの口との間に、僅かに唾液の橋を残しながら、小依子は妖艶に笑う。
「そっちの怖いお姉さんも、この姿でなら牽制できそうね。
でも――」
再び異形の姿に変じた小依子は意識を失った十柄さんの頭を鷲掴みにして――
「貴様ッ!」
「ふふ。ボディガードも大変ね?」
思わず飛び出していったお姉さんへ十柄さんを投げつけ、
「ほんと、滑稽」
十柄さんを受け止めたお姉さんごと蹴り飛ばす。
お姉さんは咄嗟に背を向けて十柄さんをかばったものの、勢いは殺せるわけもなく、茂みの中へとダイブさせられてしまった。
「ソウルオーバー能力者……しかも、十柄の関係者を私にぶつける。悪くない策だったけど……残念ね?」
不気味に笑う小依子に、私は思わず後ろ頭を掻いた。
十柄さんとボディーガードのお姉さんが脱落しちゃうと、マジで攻略手段がないんだけど……。
いやー……参ったなー……。本気で困ったぞ……。
素の戦闘力の高さも、化け物への変身も、まったく想定してなかったもんなー……。
行き当たりばったりだった自覚はあるけど、それにしたって、想定外が多すぎだってッ!
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【TIPS】
目の前で繰り広げられる想定外のバトルに、依乃お婆様は頭を抱えているし、気が気じゃない。
オカルトバトルの経験は多少あれど、ここまでハデでガチなドッカンバトルは正直初めて。
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