73.あまいあやかし その7
《View ; Yorino-Doppel-》
――まずい。これは非常にまずい。
内心でダラダラと冷や汗を流していると、私の本体が一歩前に踏み出した。
「あら? 貴女、そいつの本体よね?
一歩前に出て何のつもりかしら?」
「何かできるコトなんて、たぶん無いとは思うよ。
だけど、ここで一歩下がる気にはなれなかったんだ」
そうは言っても、私も私の本体も何か手があるワケじゃない。
目の前の小依子と違って、私は時代に合わせた進化なんてものができてないんだから。
「叔父さんも十柄さんも見捨てて、すごすご帰れるワケにいかないんだよッ!」
「まぁ確かに。本体の言う通りだよね。うん。ここまで来て逃げるのは難しいか」
どーせ逃がしてくれないだろうしね――とは口に出さない。
「ふふ。長生きできない性格しているわね。貴女!」
「アンタほどじゃないと思うけど?」
軽口を叩く本体の声は少し震えている。
当然だ。私だって怖いんだ。本体が怖くないワケがない。
それでも、私たちは一歩踏み出す。
いっそのこと、あいつと同じように異形にでも変身して対抗したい。もちろん、そんな能力なんて私は持っていないのだけど。
人の姿を捨てでも、守れるものならな守りたいって思うのは本当だ。
だけど、それは思いだけ。
現実にそれが叶うことはなく。
無情にも、現実は残酷な刻を刻むだけ。
「いいわよ。お望み通り殺してあげるッ!」
小依子が口角を上げる。
異形の拳を振りかぶる。
この瞬間――間違いなく奇跡が起きた。
いや、この時点では私も奇跡だと感じていただけで、あとあと冷静になってみれば恐らく条件が揃っていたんだと思う。
その影響は府中野市で収まらず果府市にまで及んでいた。
本来の開拓能力は、未知なる道に踏み出す勇気を持つ者が得るチカラ。
ドッペルゲンガーも、その本体も、進化する余地があった。
恐怖を乗り越え、その先に進もうとする意志が、それを掴めたんだと思う。
「なに?」
本体の左手が輝き出したことで、小依子が動きを止める。
十柄さんならむしろ問答無用で殴ってくるだろうな――なんてことを考えていると、本体の左手の中に奇妙な物体が生まれていた。
「……お札? ……にしては分厚いし機械っぽいけど」
何やら木とバッタらしき絵が描かれた不思議なお札だ。
「……! 土壇場でソウルオーバー能力を使えるようにになったッ!?
いや……ドッペルゲンガーとその本体は、その在り方こそがソウルオーバー! 能力なんてこれ以上増えるはずが……!」
アタフタしはじめる小依子を見ていると、私の右手の中にも奇妙なモノが現れた。
何やら機械のようなモノ。
ただ、本体の持つお札と似たような意匠に見えるので、何か共通点があるのかもしれないけれど……。
困ったな。使い方がわからない。
私が二人揃って困っていると、茂みの中からボディガードの女性と一緒に出てきた十柄さんが告げる。
まだちょっとフラついているようだけど、無事みたいでひと安心だ。
「先輩のドッペルさんッ! それは恐らくはベルトのバックルです!
腰に当てて見てくださいッ!」
「わかった!」
言われるがままにそれを腰に当てると、ベルトが出てきて私の腰にジャストフットした。
「先輩の持つそのお札は、ベルトにセットして使うモノだと思います。だから……!」
「させないわよッ!」
十柄さんの説明が終わるより先に、驚いたまま固まっていた小依子が動き出す。
だけど――
「邪魔はさせんッ!」
ボディガードのお姉さんが、横合いから現れると、見るからに強烈そうな蹴りを小依子さんに向けて放つ。
それを受け止めた小依子がうめく。
異形化してなおも、痛いと感じるくらい強烈だったらしい。
「こいつ……能力者でも何でもないのに……!」
「超能力があろうがなかろうが攻撃が通るのであれば問題はない」
「だけど、決定打には……ッ!」
「なる必要はない。決定打が別に存在するのであれば、それの準備が十全に整うまで時間を稼ぐのみ」
淡々と告げて、ボディガードさんは攻撃を繰り出す。
さっきは十柄さんを助けることを優先していたけれど、前に出るとこんなに強いのかこの人。
頼もしい上にカッコいい!
同性として憧れちゃう!
「鬱陶しい……ッ!」
「なんだ? 人間の姿を捨ててこの程度か?」
「そういうお前こそッ、人間の姿のまま人間やめたような動きをして……ッ!」
「十柄の本家筋のボディガードに勤めるには必要なことでな」
「なにそれ十柄家って人外魔境なのッ!?」
あははは……ちょっと小依子のツッコミに同意してしまった。
……ていうか、ボディガードさん、マジで動きが人間やめてない?
異形化した小依子にふつうについていけてるんだけど??
「私のドッペル! これ!」
「あ。うん!」
思わず見入ってしまっていたけど、本体が声を掛けてきたことで正気に戻る。
そして、本体からメカニカルなお札を受け取った瞬間――
「あ!」
「お?」
たぶん本体もなんだけど、脳裏にそれぞれの使い方が過ぎった。
「お札を作り出したあとは基本的に応援しかできないのかぁ……」
「二人で一つの能力って感じだね。これ」
どうして、私たちよりも先に十柄さんが使い方を知っていたのかはともかくとして。
「よし。使うからちょっと離れてて」
「おっけー」
本体が私から少し離れたのを確認して、お札の中心をバックルの中心に重ねる。
すると、ソワカソワカとやかましい電子音声がバックルから聞こえてくるんだけど、本当に使い方あってるこれ?
ともあれ、音声とともにバックルのコックカバーが開く。そこにスリットがあり、ちょうどお札が入れられるようになっていた。
ここにお札をセットすれば……恐らく私の姿が異形化する。
まぁ願ったり叶ったりといえばそうなんだけど。
まぁ、ためらうのなんて今更か。
望んで願って、そうして手元に現れたチカラだもんね。ちゃんと使ってやろうじゃない。
だから、私はバックルのスリットにお札を差し込む。
ウッドホッパー! とやかましい音声が叫ぶ。
ここまでの手順は間違ってないようだ。
最後は音声認識らしいし、しっかりと口に出してやるとしますか。
コックカバーを手動でスライドし元に戻しながら、告げる。
「変身!」
ソワカソワカポジティブソワカ!!
ただでさえやかましかったバックルがことさらにやかましく騒ぎながら、光を放つ。
その光に全身が包まれると、自分の肉体が変化していく実感がする。
そうして光が収まると、姿の変わった私がいた。
全身……文字通り頭の天辺からつま先まで覆う、黒とピンクのどことなく和を感じるボディスーツを身に纏い、バッタの頭蓋骨――実際には存在しなさそうだけど、そうとしか言いようがない――を被った姿。
「変身……変身ですって……ッ!?」
こちらを見て、小依子が異形の眼を見開く。
「ふっ、お前の専売特許じゃないようだぞ?」
嘲るようにボディガードさんは告げると、その場から即座に離脱して私の元までやってくる。
「いけるか?」
「たぶん」
「フォローはしてやる。思いっきり行ってこい」
「はいッ!」
軽く手を挙げてくるボディガードさん。それにタッチ交代とばかりに手をぶつけ、私は小依子へと踏み出していく。
「……仮面闘士リオン……。
なるほど。この世界だと実在の戦士だったワケですか……」
何やら十柄さんが頭を抱えて呟いているけど、何のことだろう。
ただ単純に、意識を吸われたせいで本調子じゃないだけかもしれないけど。
なにはともあれ――目の前の相手に集中しないと。
「寄誓小依子。叔父さんを、返してもらう……ッ!!」
「ちょっと能力を使えるようになったくらいで、調子に乗って……!」
「その言葉ッ、そっくりそのまま返すからッ!!」
せっかく手に入れた機会だ。
ここで、小依子とは決着をつけてやる……!
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《TIPS》
鷲子にとっては、前世で好きだった特撮ヒーロー仮面闘士リオンたち。
彼らは、前世のシリーズ全員ではないものの、この世界で実在している。
そのほとんどは、関係者による情報操作や隠蔽工作が行われているため、都市伝説程度の情報しか出回っていない。
そして目の前にいるリオンは前世には存在していないリオンであった。
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♡、☆、ギフト……いつも、ありがとう٩( 'ω' )وございます。
これといってお礼はできませんが、大変励みになっております!
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