67.あまいあやかし その1
《View ; Syuko》
一学期も終わりに近づき、夏へと入ってきたある日の放課後。
「ボディーガードを頼みたい」
突然、倉宮先輩が私の前に現れてそんなことを言ってきました。
「ええっと、どういう意味で?」
「そのまんまの意味だ。
厄介事を頼まれた。
それなら同じクラスの雨羽先輩に頼むと早いのでは――という言葉が喉から出掛かったのですが、慌てて飲み込みます。
傍目からの見た目はどうあれ、本人同士は犬猿の仲だと思ってますからね。
「能力者が絡むのであればやぶさかではありませんが――」
ただ、素直に返事をする前に、何を調査するかくらいは聞いておきたいところです。
「調査の内容か。確かにそれは聞いておきたいだろう」
倉宮先輩のこういう話が早いところ私は好きです。
「依頼人の叔父が取り憑かれたらしい。幽霊に」
「幽霊?」
「で。実際にどうなのか。それを確認しにいく」
「倉宮先輩、占い師で呪術師なのでは?」
除霊よりも、人を呪う側にいる気がしないではないですが。
「否定はしない。だがラクガキ事件以降。オカルト相談が増えた」
「それは、ええっと……」
「雨羽霧香も同様のようだ」
「…………」
もしかしなくとも、
「リコが原因かと。そう思ったな?
その通りだ。アレが。ワタシや雨羽霧香がオカルトに強い。そう吹聴している。本人は。無自覚だがな」
やれやれ――という調子で言ってますけど、まんざらでもなさそうな顔をしています。
絃色先輩とはネイル友達になったそうなので、その辺りが多分に関係しているのかもしれませんね。
魔女とか占い師とかではなく、純粋にネイルのすごい友人として屈託なく接してくる絃色先輩に絆されたのでしょう。
あまり深く突っ込まずに、オカルト案件の方だけを聞いておくとしますか。
「絃式先輩のコトはさておきます。
それで、どういう幽霊なのかは聞いてますか?」
「様子がおかしくなった。そうとしか聞いていない」
「そうですか」
となると、出たとこ勝負になっちゃいそうですね。
「まぁそう不安がるな。
怪異であれ。超常能力であれ。開拓能力は有効だろう?」
「どうでしょう? 相手にもよると思いますが」
「お前自身も強い。それで十分だ」
「まぁ倉宮先輩がそれで良いなら構いませんけど」
そんなワケで、倉宮先輩に付き合って、幽霊の調査をすることになりました。
「調査は次の土曜。
「わかりました」
こうして、今週末の私の予定が決まるのでした。
――そうして週末。
映画関係者が多いからか、巨大な亀とか巨大なゴリラとか巨大な鎧武者とかのシルエットが、駅の壁に描かれているんですよね。
その壁画にある亀のシルエットの前で、先輩を待ちます。
「十柄。待たせた」
「いえ。時間通りですよ、先輩」
軽く駆け寄って来ながら声を掛けてきた先輩にそう返事をします。
先輩は小さなショルダーバッグとは別に、デパートの紙袋のようなモノを持っています。
その紙袋は気になりますが、そんなことより――
「そちらは――」
「なんか。寺の子が。勝手についてきた」
――倉宮先輩の背後に
ガタイが良い坊主頭のバスケ部員。
ラクガキ事件の時に関わった先輩です。
「話はこっそり聞かせてもらった! 人類は滅亡する」
「あ、はい」
「冷めたリアクションやめてッ、困るッ!」
「それを言うなら反応しづらいボケをするのを止めて頂けると……こちらも反応に困りますので」
「倉宮ッ、十柄って辛辣じゃないッ?!」
「拳も言葉もコネも強力だぞ。以前。神社で見てただろ」
「見てたけどッ!」
何やらテンション高いですね。
モノさんとお茶を飲んでる時はすごいのんびりしている人というか、お寺出身というのに納得できる教養のある人っぽかったんですけど。
……あ、でも……そもそもエロ坊主という理由でラクガキ容疑者に上がってる人でもありましたね……。
「ま、ともかく。
幽霊の話、ちょいと俺も気になるんで付き合わせてくれ」
「こうみえて神仏関係者だしな。オカルトが関わるなら役に立つかもしれん。何よりデカイから肉壁としても優秀だ。危機から逃げる時。便利なのは間違いない」
「倉宮ってば俺を使い捨てる気まんまんッ!?」
目を見開いて驚く梅塔先輩に、倉宮先輩はうざったそうな視線を向けています。
神社と仏閣という差はあれど……呪いを扱う闇属性の倉宮先輩からすると、光属性側の梅塔先輩は相性の悪い相手なのかもしれませんね。
「ともあれ、よろしくお願いしますね。梅塔先輩」
「おう。役に立てるようにがんばるさ」
私が声をかけると、梅塔先輩はアスリートらしい爽やかさと、お坊さんらしい人を落ち着ける雰囲気が同居したような笑顔を浮かべるのでした。
駅前の繁華街から外れ、住宅街へ。
倉宮先輩が手帳にメモした住所を探します。
「あのアパートじゃないですか?」
私が指さした先にあるのは、何とも古めかしいアパートです。
……梅雨の始めに遭遇した
「
「字面はともかく音はダメそうだな」
梅塔先輩の言葉は無視して、私と倉宮先輩は年期の入った二階建てのアパートへと向かいます。
「しかし、成夜美……成夜美か。どっかで聞き覚えが……」
何やら後ろで梅塔先輩が呟いてますが、どうしたんでしょうか。
ただ、考え事はそこまで深刻ではなかったのか、「まぁいいか」と口にすると、倉宮先輩に訊ねます。
「そういえば、どうやってそのおじさんに会うんだ?
いきなり俺らが押し掛けて行っても不審者以外の何者でもないぞ?」
「確かにそうですね。何かお会いする方法はあるんですか?」
「問題ない。用意してある」
梅塔先輩と私の疑問に、倉宮先輩は自信たっぷりに答えました。
「問題ないなら良いのですけど」
さすがは倉宮先輩――と言ったところでしょうか。
事前の準備などは完璧のようですね。
「そして梅塔。悪いがお前は階段で待機していてくれ。
元々の訪問予定は私だけだったからな」
「それならまぁ、仕方ないか。
女の子が一人増えるくらいなら良いけど、男が増えるのはちと怪しいもんな」
倉宮先輩の言葉に梅塔先輩も納得したようにうなずきます。
陽気でテンション高めの人のようで、弁えるところはちゃんと弁えられる人のようです。
そうして、階段の途中で梅塔先輩は足を止めて、二階には私と倉宮先輩だけが上がっていきます。
「二〇二号室。これか」
階段から奥へ行くほど部屋番号が増えていくようです。
そして二部屋目にたどり着き――
「
やりい、やりい……どこかで聞いたような……。
「女バス部の部長、
ポン! と私は手を打ちます。
花道さんが連れてきた女子バスケ部の部長さんがそんな名前でしたね。
「会話は基本アドリブだ。適当に合わせてくれ」
倉宮先輩は小さくそう告げてから、呼び鈴を鳴らします。
「はーい」
――という声が聞こえてきましたが、それは女性のもの。
私と先輩は思わず顔を見合わせます。
「どちら様でしょうか?」
「遊尭さんの姪である依愛さんの後輩です。
こちらは。槍居遊尭のお宅で間違いないですよね」
「あ、はい。合ってますよ」
「先輩に頼まれてお届けものです。
ふだんは。土曜日に先輩が遊尭さんに差し入れを持ってきているそうですが。
今日はたまたま。急遽バスケの練習試合が入ってしまって来れなくなってしまったそうです。
ここのところメールをしても返事がないコトも心配されておりまして。様子も見てきて欲しいと頼まれました」
どこまで本当でどこまで嘘かわかりませんが、倉宮先輩は結構直球な話をしてますね。
「そうでしたか。今、開けますね」
ガチャリと玄関のドアが開き顔を出したのは、ハッと目を見張るほど美しい女性でした。
服装などは今風ながら、隠しきれない和美人といいますか大和撫子の体現者の雰囲気を醸し出しています。
ですが、それにいっさい嫌みは感じず――その一挙手一投足に目を引かれ、その美貌に吸い込まれそうな感覚に襲われます。
この人が、遊尭さんに取り憑いているという幽霊……なのでしょうか?
「失礼ですが。あなたは?
遊尭さんは一人暮らしと伺っていたのですが」
「そう聞いていれば驚かれますよね」
コロコロと笑い、丁寧な仕草でお辞儀をしてきました。
「
縁あって遊尭さんと同棲させて頂いている者です」
「そうでしたか。不躾に聞いてしまい申し訳ありません」
「お気になさらず。一人暮らしと聞いていた家から女性が出てきたら驚きますよね」
錯覚かもしれないんですけど、何だかクラクラしますね。
黒い髪、白い肌、薄い唇……。
他人の美貌にこんなにもアテられるとは思いませんでした。
「ところで遊尭さんは?」
「彼でしたら、今日はお出かけしていますよ」
「そうでしたか」
……え?
でも、部屋の中に人の気配ありますけど?
口に出すべきか、ここは黙っているべきか。
少し悩んで、やめておこうと結論づけます。
このタイミングで変に踏み込んでしまうのもややこしくなりそうです。
今回は先輩に任せて、様子を見ましょうか。
「こちら依愛先輩からです」
「頂戴いたします」
寄誓さんが受け取り、中身を確認すると表情を綻ばせます。
「まぁ! 立派なホッケですね」
「先輩のお父様のご実家がある北海道からの贈り物だそうでして。いっぱい届いたからお裾分けだと言っていました」
「そうですか。遊尭さんと一緒に美味しく頂きますとお伝えください」
「わかりました」
倉宮先輩は、寄誓さんの言葉にうなずき――
「遊尭さんにも。お忙しいのが一段落してからで構わないので。依愛先輩へ
「はい。言付け、確かに。
依愛さんの頼みとはいえ、わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「いえ。ワタシたちもこの辺りで遊ぶ予定でしたので。ついでのようなモノです」
「そうですか」
そうして、失礼しますと先輩が言うので、一緒に頭を下げました。
そのまま階段へと向かい――待っていた梅塔先輩に対し、人差し指を口の前で立てるジェスチャーを見せます。
即座にそれを理解した先輩はうなずき、私たちは出来るだけ静かにそのアパートをあとにするのでした。
妙に、喉が渇きます。
初夏の暑さのせいではなく、先ほどの寄誓さんの雰囲気にアテられたせいでしょうか。
倉宮先輩も似たような状態らいしく、通りすがりにあった自販で飲み物を買い、近くの公園へと立ち寄りました。
そこで買った飲み物を半分くらい一気に飲んでから、倉宮先輩が言います。
「カンだが。あれは黒だろ」
「そうですね。あの美貌――少々、魔的が過ぎました」
「匂い立つ色香なんて言葉があるが。それすら生ぬるい。
ただ向かい合って。喋っていただけなのに。言葉や息づかい。些細な仕草に意識が奪われそうだった」
「わかります。私も横にいてクラクラしましたから」
倉宮先輩とやりとりしながら、私も買った飲み物を一気に飲み干しました。
「ずいぶんと美人が出てきたようだな」
「美人は美人だったが。サキュバスの類だぞ。あれは」
「ほう、是非ともお会いしてみたいものだ」
なにやら期待感を高めているようで。
気持ちはわかりますが、私はそれを絶対オススメしません。
「むしろ、梅塔先輩が居なくて良かったかもしれません。
あの美しさは芸術を越えた、一種の異能です。
同性の私たちがこれなんですから、異性である梅塔先輩が対面していたらどうなっていたかわかりませんよ」
「どんだけだよ」
正直、あれは対面しないと分からない怖さなのは間違ありません。
とはいえ、だからといって梅塔先輩を対面させたいかというとNOです。
なんというか、あの色香に負けたらマズいことになりそうな――そういう得体の知れなさみたいのは間違いなくありました。
「それはそれとして――倉宮先輩。
遊尭さん。たぶん在宅でしたよ。家の奥から人の気配を感じました」
「そうか。だとすると。ますますあの女が怪しい気がしてくる」
「寄誓 左依子さん――でしたか。少し私の方でも調べてみますね」
「深入りしすぎるなよ。十柄。やばそうならほどほどで切り上げろ」
「ご心配ありがとうございます」
幽霊とは違うようですが、槍居先輩の叔父様は何やら怪しい女性と関わっているのは間違いなさそうです。
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【TIPS】
かつてこの辺りに変わった土地があった。
月の明かりを強く浴びる土地であり、夏になればホタルも舞う。
夜こそもっとも美しく成る土地だった為、
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