66.上映中はお静かに - サイレント・ライブ - その3
本日2話目の更新です
前話をお読みでない方は先にそちらをどうぞ
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《View ; Syuko》
「うぐ……」
逃げましょう――そう私が口にするよりも先に、和泉山さんが胸元を押さえて苦しみ出しました。
すぐに和泉山さんが意識を失ってしまいます。
「姉御ッ!
草薙先生が即座に親マイマイを呼び出すと、それで和泉山さんに触れます。
そして、親マイマイの手元にあるノートをのぞき込んで焦ったように舌打ちしました。
「赤マイマイちゃん! 頼むぜッ!」
複数ある子マイマイのうち、一度に一匹しか使えないという赤い子マイマイを和泉山さんに乗せます。
以前、私にやったのと同じことをするのでしょう。
和泉山さんが苦しんでいる要因や認識を書き換えるなどして、それを取り除く。
だけど、赤マイマイを和泉山さんの取り付かせながらも、草薙先生は焦った様子のまま顔を上げます。
「鷲子ちゃんッ、これは応急処置だッ!
他人の死の運命を長時間誤魔化すコトは、赤マイマイちゃんでも難しいッ!」
死の運命……ッ!?
和泉山さんが、死ぬ……?
そんなこと……絶対にさせません!!
「……ッ、即座に脱出をッ!」
「姉御はあたしが抱えるッ!」
「
草薙先生の言葉にうなずくと同時に、私は髪の毛を植物に変えて天井に伸ばすと、入り口近くの照明に巻き付けました。
「先生ッ、掴まってくださいッ! 跳びますッ!」
和泉山さんを担いだ先生は、即座に親マイマイの左手で私の手を掴みます。
親マイマイの右手で自分を抱えさせると、私の目を見てうなずきました。
「行きますッ!!」
「お前らッ、何を騒いでやがるんだ――ッ!!」
そして、死者たち――というより、どこか横柄な態度のゾンビが代表のように騒いでます――に注目されながら、私は
先生の親マイマイにフォローして貰いながら着地をすると、蹴破る勢いで私たちは劇場の扉から飛び出しました。
相変わらず横柄ゾンビが騒いでますが、他のゾンビや幽霊やスケルトンなどは、むしろ彼を面倒くさそうに見ている気がします。
でも、今はそんなことを気にしている場合ではありませんね。
「出口へッ!」
「わかってるッ!!」
何事かと死者のお客さんたちが私たちを注目しますが、気にしている場合ではありません。
さしたる距離がないはずなのに、物凄く長い廊下を駆け抜けている気分です。
「ぐ……」
「先生?」
その途中、草薙先生が小さなうめき声を漏らしました。
「大丈夫だ」
「いやでもッ、先生……ッ! その右手……!」
「あたしの右腕が真っ黒に染まった時は姉御が死ぬときだッ! 急げッ!」
つまり、和泉山さんの死を誤魔化している赤マイマイが、何らかの影響を受けているということでしょう。
草薙先生の右手がじょじょに黒く染まっていくのは、そのフィードバック。
やがて入り口のカウンター前に到着し、そのまま外に出ようとして――
ゴンと……私は何かに額をぶつけてよろめきました。
「めちゃくちゃ痛いです……」
「どこかにぶつけたのか? 何やってるんだよ鷲子ちゃん」
先生に呆れられながらも、私は改めて外に出ようとして――
「これは……先生ッ! 見えない壁がありますッ!
扉は開きますッ、でも――敷居を越えて外に出れませんッ!?」
「おいおいおいおいおい……マジかよ――ッ!!」
半信半疑に、草薙先生も私が触れている見えない壁に触れます。
「マジで閉じこめられた? どうする鷲子ちゃんッ!?」
「どうすると言われても……」
こんな状況を想定したことなんてありません。
そもそも想定するような人なんていないことでしょう。
考えろ考えろ考えろ考えろ……考えなければ、和泉山さんが死んでしまう……ッ!
『お客様、何を騒がれているのでしょうか?』
扉を見ていた私と草薙先生は、同時に背後へと向き直ります。
そこには一人の喪服の着物を来た老年の女性だと思わしき方がいました。
この方――近づいてくる気配が全くなかった……ッ?!
年は分かりません。
老婆であると思ったのは、その
『そのようにお騒ぎになられるとほかのお客様のご迷惑となってしまいます』
前で重ねている両手とは異なる――彼女の背後から、黒い影の手のようなものが無数に伸び始めました。
『あまりに酷い場合は、申し訳ありませんが強制的に大人しくしていただく形となります』
マズイッ!
この方は間違いなく、
立ち向かうべきでしょうか?
いや、ですが対外的に見れば騒いでいるのは私たちなのは間違いありません。
「こちとら急いでるんだ……!」
重ねてマズイですッ!
草薙先生が短気をお越し掛けてます。
この老婆を攻撃してしまうと、取り返しのつかないことになりそうなので、止めないと――
「あ」
視線を草薙先生に向けようとした時、気づきました。
老婆の両手。
影になっていた時は気づきませんでしたが、今気づきました。
彼女の両手。
人間の手ではありません!
人間の手を模したような、折り紙の手ッ!
いえ、手だけではありません。
彼女の生身部分は全て折り紙ッ!
腕も、足も――そして顔もッ!!
髪の毛以外の肉体が全て……!!
彼女は開拓能力者ではなく、彼女が開拓能力の
あるいは、開拓能力そのものッ!!
なら、本体は……。
いえ――本体は、最初から、見える場所にあったッ!
この老婆の正体。
この映画館の在り方。
そして、映画館の立地。
そこから導き出される答えと、脱出する為の方法は――ッ!!
「誰だか知らねぇが邪魔をするってーなら……」
「草薙先生、待ってください」
拳を振りかぶる
「鷲子ちゃん?」
私は草薙先生を制すと、一歩前に出て老婆に頭を下げます。
――脱出するための正解は、映画館の客として振る舞うこと。
「お騒がせして大変申し訳ありません。
ここが死者の為の映画館とは露知らず、入ってきてしまったんです」
『まぁそうでしたか……生者の方からすると、それはそれは、驚かれたコトでしょう』
「はい。それに、連れの一人が倒れ、慌てて外に出ようとしたら外に出れず焦ってしまっておりました」
『そういうコトでございましたか。ご事情理解いたしました』
「つきましては、お騒がせした身で大変勝手ではございますが、すぐに出て行かせていきますので、支払った料金のご返金をお願いできないでしょうか」
『ええ、ええ。そういうコトでしたらご対応いただきますよ。
おいくら支払われましたでしょうか?』
「恐れ入ります。現金で三百円。三人で九百円です。
こちらの草薙つむりさんが、三人分をまとめて支払っております」
『はい。はい。かしこまりました。少々お待ち下さいな』
老婆の背後から出てきた手の一つがカウンターの方へと、向かって伸びていきます。
ややして、それはスルスルと縮みながら戻ってきて、老婆の手の中に百円玉九枚が握られていました。
『ではお客様こちらを――』
「あー……あたしは今、手が埋まってるから……」
「いえ、草薙先生。
和泉山さんは私が担ぎますので先生がしっかり受け取ってください。
それが、ここから無事に出る為のルールです」
「よくわかんねーけど、了解」
草薙先生から和泉山さんを横抱きで受け取ります。
……脈が薄い。体温も低い。ギリギリといった感じですが、これなら間に合うでしょう。
ですが極端な話、死んでいないのでしたら、この映画館から外へ出た時点で助かるはず。
『大人三人九百円。確かにお返し致しました』
「騒がせてしまったコト改めてお詫び申し上げます」
『いえいえ。こちらこそ怖がらせてしまって申し訳ありません。
お二人は死者に触れるコトのできる何かをお持ちのようで……それがこの劇場に招いてしまった要因なのでしょう。
本来は、死者以外はこの区域そのものを認識できないはずですので』
つまり原因は、私と草薙先生が開拓能力者であったこと――ですか。
『長話をしている場合ではありませんでしたね。お客様方、すぐにお帰りください。
お連れ様が完全にこの劇場に囚われる前にここから出れば、すぐに目を覚ますはずですので』
ああ――私の推測は間違ってませんでしたね。ひと安心です。
「悪いなばーさん。乱暴な態度をとっちまって悪かった」
『お気になさらず。申し訳ないと思われるのでしたら、死者となった時、是非とも当館に足を運んで頂ければ、それに勝るモノはありませんので』
「そーかい。なら、そうさせてもらうよ」
「では支配人さん、私たちはこれで失礼します」
私と草薙先生はそれぞれにお辞儀しながら、今度こそ劇場を無事に脱出するのでした。
外に出ると、映画館の姿は影も形もなく――
和泉山さんを休ませる為に、東門の広場へと向かうと……。
「何もねぇな。原っぱだけだ」
「あの売店広場も、劇場の一部だったのでしょうね」
とはいえ、この原っぱも公園として解放されている場所です。
ベンチも設置してありますし、申し訳程度の自動販売機と屋台のような売店もあるので、一息はつけそうです。
私たちはベンチの一つに和泉山さんを寝かせます。
浅かった呼吸は落ち着き、肌の色や体温も戻っていっていくのが見てとれました。
すぐに目を覚ますことでしょう。
私たちはそのことに安堵してから、自動販売機で買った缶コーヒーを購入し、軽く口にして、ようやくひと心地つきました。
「結局、あの劇場って何だったんだ?」
「
「要するに建物や土地が能力と意志を持ってるってコトか?」
「その認識で問題ありません」
どういう経緯で死者の為の映画館という能力を得たのかはわかりませんが――
もしかしたら、実際にこの地にあった映画館の残滓なのかもしれませんね。
「脱出の流れに関しては?」
「劇場にお金を支払った時点で、そのお金が冥銭に変化してしまい、私たちをあそこに縛り付けたんです」
「死者しか使わない劇場で金を払うってコトは、自分たちを死者として定義するのと同義みたいな話?」
草薙先生の言葉に私はうなずきます。
ちなみに、生者は死者の国で食べ物を口にしてはいけないという話もありますね。
同じ理由で死者になってしまうのでしょう。
そういう意味では、売店広場や劇場内の売店で飲食物を購入しないで本当に良かったと言えます。
「そうして私たちが死者と定義されたので、玄関が死者の世界へと繋がってしまったんではないかと」
「だけどあたしらは生者だから、あの世がそもそも受け入れてはくれねぇ。だから出れなかったのか」
「はい。加えて、和泉山さんが倒れたのも同様の理由だと思います。
私たちは開拓能力があるので、それが死者と誤認されてしまったようですが……」
「姉御はそもそも能力者じゃねぇから誤認されない。
生者のいない場所にいる生者というコトで、エラー修正の為に死者にされそうだった……って感じか?」
「そういうコトだと思います」
「怖ぇ能力を持った建物もあったもんだ」
「もしかしたら、支配人すら自覚のなかった能力効果なのかもしれませんけど」
私が独りごちるように言うと、草薙先生も軽くうなずきました。
「生者が迷い込んでくるコトも少ないだろうしなぁ……。
迷い込んでも騒ぐ前に死者の仲間入りしちまってれば、支配人のばーさんも気づかなかったってのはアリそうだ」
ふー……と息を吐き、草薙先生は持っていたコーヒーを一気に飲み干すと、ぐーっと伸びをしました。
「ま、何であれ一件落着、でいいよな?」
「そうですね。もう危険はないと思いますけど……」
「いやー……良い経験ができたぜ。最高の取材タイムだった。
鷲子ちゃんが居てくれたおかげで無事に終わったしな」
そう言って草薙先生はにぃっと笑います。
「また取材に付き合ってくれるよな。鷲子ちゃん?」
「少しは懲りてください。
取材の度に、こんな目に遭うのは勘弁して貰いたいんですけど?」
言ったところで、どうせ草薙先生は聞く耳もたないんでしょうけどねッ!
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【TIPS】
まだ映画館が珍しい時代、映画館に魅せられた女性が建てた劇場。
支配人の姿は、その女性を模したもの。その女性が劇場を大事に思う心が、開拓舎化への要因となった。
完全な能力舎となったのは、管理人夫婦が亡くなり、管理する者がいなくなったことで取り壊されたあと。
開拓舎となった劇場は、死者の為に映画を上映していれば、やがて管理人夫婦が見に来てくれるかもしれないと――その思いだけで、今日も死者たちを楽しませている。
能力舎としての名称は、
『
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