68.あまいあやかし その2


《View ; Amefumi》


 駅前まで戻ってきたところで、俺は二人に声を掛ける。


「果府にちょっと大きいスポーツ店あるんで、寄ってくわ。

 せっかくここまで来たしな」


 バッシュバスケシューズの新しいのが欲しいから、ちょうど良いんだよな。


「そうか。得るモノはあったのか?」

「どうだろうな。でも気になるコトは出来た」

「気になるコト?」


 彼女たちが首を傾げるのを見て、どうしたものかと考える。

 いくら十柄が超能力を使え、倉宮はそれ系の造詣が深いとはいえ、あまりにもオカルトすぎる話なんだよな。


 まぁでも、しておかないより良いか。


「話をする前に十柄。

 先輩の叔父さんの家に居たっていう女性を調べるならもう一つ追加した方がいいかもしれないぞ」

「何をですか?」

「あのアパートの名前の由来かもしれない話なんだが――かつてこの辺りに成夜美ナヤミ園と呼ばれる土地があったはずだ」

「それがどうかしたんですか?」

「アパートの名前だけならそこまで気にも止めなかったんだが……。

 成夜美ナヤミ園のアマヤカシという怪異がかつて存在したっていう話を思い出したんだ」

成夜美ナヤミ園のアマヤカシ……」

「ただの思いつきというか、唐突に思い出したというか……。

 関係があるかどうかはわからないけどな」


 そう。アマヤカシは怪異だ。

 この辺りの土地に伝わる古い物語。

 語り継ぐ人すら減ってしまい、忘れられ掛けている存在でもある。


「怪異。怪異と言ったか?」

「言ったけど……どうかしたか倉宮?」

「どのような怪異か教えろ。知っている範囲でいい」

「知っている範囲……ねぇ……」


 まぁスポーツ店は逃げないし、そのくらいなら良いか。


「ちょいと長くなるかもしれないからな。

 外でダベるにもあちぃし、そこのコスモバーガーにでも入ろうぜ」


 そんなワケで、空調の効いたハンバーガー店で、話をすることになるのだった。





 アマヤカシ。

 いつの頃からか、その怪異はそう呼ばれていた。

 由来の一つは《あまあやかかし》が縮まったのではないかという説がある。

 とはいえ、この話に関して由来は別にどうでもいい。


 かつて成夜美なやみ園と呼ばれた地は美しい土地ではあったけど、人里からやや離れていた。

 詳しいことは知らない。ただまぁ、お世辞にも住みやすい土地とは言えなかったらしい。


 それでもその美しさから観光地のような役割は果たしていたし、近くに街道もあった為、決して人の近寄らない地だったワケでもない。


 街道に近く、観光地にもなっている。

 ならば当然のように、近所に宿場も生まれる。

 そういう意味ではこの辺りは昔から賑やかな場所だったのかもしれない。


 ともあれ、そんな宿場町に時折女性が現れる。

 ホタルの光を身に纏うように姿を現し、「成夜美園の方から来た」と名乗るその女性は、とても美しく見るモノを魅了する美貌を持っていた。


 そしてその女性は、旅人や観光客に声を掛けるんだ。


「もし、そこの人……。実は追われているのです。もしよければ、私をしばらくかくまっては頂けませんか。

 この地を離れるまで、あるいは自分を追いかけてくるモノたちが遠のくまで。是非とも貴方様の旅の供をさせて欲しいのです」


 ――と。


 声を掛ける相手は別に男とは限らない。女にも声を掛ける。

 女性が声を掛ける相手というのは、どこか傷心している者や、日々生きるコトに疲れた者が多かったらしい。


 そういった者ほど彼女の姿は魅力的に映り、彼女の存在感にあらがえずに受け入れてしまうそうだ。


 そして、アマヤカシは自分を受け入れてくれた人に寄生する。

 別に物理的に寄生するワケではないんだが、強いて言えばその人の人生に寄生するというのが近いか。


 アマヤカシが宿主に対して何をするかといえば、徹底的に甘やかす。




「甘やかす?」


 話の途中で、十柄と倉宮が首を傾げる。

 まぁそうだろうな。


「とりあえず、最後まで聞けって」


 二人がうなずくのを確認してから、俺は二杯目のコーラをストローで勢いよく啜る。

 ずっと喋ってると喉が乾くってもんだ。


 そろそろなくなりそうだし、モバイル注文で三杯目も頼んどくか。当然サイズはLだ。


「さて、アマヤカシが宿主を甘やかして何をするのかって話なんだがな――」




 最初はただ甘やかすだけだ。

 匿ってもらっているのだから、このくらいはさせてくれ。

 無理を言って同道させてもらっているのだから、自分がやる。


 そう言って、些細な日常の事柄を少しずつ浸食していく。

 料理くらい自分が――

 掃除くらい自分が――

 洗濯くらい自分が――


 最初のお手伝いの申し出を「そのくらいなら」と受け入れたら最後。

 アマヤカシはそれを繰り返しながら、宿主からすれば知らず知らずのうちに、深い領域に踏み込んでいくんだ。


 例えば宿主が商人だったなら……


 簡単な店番くらいは自分が――

 商品の仕入れくれいなら自分が――

 大店との商談くらいなら自分が――


 貴方はどーんと、自宅で寝転がっていればいいのです。

 貴方はここの主人なのですから、自分では何もせずすべて私に任せてくれればいいのです。


 ――ってな、具合にエスカレートしてくんだとさ。




「それ、店乗っ取られてません?」

「乗っ取られているだろうな」

「従業員なんかは怪しいと感じないのか?」

「二人も言ってただろ。近くで見たらクラクラしたって」

「え? それってもしかしなくても……?」

「なるほどな。あの魔的な容姿で。店長の妻を名乗り采配を振るえば。従業員は不信がる前に美貌に当てられ。言うがままにもなるか」




 新ためてこうやって話してみると、槍居先輩の叔父さんのところにいた女――めっちゃアマヤカシっぽいな。


 まぁ、ともあれそろそろオチへ行こう。


 アマヤカシは血や養分のような物理的なモノを吸うワケでも、精気だとか生命力だとか魂だとか精神的なモノを喰う怪異ではない。

 だけど、宿主から何かを確実に抜き取っているのは間違いない。


 時間をかけて宿主をドロドロになるまで甘やかした後――恐らくは長い時間をかけた食事を終えたアマヤカシは告げるんだ。


「追っ手の気配を感じなくなり、安全になったようですので、そろそろお暇させて頂きます」


 ――ってな。


 そして、立つ鳥後を濁さず――ってな具合で行方を眩ます。

 美貌にアテられて、彼女を怪しいと思えなかった周囲の人間も、アマヤカシが居なくなれば次第に正気に戻っていく。


 そうすると、みんなだんだん理解してくるんだ。

 冷静になってみると、あの女めちゃくちゃ怪しくなかったか? と。

 そういえば店長の姿をしばらく見てないぞ?


 従業員たちが慌てて店長の自宅に突撃すると、そこには変わり果てた店長が横たわっているワケだ。


 別に死んじゃいないんだがな……。

 何というか、そうだな――一番近い言い方としては廃人か。


 横たわっている店長は、見る影もなく肥え太り、髪の手入れなどはされておらず、みすぼらしい姿になっていた。

 そのクセ、部屋の中はとてつもなく綺麗で、整理整頓されている。


 店長は飛び込んできた従業員を見て、何か言おうとするも、声が出ないのか口をパクパクさせるばかり。

 起きあがる気配はなく、身体を動かそうとしても動かないのか、ピクピクもがくばかり。


 慌てて医者を呼んで看てもらうも、太っている以外は極めて健康体。

 それでも動けないなら仕方がないと、従業員が世話をすることになったんだが、徐々に徐々に店長の異常が明らかになっていく。


 動けないなら仕方がないと、介護する奴が食事の世話をするわけだ。

 ところが、匙を口元に近づけても店長はそれをぼんやり見るだけで動かない。

 水を飲ませようとすると、口の端からこぼしたあとで、盛大にむせる。


 飲み食いできず弱っていく店長は、それでもやがて喋れるようになる。あるいは喋り方を思い出したと言うべきか。

 ともかく、口が動くようになった時に言ったんだ。


「メシの食い方が分からない。

 水の飲み方が分からない。

 立ち上がり方が分からない。

 何もかもが分からない。

 俺はどうやってこれまで生きてきた……。

 俺はこれからどうやって生きていけばいい……?

 店が心配だ。これまでどうやって経営していたのかは思い出せるのに、いざ再開しようと思っても、何をどうすれば良いのか分からない。

 俺は今まで、どうやって生きてきたんだ……。

 記憶はハッキリとあるのに、記憶の中にある動作どうやれば再現できるか分からないんだ……」


 そうしてやつれにやつれた店長は最後にこう口にする。


「もう生きていく方法が分からない。

 なんだか呼吸の仕方が分からなくなってきた。

 何一つ、生きていこうという活力が沸かないんだ。

 生きていきたいとも思えない。

 なぁ……君、最後に俺を殺してほs……」



 ゲェェェェ――ーっぷ



「さんざん引き込むような口調で話してて、最後がそれですかッ!?」

「ふっざけんなッ! 最後の最後をゲップで台無しにするんじゃあないッ!!」

「わ、悪い……。悪気はないんだ」

「あってたまるかッ!!」

「そもそもコーラLサイズ三杯は飲み過ぎですよッ!!」


 なぜか倉宮と十柄がイライラしている。

 俺も別に、ゲップしたかったワケじゃないんだよ。

 なんか自然にでるモンだろ。あーゆーのって。


「ったく。まぁクソみたいなオチはともかく。アマヤカシの詳細は分かった」

「今の話を聞くとやっぱり、あの女性……怪しいですね」

「ただの民話やお伽噺とぎばなしってカンジにはならんか」


 俺が二人に訊ねると、二人は首肯してみせた。


「あまりにも。お前の話とあの女の雰囲気が一致しすぎる」

「でも、本当にアマヤカシなんてものが実在するんでしたら、私の手には余りますよ?」

「問題はソレだな。寺の子。対応策はないのか?」


 そうは言われてもなぁ……。

 後ろ頭を掻きながら俺が悩んでいると、そこに倉宮でも十柄でもない女の声が掛かる。


「あれ? 梅塔?

 両手に花みたいなコトしているけど、何? デート?」


 その声に俺が反応するよりも早く、倉宮と十柄が反応した。


「断じて。違うッ!」

「それはまずありえません。訂正してください」

「二人とも俺に対して辛辣すぎない?」


 はぁ――……と俺は思い切り嘆息してから、声のした方へと視線を向ける。


「槍居先輩が倉宮に依頼した相談事の件で、作戦会議してただけですよ」


 それに対して、槍居先輩はキョトンとした顔をして首を傾げた。


「依頼? 相談? 私が? 誰に?

 十柄さんとはラクガキの件で面識があるけど、それ以外の話してる??」


 マジで分からないって顔をして訊ねてくる先輩に、俺たち三人は思わず顔を見合わせるのだった。



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【TIPS】

 アマヤカシに関するエピソードはいくつか存在する。

 商人以外にも、見世物小屋の青年、絵描きの女性、花魁など。

 ただオチはだいたい綺麗に整えられた部屋の中、肥えて見窄らしくなった姿で発見されるのだ。誰も彼もが記憶はあれど身体の動かし方が分からず、生きる活力が沸かないと口にして死を望むのも共通している。


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