62.その紳士たちの結末は…
《View ; Syuko》
草薙先生とともに出てきた二人の顔は――まぁ予想通りと言えば予想通りです。
どこか諦めたような納得したような、栗泡先輩。
全く納得できてなさそうな、富蔵先輩。
どっちも疲れた感じなのは、共通ですけど。
「とりあえず、メイズの主は倒すのやめたわ。
んで、代わりといっちゃなんだけど、あたしの能力で二人の能力を封印した。
どちらかってーと、使い方を忘れさせた――が正しいかな」
火を付けずにくわえているタバコをぴょこぴょこと上下に動かしながら、草薙先生が二人について口にします。
それに対し、僅かに目を眇めた和泉山さんが訊きました。
「忘却――というコトは、思い出すコトもあるのか?」
「おう。条件は秘密だが、条件を満たした時に思い出せる」
「思い出したコトをお前は分かるのか?」
「んにゃ、全く。
だけどまぁ、思い出したあと、悪さに使うって言うんなら、次はメイズを潰す。それだけだ。
初犯だから、まぁ甘めにしてやった。次はねぇ。シンプルだろ?」
最後に、自分の口からタバコを抜き取ってニヤリと皮肉げに笑う姿はなかなか堂にいったものです。
横にいる栗泡先輩は完全にビビっているようですが……。
富蔵先輩はやっぱり不満そうなだけで、良く分かってなさそうで……。
「富蔵くん」
そんな彼に、雨羽先輩が声をかけました。
「ん?」
「富蔵は、本当に自分がどうして怒られてるのか分かってないの?」
「イっくんにも言われたけど、オレ……そんなに悪いコトしたの?
能力のあるなし関係なく、大したコトしてねぇだろ?」
「リコちゃんの今後の仕事を全部台無しにしかけた自覚はないんだね」
「それがわかんねぇんだよ。確かにオレはラクガキしたかもしれねぇけど、ラクガキしただけだよ。
そのラクガキで騒ぎになったのはオレのせいじゃないだろ?」
「そもそも富蔵くんがラクガキをしなければこんな騒ぎにならなかったじゃん」
「ラクガキに気がつかず映像に映り込ませた
「…………」
富蔵先輩と言葉を交わせば交わすほど暗くなっていく雨羽先輩。それを横で見ていた栗泡先輩は完全に頭を抱えています。
「なるほど、富蔵くんがモテない理由が良く分かった」
「え? 今のでッ!? マジでッ!? 教えてくれよ!」
「今のやりとりでそれを理解できてないコトが一番の問題」
お手上げ――とばかりに雨羽先輩は大きく肩を竦めて、嘆息しました。
「乙女心とか男心とか、そういうレベル以前の話だったとは思わなかったよ」
「は?」
「わたしたち、もう高校生なんだよ?
さすがにちょっと……あなたのその、道徳観というか倫理観は、ギリギリアウトじゃないかな?」
もう一度盛大に嘆息し、雨羽先輩は私のところへとやってきて――
「鷲子ちゃん。なんて言うかごめん……これはさすがに、わたしも無理かも」
「えっと、謝るのは私の方と言いますか……ちょっとキツい言葉をかけてしまって、すみません」
「いいっていいって。わたしを思っての言葉だったんでしょ?
そこはちゃんと通じてたから大丈夫」
「そうですか」
どうやら雨羽先輩に嫌われてないようです。
意図して露悪的な言い方をしたとはいえ、さすがにちょっと嫌われたり避けられたりするのは辛いかもと思っていたので、安心しました。
思わず安堵の息を漏らすと、先輩がわたしに飛びつくように抱きついてきました。
「ほんとごめん! それとありがとう!
そんな顔しちゃうくらいには、言った鷲子ちゃんも辛かったんだね。
わたしの為にありがとう!」
「あの……その、はい。でもちゃんと通じていたようで、安心しました」
学年的には先輩の方が上なんですけど、サイズ感は完全に妹なので、思わず頭を撫でてしまいそうになる衝動を堪え、何とか抱き返すに留めます。
それを見ていた富蔵先輩はこちらに指を差して、栗泡先輩に言いました。
「あの間に挟まりたいと思わない?」
だけど、即座に反応したのは草薙先生です。
「お前は今、全あたしを敵に回した」
「協力します。草薙先生」
栗泡先輩も便乗しました。
「え?」
敢えて何も言いますまい。
口を挟むと野暮なことになりそうですし。
草薙先生から変な質問とか色々されそうですし。
「白瀬と栗泡の冗談はともかくとしてだ」
「姉御。あたしはマジだ」
「俺もマジです」
「全く意味が分からんがその感情はさておけ」
二人のノリに和泉山さんは小さく息を吐いてから、改めて富蔵先輩へと視線を向けます。
「富蔵。君はこの場でもって、雨羽 霧香という最後の梯子を自分で外した。
今後の人生は覚悟しておくといい。三百万という金額は決して安くないぞ?」
その射抜くような視線に動じない胆力だか肝だかは大したものですが、それでも首を傾げているのは、何なんでしょうね……。
《View ; Youtarou》
鷲子君たちが、富蔵と栗泡先輩を能力を封印したという日から一週間ほど経った。
事後報告という形ではあるが、両名の処遇のようなものは説明され、一応の納得はした。
――というよりも、俺自身は途中から首を突っ込んだ形なので、当事者と言われると微妙なんだ。
なので、当事者たちが問題ないと思えるところに落とし込めたのであれば、それ以上は何か言うつもりもない。
それとなく情報を探ってみたが、ラクガキはいつの間にか消えていたという話を良く聞いたので、無事に解決したのだと思って良いだろう。
能力が封印されたのであれば、再び被害が発生することもあるまい。
終わったのならそれで良い。
読書の邪魔になるような騒ぎなど、無いに越したことはない。
今日は、妖滅の剣の新刊の発売日だったはずだ。
本誌で追っているもののやはりコミックスは欲しい。何より、今回はあの伝説の温泉回が収録されるはず。
我が最推し
なので――心おきなく新刊を楽しむ為の憂いが無いのであれば、それで良い。
……などと思いながら、昼休みに廊下を歩いていると、件の男が駆け寄ってきた。
「新堂ぉぉぉぉ~~~~!!」
左手の人差し指でメガネのブリッジを押し上げながら、俺は目を眇める。
「なるほど。敵が来たか」
「誰が敵だ!」
「お前だお前」
どう考えても俺の素敵な読書ライフを邪魔する難敵だろう。
「邪険にすんなよー!」
「元々俺を邪険に扱うのは貴様だ」
「今日は相談をしに来ただけなんだからさー」
「人の話を聞け。あとお前の相談に乗ってやる義理はない」
何より面倒くさい。
鷲子君たちの報告を思えば、ロクな会話が出来るとは思えないのだからな。
「実は小遣い減らされちゃってさー」
「まぁそうだろうな」
「あれ? 何で知ってんの?」
「貴様の
「なら話は早いじゃん!」
「あ?」
思わず低い声が出た。
こいつはこの状況で、相談ができると思っているのか?
能力について聞き及んでいるとこちらが口にいた以上、鷲子君や花道君の関係者であると分かるはずであろうが。
自分を糾弾し、自分の能力を封印した側の人間に相談に乗ってもらえるなどと、どうしてそう思える……ッ?!
「ちょっと金貸してくんね?」
「ああん?」
思わずもっと低い声が出た。
「マジで学校までの交通費と最低限の食費くらいしか貰えなくなっちゃってさー!
よくわかんねーけど、十柄とかに金払っちゃったじゃん? そのせいで、小遣い減らされたんだから、その関係者がオレに金を貸すべきじゃねぇかなって……ぐえ」
「ぐえ?」
あまりにも理解できない理屈をこねる富蔵の声が途中で呻き声に代わり、俺は首を傾げる。
すると、いつの間に現れたのか安芸津が富蔵の襟を掴み引っ張っていた。
「富蔵。お前、マジで言ってんの?」
「すまんな、安芸津君。君が来なければ俺は富蔵を殴っていたかもしれん」
「是非」
「是非ッ!?」
俺に向かって富蔵を差し出す安芸津に、富蔵本人が声を上げる。
非難するような視線を向けてくるのだが、むしろ俺がお前にその目を向けたいところなのだが。
「富蔵。お前の相談。答えはノーだ。それをしてやる理由もなければ、義理もない」
「何より理由と義理があったとしても、こいつに対する信用と信頼が無さすぎて、こいつに何か貸したいと思わないのよね」
「同感だ。恐らく返却はあり得ない。こちらが諦めるまで延々とすっとぼけ続けるだろう」
「あるいは、借りたコトすら三歩歩いて忘れるとかね」
「あり得るな。ニワトリよりマシだったとしても精々十歩が限度だろう」
「お前らヒドくね?」
俺と安芸津君は揃って嘆息を漏らす。
本当にコイツ、自覚がないのだな。
安芸津君も富蔵を掴み続けているのに疲れたのだろう。嘆息とともに手を離した。
「まぁコイツのコトなどどうでもいい。
実は安芸津君には話があったんだ」
「梅塔も呼ぶ?」
「ああ、理由に検討がついているならば話が早い。
梅塔君には個別に話をするので、今は君とさせてくれ。
食事がまだなら購買に行くか? 巻き込んでしまった詫びに奢るぞ」
「やった」
安芸津が変事をする前に、富蔵が手を挙げて喜んでいる。
俺は無言でその手を取ると――
「お?」
「貴様に奢るなど一言も言っていない」
足を払って尻餅を付かせた。
そして掴んでいた手を乱暴に払い、下目遣いに告げる。
「君の両親は随分と甘く優しいが、それはそれで出来た人間のようだな。
何より君はとても両親に愛されているのだろうな。
小遣いこそなくなりはすれ、学校に通わせて貰えているのが、その証拠だ」
「は?」
尻餅をついたままこちらを見上げる富蔵は目をぱちくりとさせている。
俺の言葉を理解できるかどうかは関係ない。ただ俺が一方的に言いたいだけだ。
「退学にならずに済んでよかったな――と言っている。
君の両親の人格によっては、君は家から追い出されていても文句は言えん立場になっている自覚はあるか?」
無知は罪という言葉はあるが、俺はそうは思わない。
だが――
「無知、無自覚、馬鹿――何でもいいのだが……それであるコトに罪はない。
だが、自覚した時に、自覚するキッカケがあった時に、学習を行わないのであれば、それこそが罪だ。
無知、無自覚、馬鹿――繰り返すしになるが、何でも良い。
そのどれであろうとも、それらを免罪符にしたまま、省みるキッカケを見過ごし、何一つ省みるコトなく、考えなし行動を起こすなど愚の骨頂。
俺からすれば、貴様の行いの全てが大罪だ。
貴様と会話するどころか、関わるコトすら、時間の無駄でしかない」
改めてメガネのブリッジに触れながら、ハッキリとだが淡々と口にする。
「本当に君のヌルい環境が羨ましいよ。
俺や鷲子君が君と同じような行いと態度をし続けようものなら、実家――いや一族郎党から勘当されるコトだろうな。むしろ、勘当で済めばまだマシな部類だ。本当に羨ましい」
ふぅ――と息を吐くと、呆然とこちらを見上げている馬鹿を無視して、横で待たせてしまっていた安芸津君に声を掛けた。
「すまない。待たせた。
では購買に行くとしよう。無論、奢ると言った言葉に二言はない」
「ありがたく奢られるけど……その、容赦ないね」
「そうか? だいぶ手加減したんだがな……今以上のコトを口にするのが面倒くさかっただけとも言うが」
実際、人の目も少なくないこの廊下で、ラクガキ魔と呼んでやっても良かったんだが――
まぁ鷲子君や、雨羽君がそれを望んで無さそうだったからな。それを尊重してやっただけだ。
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【TIPS】
理由はわからずとも、富蔵露定が基本怒るコトのない新堂陽太郎を怒らせるような何かをしたようだ――というのは、このやりとりを見ていた人たちによってすぐに噂として広まってしまった。
このケンカと前後してラクガキ事件が終息していったことから、実は富蔵露定が犯人だったんでは? という根拠のない話もまことしやかに囁かれていくこととなる。
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露っちに関しては、途中から扱いに困ってちょっと迷走してたのは反省……。
次で紳士編は終わる予定です……。想定より長引きすぎたけど、原因はほぼ露っち……。
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