61.三百万円って安くはないんですよ
《View ; Syuko》
「あそこまで反省してないといっそ清々しくもあるの」
もぐもぐと、いつものチーズカレーまんを頬張りながら肩を竦めるモノさんに、私もうなずきます。
「だからメイズに放り込んだの?」
「発案は草薙先生なんですけどね」
「先生の場合、自分が取材したいも込みなんだろうけど」
苦笑する雨羽先輩に、私も苦笑を返しました。
「私が先導しても良かったんですけど、どう考えてもナメられるだろうな、と。
なので、草薙先生にお願いしたんですよ。引率が見知らぬ大人なら、ナメた態度は取りづらいのでは――と、思いまして」
「それ自体は間違ってはいないかと思いますが……」
和泉山さんも苦笑してしまうくらいには、彼は反省がありません。
まぁ、でも――
「本人が反省しようがしまいが関係ないんですよね」
思わず漏らした言葉に、全員が私を見ます。
「三百万円って安くないんですよ」
私が告げて、皆さんあまりピンと来ないようですね。
「先輩個人に両親への連絡を頼むとなぁなぁになりそうだったので、事前に
話し合いの当日は、私、和泉山さん、マークピジョン事務所の社長さん、マネージャーさんの四人で。
先輩を交え、ご両親と話し合いを行いました。そして三百万円で示談成立です。
なお、分割はナシで期日までに現金一括で支払うコトが約束されたのです」
ここまで口にすれば、同行していた和泉山さんはピンと来たようです。
モノさんも何となくは理解できた様子。
でも、先輩がピンと来てないようなので、説明を続けましょう。
「朱ノ鳥学園の学費は、一年次で百万円弱。二年次、三年次は約七十万円ほどだったはずです。
先輩のお父様は現在の相場を考えると少し稼ぎが良い目のサラリーマンで、お母様は週四でパートをされているそうです。
さて、
何事もなければ、毎年の学費と雑費を払いつつも、最低限の生活は問題のない収入だったことでしょう。
でもここへ来て急な出費。しかも車や家などを買うような事前の準備なんてなく、突然の出来事。
「ちなみに、詳細は伏せつつも、本来は三千万円だったところを、様々な要因が絡んだので、三百万円で構わないという旨もご両親に伝えてあります。
開拓能力のコトは伏せ、特殊な手法によるラクガキによって生じた問題と説明してあるんですよね。
当然、ご両親はその手法を問いつめるはず。
もしかしたら先輩はいざとなったら、ご両親の前で能力を実践してみれば良いと考えてるかもしれませんが……」
私はそこで一度言葉を切り、みんなの顔をぐるりと見回してから続けます。
「私と草薙先生が、なんで卵にすらなってない富蔵先輩のメイズを、モノさんに頼んで無理矢理に攻略できるようにしたと思います?」
草薙先生の能力を使えば、一時的に能力を封印することも可能だと本人は言っていました。
つまり、メイズが完全攻略されるのか、草薙先生が封印するのかはともかくとして――富蔵先輩は今日、能力を失うことが確定しています。
そんな状態でご両親からの追求を逃れられるものでしょうか?
能力を使えなければ説明ができない手法。超能力なんてもの、信じる人の方がすくないことでしょう。
あるいは――普段のご両親であれば、それでも通用した可能性があります。
でも、金銭的な面で大きな問題を起こした子供の言い訳を、果たして良い方に解釈するでしょうか?
「本人のイタズラで始まったコトではありますが、すでに個人のイタズラで済ませられないほどに状況は大きくなっています。
もはや、本人が反省しようがしまいが、関係ないのですよ」
「鷲子ちゃん、結構ドライだね」
「そうですか?」
「まぁ子供のやり口ではないの」
子供っぽくないと言われれば、まぁそうでしょうけど……。
「これから富蔵くんは大変になるのかなー……。
アケ学を退学せざるえないとかは無いよね?」
「どうでしょう? ご両親が学費を支払う余裕がなくなれば、進級せずに退学はありえますよ」
「彼のやったコトを思えば、退学でも安いくらいだからな。
どう転ぼうと自業自得でしかないから、あまりキミが気を病むな」
和泉山さんの言う通りです。
その辺りを重く感じてしまうのは、雨羽先輩の感覚が学生だからでしょう。
学校の範囲、内輪の範囲で考えると、富蔵先輩の退学は可哀想に見えてきてしまうかもしれませんが、彼のやったことはその範囲ではな済まなくなってしまっていますからね。
「
身体の美しさを売り物にしている女の子にラクガキなんてしてしまったのじゃヨ? それって、お店の商品にラクガキするのと変わらぬのではないかネ?」
「うーん……」
「そこらの庶民が使うお店の品物と考えちゃうとピンと来ないかもしれぬがネ。
高級家具店で三百万円する桐ダンスじゃとか、一枚三百万円する絵画にラクガキしたと考えたらどうじゃろうな?」
「それなら、リコちゃん以外が被害者だったら大事にならなかったコトになりますよね?」
「ああ、そうじゃネ。そうなるかな?
……理不尽だと思うかネ?」
「少し……」
「意図しようと意図しまいと、モノだけでなく人にすら、価値というモノは非平等に存在しているというだけじゃて。
そしてキミが理不尽に感じようとも、ラクガキの対象の中にそのリコちゃんなる人物がおり、そして運悪く彼女の着替えがネットに流出してしまったワケじゃろう?
それでも、ネットが
現実は――途中で止まらず、ここまで来てしまったのじゃヨ。
本人が知らぬ存ぜぬと在ろうとも、その流れに乗ったまま流れついた果てがココであるならば、やはり責任は取らなくてはならぬな」
その責任とは、社会通念上での責任というよりも、因果や運命などの概念的な責任ですね。
もちろん、法的なところにおいても責任は生じますが、未成年ということでそれを取るのは保護者になりますので……。
「自業自得。因果応報。情けは人の為ならず。そういう感覚的な、責任というのはネ、善かれ悪しかれ、巡り巡って本人に戻ってくるモノなのだヨ。
法律やルールなんてモノはネ。そういう目に見えづらい因果を分かりやすくしているだけに過ぎないのサ。
だから法による責任を取った上で、因果による責任というのも、やがて回ってくる。それだけのコトだヨ。
自分のしでかしたコトを自覚しているかどうかなんて、関係ない。ただ巡ってきた因果に立ち向かうしかない。その因果を生み出したのはかつての自分なのだから、誰にも文句なんて言えないけどネ」
「それなら、リコちゃんがラクガキされなかったら、富蔵くんは怒られなかったってコト?」
「さてな。
鷲子君が動く以上は、何らかの応報はあったじゃろう。
だが、そんなたらればは意味がないヨ。何せ現実はここにあって、状況はここに生まれてしまっておる故な」
難しい顔をする雨羽先輩。
でも、私個人としてはモノさんの言葉に同意しかないので、なんと声を掛けて良いかわかりません。
そこへ、二人のやりとりを見ていた和泉山さんが声を掛けます。
「キリカ。難しく考える必要はない。
先ほども言ったが、富蔵の性格とやらかしが巡りに巡った結果なだけだ。気を病むな。
ネットで炎上したか、現実で炎上したかの差でしかない」
「でも……」
「キミの優しさと慈悲深さは美徳ではある。
だが、不必要にそれを他者へ向ければキミ自身を病ませるし、富蔵のような相手をつけあがらせるだけだ。
お嬢様ほどドライに割り切れとは言うまい。だが、情を向ける相手や、情の向け方など、少し考えた方がいい。
何せ我々の手は二本しかないんだ。どれだけ伸ばしても届かない場所は多い。誰かと繋いで伸ばしても、どこまででも届くワケではないのだからな」
このやりとりを聞いていて思ったのですが、倉宮先輩が雨羽先輩を見て顔を顰めるのは、倉宮先輩は雨羽先輩のこういう面が苦手なのかもしれませんね。
先日、富蔵先輩に対して怒っていた時は珍しく暴力推奨的な発言をしていましたけど、あれは一時の怒りというだけ。
冷静になってしまえば、やはり優しい先輩なのでしょう。
まぁ私の場合は、一度大人を経験しているからという面は確実にあると思いますが。
とはいえ――富蔵先輩へのドライさは、元々私が感じていた怒りの面もあるにしろ、それ以上に前世の三十代サラリーマン男性の感覚が前面にでている気がします。
知らない知らない分かんないとスットボケてれば何でも良い方向に動くと思ってんじゃねーぞ、ガキ!
みたいな、怒りの感覚があるのですよね。
前世の記憶を思い起こして見てもイマイチ要因を思い出せないのですけれど……。
前世の私に何かあったんでしょうか?
具体的には、中高生あたりの男の子から何かされたりとか?
うーん、思い出せないと言うより磨耗してしまっている感じでしょうか。
ノートに水滴が落ち滲んでしまった文字を必死で読もうとしているような感覚。
時間がたつにつれ、前世の記憶に関する脳内ノートへ水滴が落ちているのかもしれませんね……。
思い出す必要がないのか、無自覚のうちに忘れてしまっていっているのか……。
まぁでも、フロアクのメインシナリオ期間さえ乗り越えられれば、正直なところ前世の記憶があろうがなかろうが、そこまで困らないのですけど。
「なんであれ、両親が三百万の罰金を払うというコト。
その影響は少なからず富蔵先輩に影響をもたらすでしょうね。
あっけらのほほんと過ごせるのは今ぐらいで、徐々に実感してくんじゃないでしょうか」
うーん……。
やっぱり難しい顔のままですね、先輩。
とはいえ――雨羽先輩には申し訳ないんですけど、一応言っておきましょう。
「雨羽先輩。富蔵先輩は、絃色先輩の人生を台無しにしかけました。
ほんの些細なイタズラ心であったとしても、それによって一人の女の子の人生が破滅ルートに乗ったかもしれないんです。
富蔵先輩がなにを考えてそれをやらかしたかは関係ありません。他人の人生を壊しかけた以上、社会的にも因果的も、どうしたって報いは発生してしまうんです。
それを軽減して欲しいと望んでしまうのコトは、慈悲や優しさではなく……厳しい言い方をしてしまえば、先輩のエゴでしかありません」
うっ……すごい泣きそうな顔に……。
いやでも、和泉山さんもモノさんも、すごい優しく先輩を諭すものですから、私が少し露悪的なこと言わないとバランスとれないじゃないですか。
和泉山さんもモノさんも、こっちに「あーあ、言っちゃった」みたいな視線向けないでくださいよ!
むしろ、二人のどっちかはむしろこの役割をするべきだったんじゃないですか?
まぁともあれ。
雨羽先輩は別に、そういう話が分からない人ではないですからね……。
今はともかく、もう少し経って冷静になれば、少しは私の言葉を理解してくれることでしょう。
そのまま何とも言えない沈黙が流れ、しばらくの時間が経つと――
「ただいまー」
境内の裏にある鳥居から、草薙先生のどこか気の抜けた声が聞こえてくるのでした。
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【TIPS】
鷲子は自分の発言で、先輩が涙目になってしまったコトにかなり罪悪感を覚えたらしい。
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