63.雨はあがって、縁は紡がれ


《View ; Ririko》


 雨羽さんと倉宮さん、そして十柄さんの三人に相談してからしばらくの間はラクガキが消えなくて、不安な日々を過ごしたけれど……。


 詳しいことは良く分からないものの、ある日、雨羽さんから近々ラクガキは消えると思うという内容のメッセージを貰ったの。


 それから数日後、本当に淫紋のラクガキは跡も残らず消えてなくなった。


 そのことをマネージャーさんに伝えると、やっぱり詳しいことは教えて貰えなかったものの、ラクガキした犯人とその家族とは示談? っていうお話し合いをしたらしい。


 そしてあれもラクガキされたのではなく、トラブル動画を利用したコラージュ映像だったことにするようにとも言われたよ。

 よく分からないけど、そうした方がいいみたいなので、あたしは素直にうなずいた。


 どうやら、世間的にもそういうことになっているようで……。


 なんだか知らないところで色々とあったみたい。

 当事者だった気がするけど、結果は蚊帳の外っていうのは何ともいえない。でもまぁめでたしめでたしって感じでいいかな?


 何はともあれ、無事にモデルのお仕事再開です!

 モーニングG Rルーティーン W Mの撮影と配信はしばらく控えろって言われちゃったけどね。


「おはようございまーす! よろしくおねがいしまーす!」


 現場に入って元気に挨拶。

 災難だったねー……なんて、スタッフさんから声を掛けて貰ったりして。

 心配して貰えてたのは結構嬉しいかも。


 今日は夏物の撮影なので、肌の露出多めなんだけど、淫紋は綺麗サッパリなくなってくれたので、安心して肌を出せる。


 着替えとメイクの為に更衣室の方へと行くと、そこに一人の女性がいた。


 ゆるふわ系の雰囲気を持つその女子大生をあたしは良く知っていた。

 直接会ったことはないけれど、彼女がGreatubeグレイチューブにアップしている動画は良く見るから。


 実物は、動画で見るよりも髪も声も物腰も、柔らかくてふわふわして見える! すごい!

 こう……ぱっと見は可愛いよりも美人系に近いんだけど、なんかすごい可愛く見える人って感じ?


 あたしが声を掛けようかなって思っていると、目があった。


「おはようございます」

「あ、はい! おはようございます」


 向こうから先に声をかけてくる。

 動画で聞くときと同じ、甘くてふわふわするような声。マジかわいい。


 この間、囁き系のASMRも公開してたけど、この声で囁かれてると、頭の中どころか身も心もとろけそうになってくるんだよね。


 スイートふわとろボイスとは誰が言ったか分からないけど、上手いこと言ってるなーって思うの。マジその通りだもん。


 時々、このノリと声で、天然的にとんでもない毒を吐くこともあるんだけど、そこも含めて面白いと人気の人。


 ……自分がその毒を向けられちゃった時、落ち込んだりしないように気をつけないといけないこも。なーんてね。


「スクハルさん、ですよね? 初めまして!」

「嬉しい! 私のコト知ってるのね?」

「はい! 全部じゃないですけど、動画は見せてもらってます!」

「ふふふ、ありがとう。改めて初めまして。ご存じの通り、Gチューバーのスクハルです。今日はよろしくね」

「あたしは、リコです! こちらこそよろしくお願いします」

「リコさんも、何だか変な騒動になってたけど、大丈夫でした?」

「あ、はい。

 騒ぎも落ち着いたみたいですし、今日からお仕事再開です!」

「リコさんの復帰最初のお仕事を一緒に出来るなんて光栄だわ」

「あたしも、スクハルさんのファンなんです! 一緒にお仕事できて嬉しいです!」


 とりあえず着替えとメイクがあるのでお話はここまで。

 スクハルさんと一緒のお仕事は嬉しいけど、浮かれっぱなしは良くないよね。


 久々のお仕事だし、スクハルさんとも一緒だし……気合いを入れてがんばろうっと!




「ラスト、OK! リコちゃん、スクハルちゃん、お疲れさまー!」

「おつかれさまー!」

「おつかれさまです!」


 撮影は順調に完了。

 久々のお仕事たのしかったー!


 ぐーっと伸びをしながら歩き出すと、スクハルさんがスススっと駆け寄ってくる。


「リコさん、お疲れさま」

「スクハルさん! お疲れさまです!」

「撮影中に気になっちゃっててたんだけど、ネイル……見せて貰ってもいいかしら?」

「どうぞどうぞ! 友達にやってもらってんです」


 ラクガキ事件で仲良くなった倉宮さんにお願いしてやってもらったんだよね、このネイル。


「え? お友達?

 でも、今日の撮影に合わせたデザインになってるわよね?」

「そうなんですよ。

 今日の撮影の話したら、撮影の邪魔になるようならしないって言われちゃって。

 でも、どうしてもやってもらいたかったから、事前にスタッフの皆さんに確認して、OK貰った上でやってもらいました」

「そうなのね。

 綺麗で素敵ね。夏の空がモチーフ?」

「親指が空なんですけど、小指に向けて海に変わっていくんですよ」


 ほらほら――と、スクハルさんに見せると少しだけ驚いた顔をしてから彼女は笑う。


「リコさんは、そのネイルが嬉しいのかしら?

 それともお友達にネイルをして貰えて嬉しいのかしら?」

「え?」


 スクハルさんに問われて、あたしはどっちだろう? と首を傾げる。

 少し考えて、あたしは答えた。


「んー……、たぶん。どっちもです」

「そう。そのお友達のコト好きなのね」

「えーっと……」


 言われて、あたしはまたキョトンとしてしまった。


 倉宮さんって、基本的にどんより系の人って感じだけど、あたしが凹んでる時はちょくちょく声を掛けてくれたし。

 ちょっかいをかけてくる男子を追い払ってくれたりもしたし。

 事件が終わったあとも、話かければお喋りしてくれるし。

 ネイルだけじゃなくて占いとかもやってくれるし。


 ちょっとキツいことを言う人だから、誤解されやすいだけで、すごい良い人だよね。


 あたしのことをモデルのリコではなく、クラスメイトのリリコとして扱ってくれてる感じとか。

 だけど、ちゃんとモデルの仕事にも理解があるのか、ネイルの時のように気にかけてあれこれ訊ねてきてくれるし……。


 あ、これ……あたしってば間違いなく倉宮さんのこと好きじゃん!


「はい! 大好きですよ!」

「ふふ、臆面もなく他人を好きって言えるの羨ましいわ」

「そうですか?

 事件の相談に乗ってくれた雨羽さんも好きだし、あのコラ事件のせいで近寄ってきた変な男の人たちをカッコよく追い払ってくれた十柄さんや花道さんもカッコよくて好きですよ?」

「そういう意味じゃないんだけど……」

「?」


 なにやらスクハルさんは苦笑する。

 あれ? あたし何か変なこと言った?


「リコさんって、ちょっと元気すぎるかな。

 それに邪気がなさ過ぎて、なんだか毒っ気が抜けちゃう感じがするわ」

「え? ごめんなさい」

「へ? 何で謝られたのかしら?」

「いやえっと、ほら! スクハルさんって時々漏れる毒が人気に秘密って言われてるじゃないですか! だから、あたしとお話しててそれが抜けちゃうのは申し訳ないなって……」

「く、くく……」


 あたしが慌てて答えると、スクハルさんは口元を押さえて身体を震わせはじめた。


「あはははは!」

「え? え?」


 そのまま大笑いを始めるスクハルさん。

 何で笑っているのか分からなくて周囲を見回すと、あたしたちのやりとりを見てたらしいスタッフさんたちも何やら笑っている。


「ほんっと毒っ気抜かれちゃう子ね。

 リコちゃんって呼んでいいかしら?」

「はい!」

「じゃあ改めてよろしくね、リコちゃん。

 貴女は是非、そのままでいてね」

「それ事務所の人やモデル友達のみんなからもよく言われます」

「でしょうねぇ」


 クスクスと楽しそうに笑い、スクハルさんは目元を拭う。

 涙がでるほど面白いこと言っちゃったの……? あたし。


「リコちゃん、Linkerリンカーのフレにならない」

「いいんですか!?」

「もちろん。モデルとしてはリコちゃんの方が先輩なんだし、困ったら相談に乗ってね?」

「はい!」


 なんてやりとりをしたけれど、お互いに手元にスマホがないことに気づいて、思わず笑いあう。


「とりあえず、ID交換は着替えてからにしましょう」

「ですね!」


 そうして二人でお喋りしながら、更衣室へと向かう。

 いやー……有名なGチューバーのスクハルさんとお喋りできて、しかもLinkerのフレンドになれるなんて!


 あたしが浮かれていると、更衣室に着く前に長身のすっごいイケメンが軽やかにこちらへと駆け寄ってくる。


春日かすがちゃぁぁぁ~~~ん!」

「仕事中は本名で呼ばないでって言ってるでしょ」


 そのイケメンに対して、見たことがないほど冷たい様子で返すスクハルさん。

 ……この人のこと嫌いなのかな?


 それはそれとして――


「ええっと、どちら様ですか?」

「ふっ! ボクこそはスクハルの敏腕マネージャー!」

「――を自称するストーカーよ」

彦祢ヒコネ 佐之介サノスケさ」


 すっごい爽やかに名乗る彦祢さんだけど、間に挟まったスクハルさんの合いの手に、あたしはなんと反応して良いのか分からない。


「ま、能力は多少認めて上げてますけど」


 ツンっと澄ました顔で口にするスクハルさんは、何ともお嬢様っぽい感じで面白い。


「えっと、あたしは今日、スクハルさんと一緒にお仕事したリコです」

「知ってるよ。本業の仕事柄、そういうのには詳しくないといけないからね。

 よろしく、リコさん。

 今日は春日ちゃんと良いお仕事をしてくれたようで。ありがとうございます」

「あ、えっと、いえ……」


 なんか面白そうな人だけど、やっぱりマネージャーと名乗るだけあってしっかりした人なんだろうな。


 ……って。あ。


「あの彦祢さん。顔、どうされたんですか?」

「あら? 本当ね。佐之介、ほっぺたに傷があるわ」

「……ああ。ちょっと邪魔なモノをどかしたんだけど、その時にやっちゃったのかな?」

「見せなさい」


 言うや否や、彦祢さんが答えるよりも早くスクハルさんは彼の顔をグイっと自分に引き寄せた。

 ……ただ傷を見てるだけなんだけど、なんだかドキドキしちゃうような近さになってる……。


 ――躾の鞭と甘い蜜サド・マゾ


 ん? スクハルさん、何か囁いた?

 ナイショ話? 大人の内緒話的な?


「大したコトなさそうね」

「春日ちゃん! 君の触れたこの傷! ボクは一生洗わない!」

「はいはい。言ってなさい」

「え? 消毒しないと悪化しちゃうかもですよ! そういう傷も馬鹿にしちゃいけないって教えてもらいました!」


 そう言って彦祢さんのほっぺたを見ると――あれ? 傷、なくなってない? 気のせい?


「春日ちゃん、リコさんって面白い?」

「ええ。とっても面白い子だと思うわ」


 なんだかどこへ行っても面白い子扱いされちゃうよな……。


 何はともあれ、このあと彦祢さんとも仲良くなって、LinkerのIDを交換することとなりました。


 スクハルさんとそのマネージャー(?)さんと仲良くなっちゃった……。

 言っても大丈夫そうな人に、自慢しちゃおうっと!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る