58.その紳士たちの姿を暴け その4


【View ; Syuko】


「十柄さ~ん」


 二人の透明化が解除され、姿を現せしたあとも足はどけないまま、花道さんが私の名前を呼びました。


「はいはい。今いきますよ」


 私はそれにのんびりと返事を返しながら、境内の影から顔をだします。


「足どかす前に、拘束したいんだけど」

「そうですねぇ……」


 逡巡しましたが、考えてみたら安芸津先輩と梅塔先輩には、透明化に壁を作る開拓能力見られてしまってますし、取り繕う必要もないかもしれませんね。


 私は彼らの服にふれながら、能力を発動させました。


「静かに栄える植物園プラント・プラネット

「十柄ッ、鷲子……ッ! お前も、やっぱり……!」


 透明化能力を持つメガネの先輩が歯を食いしばるような顔でうめきます。

 私はそれにうなずきながら、服を変化させた蔦で二人をそれぞれにグルグル巻きにしました。


「お二人の服の一部を植物の蔦へ変化させました。これで拘束させていただきます」

「それでも逃げだそうとするなら割るから。皿」

「皿?」


 富蔵先輩が首を傾げると、花道さんはとても軽い調子で聞き返します。


「それとも玉の方がよかったりする? 要望があるなら踏み砕くけど?」

「…………」


 押し黙った二人を見て、花道さんは一つうなずくと、足をどかしました。


「それはそれとして~、メガネパイセン。名前教えてくんない?」


 さっきまで足蹴にしていたとは思えないくらい気安い調子の花道さんに、メガネの先輩はちょっとたじろぎます。


 気持ちは、ちょっとわかりますね。

 彼女の光のコミュ強的オーラ……闇のコミュ障サイドに属すモノとしては眩しすぎる時ありますし。


 とはいえ、ここで答えないと選択肢は選べなかったのでしょう。

 メガネの先輩は観念したように嘆息混じりに答えてくれました。


「3-C。栗泡クリアワ 郁志イクシ


 花道さんは、名乗った栗泡先輩の顔をのぞき込みながら、ニマーっと笑って訊ねます。


「栗泡パイセンさぁ~……覗いてたっしょ?」

「あ、ああ。お前らの屋上の組み手を覗いてたのは俺だよ」

「ちゃうちゃう。そっちじゃなくて。着替え。透明人間に変身して」


 瞬間、境内を包む空気が一段重くなった気がしたのは気のせいではないでしょう。


 私や花道さん、安芸津先輩。

 まだ姿を隠したままですが、雨羽先輩や倉宮先輩もいますからね。


 みんなが一斉に殺意を抱けば、それなりに空気も重くなることでしょう。


「なにそれ、うらやま……」

「梅塔」

「……しいだなんて思いません、ハイ……」


 何か言おうとした梅塔先輩は安芸津先輩に口を噤みました。正しい判断です。


 そんな梅塔先輩に、いつの間にやら姿を見せていたモノさんが、声を掛けました。


「少年少年、カレーまん食べるかネ?」

「え? 誰? いつの間に? っていうかココの神主さんで?」

「そう。神主さんじゃ。モノさんとでも読んでくれ」

「カレーまん頂きます」

「うむ。食え食え。黙って食っているが吉じゃて。この手の話題に無関係な男が口出すと酷い目に遭うのは、少なくとも平安時代にはすでに観測されてるという、今もなお連綿と続くこの世の理じゃからネ」

「人間、本質は千年程度じゃそう変わらないんですね。もぐもぐ」

「人間を人間たらしめる根元のようなものは、国も時間も人種も性別もきっと関係ないんじゃろうネ。もぐもぐ」


 なんか平和にカレーまん食べながら見学モードになりましたね。まぁいいのですけど。


 そんな平和組とは裏腹に、指をポキポキ鳴らしながらこちらへと参戦するのは、当然安芸津先輩です。


「栗泡先輩も蹴り飛ばしたのはやまやまだけど――」


 安芸津先輩は下目使いで栗泡先輩を思い切り睨みつけてから、その鋭い視線を隣にいる富蔵先輩に移しました。


「クソみてぇなラクガキしやがって」

「えー。ただのラクガキじゃん。みんなキレすぎじゃね?」


 ……………………。


「ただのラクガキだぁ? 分かって言ってんのか、お前?」

「いやマジで安芸津キレすぎじゃね?」

「淫紋だとか正の字だとか、エロゲーみたいなラクガキがただのラクガキだと思ってんの?」

「あれ? 安芸津も結構話せる口?」

「…………死ねッ!」


 瞬間、アスリートとして鍛えられた安芸津先輩がその足を鋭く振り抜きました。


「ぶべっ!?」


 思い切り顔を蹴り飛ばされる富蔵先輩。

 でも、仲間のはずの栗泡先輩すら呆れた顔をするだけで、文句は言ってきません。


「安芸津パイセン、良い蹴りもってんね~!

 良かったら、格闘技キックのやり方今度教えようか?」

「機会があったら是非教えてくれ」

「らじゃー」


 軽いやりとりのようですが、安芸津先輩は完全に頭に来てますね。

 かく言う私もちょっと思うところはありますが。


「言ってぇ……なにすんだよッ!」

「どう考えてもお前が悪いだろ、露っち」

「どこがッ!?」


 この自覚の無さ……ちょっと、タチ悪くありません?

 私が頭を抱えていると、平和組のやりとりが聞こえてきます。


「あいつ、自分の行いのアレさ分かってんのかねぇ……」

「悪事も善行も、結局はいつか泡と消える。

 だから人は行いという泡が消える前に、残そうとするワケじゃネ。

 芸術とかエンタメとかまさにそれのじゃな」

「んー……アイツって諸行無常? それとも栄枯盛衰?」

「どっちでも良いんじゃネ? 何なら生者必滅しょうじゃひっすい会者定離えしゃじょうりでも良いのかもしらんネ」

「この場でそれを使うと、別離の意味が仏になるって意味になりそうですけど」

「自業自得じゃよネ? もぐもぐ」

「まぁ自業自得か。もぐもぐ」


 そういえば梅塔先輩ってお寺の人でしたっけ?

 神社と仏寺でジャンルはちょっと異なりますけど、なんかモノさんとウマがあっている気がします。


 でも、自業自得という点に関しては何一つ異論はありません。


「安芸津先輩、花道さん。ここからはちょっと私がお話させてください」

「いいよ、いいよ~。

 十柄さんキレるとマジコワだからねぇ、富蔵バカ先輩は返答の一つ一つに覚悟と責任持って答えなよ~」

「服どころか身体を蔦に変えて細々とちぎったりとか?」

「まぁ出来なくはないですけど、やりませんよ」


「「え~」」


 何で花道さんと安芸津先輩は、似たような顔で同じような不満の声をあげるんですかね?


「面倒なので単刀直入に聞きます。

 ラクガキを全て消して三百万の支払いをするのと、ラクガキを消さず全ての提案を突っぱねて三千万を支払うの、どっちがいいですか?」

「は?」

「え?」


 私の問いに、富蔵先輩は意味が分からないと目を瞬き、泡栗先輩はどちらかというと内容よりもその金額に驚いているようです。


「とあるモデルさんへのラクガキは営業妨害にあたります。

 水着などの薄着や露出の高い衣装を着る予定だった仕事は全てキャンセルになりました。

 それによって事務所並びにモデルが得るはずだった儲けが出なかったどころか、先方への謝罪や違約金などが発生しました。

 またそのラクガキがGつべ――動画投稿サイトGreatubeグレイチューブに投稿された動画に映りこんだ結果、名誉毀損が発生しております。

 そもそも他者へ断りもなくラクガキを施すコトは傷害罪が適応される行為となります」


 淡々と私が告げていくと、泡栗先輩は顔を青くしていきますが富蔵先輩はよく分かってなさそうです。

 まぁ分からなくてもしったこっちゃないので、続けていきます。


「ですが今回の一件は、超常識の異能が関わっている為、通常の立件は不可能となります」

「そうそう。超能力使ってるんだし、証拠ないし」

「他者の記憶を読みとる能力者が存在していますので、証拠の有無は関係ありません。読みとるので」


 草薙先生のでんでん虫のマイマイ・想い出研究室メモリーズを使えば、相手の記憶を読みとっちゃう以上、隠し事はできません。


「またしかるべき機関が事件をもみ消しますが、だからといって無罪放免にはなりません。

 現在の法律に適応できるモノは全て適応し、営業妨害等による損害賠償などの支払いは基本的にやっていただきます」


 ちなみに、しかるべき機関と言っていますが、基本的に当家のことです。変にうちの家が――というよりも、それっぽさが増すので、こう言っておきます。


「素直に謝罪し、ラクガキを消すのであれば支払い額は一割で構いません。残りはしかるべき機関が立て替えてくれるそうです。

 ですが、反省もなくラクガキも消す気がないのであれば、全額の支払いをお願いします」

「えー……それなら、一割とかケチらず全額立て替えてくれていいじゃんかー。どうせオレがなにもしなくても三十日経てば消えるしさー」


 瞬間――音が消えました。


 聞こえるのは風の音。

 風に揺れる枝葉が擦れあう音。

 遠くで走る車の音。

 もっと遠くからかすかに聞こえる電車の音。


 やがて、最初に音を取り戻したのは平和組。


「もぐもぐ。バカだバカだと思ってたけど。もぐもぐ。富蔵お前本気?」

「もぐもぐ。歴史を紐解けば、あのノリで政治家やってた人とか少なからずいるんだヨ。もぐもぐ」

「バカが居ても政治は回るんですねぇ。もぐもぐ」

「バカ以外が良くも悪くもがんばるからネ。もぐもぐ」


 そして再び落ちる沈黙。

 ややして物陰から飛び出すチャンスと判断したらしい雨羽先輩と倉宮先輩が顔を出しました。


「十柄。やれ。わたしが許可する。バカは死ぬような目にあわないと。分からない。コイツはまさしくそれだ」

「ある程度だったら、三割くらいの確率で私が癒せるから」


 珍しく二人も怒ってますね。

 雨羽先輩が暴力推奨っぽいこと口にするのは本当に珍しい。


 まぁ、私もちょっと苛立っていますけど。


 しゅるしゅるしゅるしゅると音を立てて、私の髪の毛は蔦へと姿を変え、徐々に二つの束となっていきます。


「いやー……あたしも結構自分がバカだとは思ってるけどさー……これはないわー……正直ナイワー……」

「元々擁護なんてする気はないけどさ、さすがにねぇわ。

 こればっかりはもう擁護とかじゃねぇ……というか、擁護しようがねぇ」


 花道さんも安芸津先輩も完全に呆れ果てています。

 でも、気持ちは大変よく分かります。


 蔦となった私の髪の毛が、拳の形に束ねられ、両手と合わせて私の手が四本となりました。


「露っち」

「なに? イっくん?」

「バッドエンドルート確定おめでとう。そのエンディングに、絶対俺を巻き込まないでくれ」

「は? 何言ってんの?」


 この期に及んでまだ状況をよく分かっていない富蔵先輩に向かって、栗泡先輩が叫びます。


「俺はッ、今ッ、この瞬間ッ、お前をッ、この場でッ、十柄に売るとッ、心に決めたッ!!」


 そう言うやいなや、栗泡先輩は服や顔が汚れるのも気にせずに、転がりながらこの場を離れます。


「反省がないようですので。反省しやすいように、身体に教えさせて頂きます?」


 私はそう告げると、胸ぐらを掴み無理矢理立たせ――


「身体に教える? もしかしてエロ拷問的な? 蔦による触手プレイ?

 まぁ十柄みたいな美人にされるならそれもそれで……」


 だらしなくヘラヘラそう口にする富蔵先輩。

 強がりや減らず口というより――単に状況が分かってないだけなのでしょう。


 一方的な暴力というのは好みませんが、そもそもラクガキという手段の暴力を無差別に行ってきた報いといえばその通りです。


 なので――


「富蔵 露定」


 私は思いきり彼を宙へと投げ飛ばし、本物の両腕と蔦の両腕を構えました。


「たっぷり身体で味わってください」


 そして、目の前に落ちてくる彼に向かって、私は四腕によるラッシュ――多少の手加減はしますが――を放つのでした。




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【TIPS】

 ボコボコにされた富蔵 露定は、霧香の手早くも懸インスタント命な祈り手プレイヤーズで当たりの三割を引き当て、無事に治癒された模様。

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