59.その紳士たちに反省を


《View ; Ikushi》


 俺は栗泡クリアワ 郁志イクシ


 今、俺は――俺たちは、濡那原神社の裏手にある謎の森の中にいる。


 いや分かるよ。何言ってるんだって。

 でもそれ以外に言いようがないんだよ。

 濡那原神社の境内の裏に、敷地の外からじゃ見えない鳥居があって、それを潜ると、鳥居が乱立した不思議な森に飛ばされたんだから。


「くそ、十柄にボコられた後、家で母ちゃんと父ちゃんからも殴られた上で、こんなよく分からない森に放り込まれるとか」


 俺の横でぶつぶつとぶーたれているのは、富蔵フグラ 露定ロテイ。一個下の後輩で、先日までソウルフレンドとも言うべき仲だった。

 いまはまぁふつうの友達くらいまでランクダウンしている。


「まだ愚痴愚痴言う元気あるのか。そりゃまた大物だな、お前」


 そして、俺たちを引率しているのは、十柄たちから草薙先生と呼ばれていた女性だ。

 よれたトレーナーに、やぼったいメガネをかけ、くわえタバコをしたこの女性は、学校の先生って感じじゃあない。


 じゃあ何で先生って呼ばれているのかと考えてみるものの、今の俺に答えが出せそうになかった。


 それはそれとして、露定ことツユっちの言動には呆れかえる。


「やっぱ分かる? おれって大物になる器っていうか?」

「皮肉を理解しないで大言で返せるなんて、ほんと大物だと思うぜ、あたしは」


 タバコをくわえているのに器用に嘆息する草薙先生だけれど、俺もその気持ちは良く分かる。


 だけど先生はそれ以上ツユっちに何か言うことはなく、今度は俺へと視線を向けて訊ねてきた。


「栗泡くんだっけ?」

「あ、はい」

「マンガとかラノベって読む?」

「えっと、はい。どっちもそれなりに」

「富蔵くんみたいなキャラ、主人公の友人ポジとかにしたら、ウケるかな?」


 その質問で、何となく草薙先生と呼ばれている理由がわかった。

 この人、そっち系の作家さんなんだな。


「イザという時にカッコ良く活躍するなら……まぁ、俺は嫌いではないですけど」


 そう答えながら、俺は頭を掻く。

 実際、お調子者系の親友キャラとかはそれなりにいるとは思うし。


 でもなぁ……。


「ツユっちの場合は、調子乗りすぎて読者ヘイト集めた末に、事件の犠牲者になっちゃうネームドモブが精々じゃないですか?」

「後悔も反省もしないとこ見るとね、そうかも」


 そうなんだよな。

 ツユっち。マジで信じられないのが、後悔も反省もしてないことなんだよな。


 殴れるくらいなら、大金を払わせられるくらいなら――そういう身勝手な理由であっても後悔でもしてくれればまだマシだったんだけどさ。

 コイツ、マジで反省も後悔もしてる感じしないんだよな。


「ふむ。君は反省しているようだし、最低限は守ってやろう」

「え?」


 どういう意味だろう?

 だけど、ちょっと分かったことがある。

 俺たちは、意味もなく草薙先生とこの森に放り込まれたんじゃない。


 それどころか俺の場合はむしろ、どちらかと言えば一切の反省をしていないツユっちに巻き込まれた形なんじゃなかろうか。


「でさぁ、草薙先生だっけ? ここ、何なの?」

「通称エクストラメイズ。正式名称は護拓ごたく聖森せいしん。あの世とこの世の境目。モノホンの神様が住むと言われる聖域の一区画。そして最近のあたしのストレス発散の場。まぁ最後の以外はほぼ知り合いの受け売りだけどね」

「神様とかいるわけねぇじゃん」


 あはは――と笑うツユっちだけど、俺の背中には冷や汗が吹き出している。

 神様がいるかどうかまでは分からないけど、でも漠然と――草薙先生の言葉が真実なんじゃないかって気はしている。


「神様の加護が届く範囲であれば、心臓が止まろうが脳味噌が破壊されようが、完全再生された上で森の入り口へ戻してもらえる最高の環境だよ」


 やばい。それはマジでやばい。

 事実だとしたらやばすぎる。

 どうして、ここへ連れてこられたのか含めて想像できてやばい。


 だって草薙先生はさっき、『最低限守ってやろう』って言ってたんだぞ。

 つまりそれって、心臓が止まったり、脳を破壊されるような出来事が待ち受けてるって意味じゃないのか?


 チラりと草薙先生を見れば、彼女は悪巧みをする悪役令嬢のような笑顔を浮かべながら、ツユっちを見ていた。


「つまり不死身体験できるってコト? 楽しそうじゃん!」

「そうだな。神様が見守ってくれる範囲でならな」


 やばいやばいやばい。

 それってようするに、裏を返せば、神様の視界の外に当たる領域が存在するってことだろ?


 そこで死んだらどうなる?

 決まってる。ふつうに死ぬ。


「このエクストラメイズの挑戦可能な最低条件に、開拓能力フロンティアスキルの自覚的発動と制御がある。

 ま、話を聞く限りは君たちは条件を満たしているはずだ」


 そう言うと草薙先生の傍らに二足歩行するカタツムリを思わせる像が現れた。


「死ぬ気で制御して死ぬ気で使いこなせよ。

 この森で生き抜くには、それが出来て当たり前である必要があるからな」


 生き残るのに能力を使う必要があるってなんだよ……。

 だが、文句も言っていられない。使えなければ死ぬだけなら、使うしかない。


 俺は自分の傍らに、タキシードをキメた透明人間の像を呼び出す。


「いいなー、二人とも人型でさ。おれなんてスケッチブックだぜ?」


 お気楽な口調で、ツユっちが像を呼び出すと、確かに言うとおりの姿だった。

 そういえば、こいつが能力を使うときの像って初めて見たな。


 開いたスケッチブックに、落書きのような鬼を思わせるデザインの顔が描かれていて、その顔がツユっちの感情に合わせて動いているようだ。


 そのスケッチブックの周辺には無数のクレヨンのようなモノが浮かんでいる。


「愛嬌あって良いじゃん。あたしは嫌いじゃないよ。それ」

「つまり先生はおれに脈アリッ!?」

「寝言はベッドの上で言ってろ。見た目はともかく魂がガキの奴に興味はないよ」

「つまり見た目はOKってコト?」

「はいはい。口を開かなけりゃデッサン人形よりはマシだと思うよ」


 最後は投げやりに告げて歩き出す草薙先生の背中を見ていたツユっちが、満面の笑顔でこちらを見た。


「見た目はアリらしいぜ、イっくん!」

「今の対応をアリだと思えるんならそうなんだろうな」


 お前の中ではな――と、心の中で付け加えて、俺は先生の後を追う。

 少し遅れて追いかけてくるツユっちの足取りがルンルンしてることに、なんか殺意湧くの、気のせい?


 そのまま少し歩いていくと、明るい紫色をした鳥居の前で、草薙先生は足を止めた。


「ここだな」


 そして、どこからともなく、妙に大きいゲームのパッケージっぽいものを取り出した。


 その瞬間――


「マジリバじゃん! え? 先生も好きなの?」

「別にあたしのじゃないよ」


 大声をあげるツユっちに、素っ気なく返す先生。


「っていうかコレ、パソコン用のエロゲだろ?

 なんで十八歳になってない君が知ってるのかね?」


 ニヤニヤと笑う草薙先生を見れば、からかう気まんまんだと分かる。


 マジリバ――正式名称は『マジカル・リバーシブル~白黒変身ヒロインの裏表~』。

 主人公は平凡な男で、ヒロインは主人公のカノジョであり変身戦士やっているという感じのアドベンチャーゲームだ。


 ちなみにタイトル通り、ヒロインの変身姿のモチーフはリバーシだ。


 ひょんなことからヒロインが魔法少女であると知ってしまった主人公は、彼女を支えながら悪の組織との戦いに関わっていくんだけど……。

 主人公の行動次第で、純愛貫きつつ王道熱血的な決着でラブラブえっちするルートをメインにしつつも、選択次第でヒロインを裏切って悪の組織に付くこともできる。


 ちなみにヒロインを裏切ることなく純愛を貫こうとして、女幹部の誘惑に負けることを選ぶ逆NTR的ルートが、個人的には好きだ。


 ほかにも選択を間違えて自分が人質にされてしまうルートだと、ヒロインがやむを得ず抵抗を止め捕まってしまうルートがある。

 そのまま悪に堕ちていったり、がんばって抵抗するものの主人公に謝りながら組織のボスの女になることを宣言してしまったりするルートもある……といえば、ツユっちが食いつく理由を漠然と理解できる人もいるかもしれない。


 ヒロインのビジュアルや性格がツユっちのツボにストレートな上に、ツユっちに淫紋、悪堕ちの性癖を刻み込んだのもこのゲームといえる。

 なにせメインルート以外は、淫紋、悪堕ち、絶望堕ち、主人公NTR、ヒロインNTRと、なんか色々と属性オンパレードのゲームである。


 ようするに、ツユっちにとってのバイブルだ。


 ……なんで俺がそんなコト知ってるかって? ツユっちに貸したのが俺だからだよ。悪いか。

 ちゃんと専門店で買ったぞ! 会員証作る時に、年齢確認されない店だって知ってたから、ちょっとサバ読んで申請したけど……。


「いやぁ、イっくんに借りてドハマりしちゃったもんで……」

「まさかここまでハマると思ってなかったんだけどな……」


 じとーっと、草薙先生は俺にも視線を向けてくる。

 それに対して曖昧な笑みを返していると、先生はふっと笑った。


「ま。栗泡くんは、割とあたしと同類系と見た」


 なんか見逃された気がする。

 同類ってことは、先生も高校時代にエロゲとかしてたってことかな?


「ところでドハマリしたって言ってるけど、ちゃんと栗泡くんに返したのか?」

「そりゃあもちろん。ノートパソコンごと借りてたワケだし。

 だけど、時々無性にやりたくなる病気にかかっちゃったからさ、ネットで調べたんだよ」

「ああ、通販とかDL版とか買ったのか?」

「中華系のサイトからなんか無料でスマホ版がDL出来るの見つけたから、そこで……」


 ツユっちが全てを言い終える前に、俺のインビジブル・マナーと、草内先生のカタツムリが同時に鉄拳を放つ。


「あぶなッ!?」


 咄嗟にツユっちが二つの拳を躱すけど、俺たちのこめかみには青筋が浮いている。


「なんだよ! 二人して急にさ!」


 こいつの反省の無さからすると、ここで二人で説教してもたぶん理解できないんだろうな……。


 ところで、マンガやラノベを書いているっぽい草薙先生か。

 心当たりがちょっとあるな。作品の雰囲気と先生のイメージと割とかけ離れているけど……。


「ところでツユっち。

 この前、アニメをやっていた『悪役令嬢に転成したけどヒロインの悪堕ちルートが見たいから暗躍します』ってあるじゃん?

 めっちゃ原作気になるって言ってたけど、読んだ?」

「途中までな~。小説版は読むの大変だから、マンガ版だけど。

 でもいいところで、使ってたサイト閉鎖されちゃってさ~」


 口を尖らせるツユっち。

 完全にアウトな匂いがする。

 だってコミカライズ版の『ヒロおち』を取り扱っている掲載サイトやアプリの中で、『ヒロおち』連載開始以後にサービス終了したモノはない。

 そもそも、アプリやサイトがサ終する時に、閉鎖だなんて言い方は最近はしないはず。


 ……となると……。


「ところでツユっち。マンガやアニメの違法配信サイト『トゥーンロッジ』って知ってる?」


 管理人が逮捕されて閉鎖されたんだけど。


「おう。めっちゃ使ってたのに、急に閉鎖されて……ぐおおおおッ!?」


 ツユっちが全てを口にする前に、草薙先生がアイアンクローでツユっちの頭蓋をがっちりホールド。そのままゆっくり持ち上げる。


「こいつ。この森のどっか深くに放置した方が良いんじゃね?」


 草薙先生、目がマジである。


「ツユっち。おまえ、マジでもう少し世の中の道理と道徳と法律と仁義を勉強した方が良いんじゃないか?」

「いだだだだだだ……二人して意味わかんねー!!」


 とりあえずわめくツユっちを無視。

 草薙先生が満足いくまでアイアンクローをした後で、改めて手にしていたマジリバのパッケージを紫色の鳥居へと放り投げた。


 すると、鳥居の内側が波紋をうちゲームを取り込む。

 直後、鳥居の中央に南京錠のようなものが現れると、それが砕け散るような音とともに消えていった。


「この鳥居をくぐれば、人の心が生み出した迷宮の卵。危険なダンジョン化する前の、メイズ・エッグっていう迷宮だ。

 放置しておくと現実世界をダンジョン化させちまうらしいぜ」

「……そんなダンジョンの入り口みたいなモンがどうして、マジリバで開くんですか?」

「なんでだろうな」


 意味深に笑う草薙先生。

 だけど、先に言っていた先生の言葉を思い返すと、何となく理解できた気がする。


 ……人の心が作り出す迷宮。

 そのカギがマジック・リバーシブルのパッケージ。


 マジリバを見せると、心のカギが緩んだって解釈した時――思い当たるのは……。


「さぁ、行こうか。

 ここをくぐると、人の心の欠片がモンスター化したピースってのが襲いかかってくるからね。覚悟してついておいでよ」


 言いながら、ツユっちの首を鷲掴みして、先生は鳥居をくぐる。


「ちょッ、何それ?! なんでそんな危ないところに連れてこうとしてんのッ!?」


 わめくツユっちは完全に無視されている。

 まぁ俺も無視するんだけど……。


 先生が鳥居をくぐると、そこが波紋をうちながら先生の姿を隠していく。


「……行かない方が、あとが怖いか……」


 俺も覚悟を決めると、先生のあとを追って鳥居へと飛び込んだ。




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【CAUTION】

 なお本作品は不正行為を推奨する意図はありません。

 いや何か、今回はこういうの書いておいた方がいいかな……って。

 


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