4.お散歩に行きましょう
さて、前世の記憶が蘇るという出来事から一夜明けて。
体調はすっかり良くなりましたが、念のためにと本日は学校を休んでおります。
せっかくのオフですので、本でも読んで静かに過ごしたいところですが、その前にやっておきたいことがありました。
それは、ノートに色々と書き殴ること。
言ってしまえば、思い出した前世の記憶――とりわけ、フロンティアアクターズというゲームの主にシナリオ部分の書き出しです。
記憶はいつか薄れるもの。例えそれが前世の記憶であろうとも。
思い出した瞬間から、きっと記憶は劣化していくことでしょう。
普段の行いのように、反復できることでもないのです。
……もう、反復のしようがないことですから。
ですので、覚えてる限り、書ける限りを、今ここで書き出します。
もちろん、こうして書き出している今は思い出せずとも、何かのきっかけで思い出すこともあるでしょう。
そういう時はその時に、しっかりとメモをとっていくつもりです。
――そんなワケで、私は朝食を終えたあと、しばらく机に向かっていました。
とりあえず。
・HERO(
・
・
・
・
・
ゲーム上でのパーティメンバーとの関わり方には気を付けないといけませんね。
それに、
彼の名前は、問題です。原作ゲーム版では特に名前はなく、コミカライズでは堅斗、アニメでは凪乃でしたからね。
この世界ではどちらの名前なのか、あるいはどちらでもなく、この世界での名前なのか。
知らずに迂闊に関わってしまう可能性とかを考慮すると恐ろしいです。
それに、今はまだ本編開始の二年前です。
私が高校二年生になるまでの間に、彼らと関わりをもってしまう可能性もあるんですよね。
ましてや、今とゲーム時間軸では、髪型や容姿などがぜんぜん違う可能性もあるのも考慮しないといけません。
まぁ
あとは陽太郎君。
お互いの立場上、ちょっとしたパーティとかの会場で顔を合わせたりがありますので、今後のかかわり合い方に迷ってしまいそうです……。
そんなこんなでメモをしては思案に耽り、思案に耽ってはメモを取り――と繰り返し続けました。
そうしているうちにかなりの時間、集中をしていたのでしょう。
部屋をノックする音に、ハッとしました。
「お嬢様、起きていますでしょうか?」
「はい。どうしましたか?」
「昼食の準備ができております。いかがなさいますか?」
「普通に食べれそうですので、いただきますね。すぐに行きます」
メモを取る手を止めて、昼食を取りに部屋を出る私です。
美味しいお昼を食べ終え、食後のお茶で一服した頃――身体がちょっとうずいて来ます。
十柄家では、代々、文武両道を家訓としている家系です。
ですので、こんな引きこもり気味の私でも、それなりの武を修めていたりするのです。
今日は起きてから、朝食とメモ取りでずっとインドアでしたので、ちょっと運動がしたくなってきました。
個人的には日がな一日、本を読んで過ごせるのは理想なのですが、定期的に運動すること当たり前になっているのです。
ですから、インドアな時間が長いとこうしてちょっと身体を動かしたくなっちゃう習性みたいのが、私の中に存在してしまっています。
どうしたものか――と、少し考えて、家政婦の藤枝さんに声を掛けました。
「あの、少し運動がしたいので――お散歩してきてもいいでしょうか?」
「そうですねぇ……」
藤枝さんは少し思案したあとで、うなずきます。
「普段の鍛錬を一通り――となれば、まだ病み上がりですのでお止めしましたけど、軽い散歩でしたら問題ないかと。
とはいえ、今日は平日です。基本的にはまだ学校で授業のある時間ですので、変に目立って補導とかされたりしないでくださいね?」
最後に茶目っ気を混ぜて許可を出してくれた藤枝さんに、私はうなずいて、部屋へと戻りました。
部屋に戻り、私は着替えを用意して姿見を覗き込みます。
肩より少し長く伸びた後ろ髪。目を隠れるほど伸ばした前髪。
黒髪が映えるような白い肌。細身で華奢なシルエット。だけど、適度な運動を欠かしていない身体は、そのシルエットに反してしなやかに筋肉質。胸も人並みにはあります。
前世の薄い本では妙に大きく描かれていることが多かったですが、設定資料集とかで見ると、平均より気持ち大きい程度なんですよ。実際もそんなところ。
ともあれ――姿見に写る私の姿は、前世の自分が喜びそうな、まさに、『十柄鷲子』そのものです。
もっとも、現実になるにあたり、キャラクター絵独特の表現はなくなってますけど。
前世の私の意識や願望が強ければ、そんな自分の着替え姿に興奮などしたかもしれませんが、実際のところ、そういうものはありません。
感覚としては、いつもの自分の着替えの光景。
自分の裸や下着姿を見て欲情するようなナルシストじみたことは起こりません。とっとと着替えてしまいましょう。
ハイネックのリブ生地のセータ――ーまぁいわゆる縦セタですね――に、冬用スカート。
コートの上に、冬用のストールを巻いて完成です。
あとは――
「いつものヘアバンドですけど……」
細やかな刺繍のされたお洒落で可愛いヘアバンド。
読書以外のささやかな趣味で、集めているものでもあります。
普段は目を隠せるように前髪をある程度垂らしつつ付けていましたけれど……。
そもそも目を隠していたのは、人と目を合わせるのが苦手になってしまったため。
だけど、前世の記憶を得たことで、その苦手意識が薄らいでいます。
だったら、もう前髪で目を隠すのも抑えてみるのもいいかもしれません。
…………………………
などと思ってしばらく格闘してみたものの、なんだかしっくり来ません。
なので、結局いつもどおりにヘアバンドを付けて、前髪を軽くいじって前を見えやすくする程度にとどめました。
「これで、いいですかね?」
鏡の中の自分に問いかけたところで、答えが返ってくるわけではありません。
でも、そうして自問して納得できたところで、お着替え終了です。
着替えを終えて、部屋を出たあとで、藤枝さんに一声掛けます。
「では、藤枝さん。出かけてきますね」
「ここのところ、市内で髪の長めな女性を狙った暴行事件があったと連日ローカルニュースでやっています。
襲われた方々は、どういうわけかしきりに髪の毛を気にするほどに、髪に対するトラウマを抱えられているようです。
お嬢様でしたら襲われても大丈夫だとは思いますが、体調が万全ではないのですから、気をつけて行ってらしてください」
「はい。気をつけて行ってきます」
不安げな藤枝さんを安心させるように微笑み、うなずいてみせてから、私は家を後にしました。
自宅は、駅前の繁華街からやや外れた場所にある、かつて高級住宅街と言われた地区にあります。
そんな高い土地でありながら、それなりの敷地を持っている我が家は世間からみれば、お金持ちの部類に入るのでしょう。
お庭も広く、専属の庭師に整備してもらっているほど。しかも、その一角には小さいながらも道場があるくらいです。
とはいえ、ここはバブル期の土地開発の際に切り開かれた山の中でもあります。
ですので、最寄りの駅前繁華街まではやや遠く、この近隣に住むなら自動車は必須。持っていない方々も基本的にはバスを使います。
私も普段はバスを利用しますが、今回はお散歩が目的ですので、バスは使わずそのまま歩くことにしました。
整備された道、お洒落な住宅街、そして自然のままの木々が調和したような綺麗な街ではありますが、それでもここは山の中。
アップダウンが多く、急勾配な場所も少なくはありません。
その勾配の多さのおかげで、身体を鍛える目的の走り込みをするには悪くはないのですけれど、それを大変だと思う人の方が多いことでしょう。
だから、この辺りは――『かつての高級住宅街』なのです。
大変さと不便さから、若い人たちの多くは出て行ってしまい、この土地に残っているのは、絶頂期に家を購入したご高齢ばかり。
そして、その人たちも土地を売って出て行く人が増えて行っています。
この土地を開発の失敗した土地だと市は判断したのでしょう。
ここから市の中心を挟んでちょうど反対側に、似たような地形の手つかずの場所が残っています。市は、そこを開発するニュータウン計画において、可能な限りこの土地の二の舞にならないようにしているのだとか。
まぁそれも、表向きであって、今ではほぼほぼ頓挫して、開拓地は放置されてしまっているんですけどね。
そしてそのニュータウン計画の開始こそが、フロンティア・アクターズにおける事件の発端でもあります。
開発中のまま放置されているとあるの場所の様子を近々確認しに行きたいところですが、それは今日ではないほうが良いでしょう。
藤枝さんや、お父様に心配を掛けてしまいますしね。
となれば――そこまで遠くなく、歩いても行ける場所……あそこにしましょうか!
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本日の連続更新はここまで。
次回以降は、毎日1話づつの公開予定です。
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