第10話幸せな時間

「あーもう本当に何なのあいつ! 何で転校初日から告られなきゃいけないのよ!」


 家に着いてからの私は、このムカついた感情をぶつけるように部屋の床をドンドンと蹴っている。


「あーほんとムカつく!」


 私は何度も何度も自室の床を蹴り続ける。

 すると、


「リアムうるさい!」

 

 母親に怒鳴られた。本当に意味がわからない。私は倒れこむようにベッドに体を預け、天井とにらめっこを始める。


「ほんと、私がこんなにイラつくのも、ママに怒鳴られるのも全部あいつのせいだ」


 一人、誰に話しかけるでもなく……いや、私に話しかけるように独り言を放つ。


「あいつ……今日のこと、クラスの連中にバラしてるかな……」


 ふとそんな不安を口にする。


「バラされたらおしまいだ……。またあの頃みたいな生活になっちゃう……」


 でも過ぎてしまったことだ。未来は変えられても過去は変えられない。私の今後の学園生活は、明日のあいつの行動次第だ。


「ほんっっっと意味わかんない! 何であんなやつに私の人生左右されなきゃいけないのよ!」


 この憤りを今度は壁にぶつけようとするが、ギリギリでとどまる。またママに怒られる。最近またパパが帰ってこないから機嫌が悪いんだよなぁ。早く帰ってこないかな……。

 そんなことを思いながら、私は部屋の隅っこに配置されている電子ピアノに目をやる。私の家にはピアノが二台ある。一つは一階に置いてあるパパのグランドピアノ。もう一つは私の部屋に置いてある電子ピアノ。

 普段は一階のグランドピアノで曲を演奏しているが、今日はママの機嫌が悪い。前に一度、ママの機嫌が悪い時にグランドピアノを弾いて「うるさい」と怒られて以来、ママの機嫌が悪い時は部屋にある電子ピアノで弾くようにしている。

 私は電子ピアノの前に置かれているトムソン椅子に座り、電子ピアノに繋がれているヘッドフォンを装着してから電源を入れる。

 電源ボタンの上にある赤いランプが点灯したのを確認してから、私は鍵盤に手をつける。まずはハノン。このピアノ版準備体操を行うのが、私のピアノを弾くときのルーティーンだ。さっとハノン練習を終わらせてから、あらかじめ置かれていた楽譜をみる。そこにはショパン「革命のエチュード」と書かれた楽譜が置いてある。

 あぁ、そういえば昨日の夜にやったっけ。私は手始めにこの曲からやろうと鍵盤を押していく。ピアノを弾いている時だけは、嫌なことを忘れられる。この心地の良い音色。踊りだしたくなるようなリズムの良いテンポ。私がここまで生きてこられたのは全てピアノのおかげだと思う。幸せな時間だ。

 今日あった嫌なことを全て水に流してくれる、素晴らしい楽器だ。私は目をつむり、体を揺らしながら曲を奏で続けた。























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