第8話理想と現実

 俺はたった今、屋上の扉の前でずっと憧れていた女の子からこっぴどく振られた。

 あまりのことに唖然あぜんとしている。正直振られるとは思っていた。流石にここでいい返事がもらえるなんてことはないと思っていた。

 ダメ元な告白だったんだ。俺と彼女とじゃ釣り合わなさすぎる。でもだからって、あそこまで言われるとは思はなかった。

 一言「ごめんなさい」と言われて終わるものだと思っていた。でも現実は違った。

 とてもひどい罵声ばせいを浴びせられ、その上で振られた。俺は今、どんな顔をしているんだろう?

 予想に反した彼女の反応を前に、俺はどんな顔をすればいいんだろう。今俺の中では、悲しさや怒りなどのマイナスな感情がごちゃごちゃになっている状態だ。佐藤が立ち去ってからすぐに、トタトタと階段を勢いよく登ってくる音が聞こえる。


「ねぇ悠人だいじょ……」


 階段を登ってきた麻里は、俺の顔を見るなり絶句していた。


「な、何だよ……?」


 俺はそう聞くと、麻里は。


「悠人、何で泣いてるの?」


 そんな疑問をぶつけられた。泣いてる? 俺が? 何を言ってるんだ麻里は。俺は泣いてなんか……。

 いない……と心の中で思った時、俺の手の甲に小さな雫がポツポツと垂らされた。何だこれ? 今は室内だろ。雨なんか当たるわけないのに。

 俺は自分の目元を手のひらでこすると、俺の涙と思われるものが手のひらについている。

 何で俺は泣いてるんだ? 佐藤に振られたから? 違う。佐藤に振られるのなんてわかりきっていたことだ。じゃあひどいことを言われたから? たったそれだけで俺は泣いたのか? どんだけメンタル弱いんだよ。でも多分違う。俺が泣いているのは、振られたからでも暴言を吐かれたからでもない。

 きっと、理想の彼女と現実の彼女が悪い意味で違いすぎて絶望してるんだ。二年前のあの日から、俺は知りもしない彼女について考え続けていた。

 そしてそれはいつからか俺の中で大きなものへと変わっていった。実際に関わったことがない俺は、自分の中で理想の人物像を彼女に当てはめていた。

 だから現実の、本当の彼女との落差に絶望した。でもそんなのは俺のわがままだ。

 勝手に期待して、理想を押し付けて、失望して。本当に馬鹿だ。人は完璧じゃない。そんなのは佐藤も例外じゃない。そんな、わかりきったことなのに……。

 俺の中にはまだいくつもの悪感情が渦巻いている。俺は階段の途中で止まっている麻里に向き直ると、なんとか頑張って作った笑みを浮かべる。


「悪い麻里。先帰るわ」


 そう言い残し、俺は走って階段を下る。階段を降り、高速で下駄箱に行き革靴に履き替えて、全速力で家に向かった。いつもなら家に帰るなりすぐピアノを弾くのだが、今日はそんな気分じゃない。それどころか、今まで一回も休んだことのないピアノ教室さえも行く気にはなれなかった。

 ずるずると足をひきづらせながら、俺は自室に向かう。部屋に着くなり、倒れこむようにベッドへ横になる。ダメだ。何もやる気が起きない。

 高校初日早々、俺はどうしてこんな憂鬱な気分になっているんだと考えながら、俺は夢の中へと堕ちていった。




















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