第二章 男と女、あからさまな女>男 【第三節 ブルームレイク防衛戦】
「で、ですから、どうやら陛下が雇い入れた傭兵団が裏切ったらしく――」
「それは判っておる! その上でもう一度ゆうぞ? はあ!? 何じゃそれは!」
豊富なアクセサリーで飾られた髪をばりばりとかきむしり、ジャマリエールは大声でわめいた。
「たっぷりと前金を払ってやったとゆうのに、即座に裏切ってわらわの敵に回ったじゃと!? 許せぬ、絶対に許せぬ!」
「これは抜き差しならぬ一大事ですぞ、陛下! ブルームレイクはここから南にわずか三〇キロ……もしあの町が奪われるようなことがあれば、この都はもはや裸同然、敵を防ぐ手立てはございませぬ!」
「おぬしはおぬしで何を情けないことをゆうておる!? この都を守る最後の砦はおぬしら神殿騎士団であろうが!」
「いや、それは建前と申しますか……も、もちろんそれがしども一同、そうした気概は持ち合わせておりますが、実戦となるとどうにも……例のパンダと戦って初めて、それがしどもの実力のほどを思い知った次第で……」
ハンカチで汗をぬぐいながらガラバーニュ卿が告白する。
「こうなれば仕方あるまい。すぐに馬の用意をせよ」
「えっ!? ま、まさか陛下みずからご出陣なさるので!?」
「たわけ、そのようなことをしたら疲れるであろうが? わらわも出向くが、それはただの見学じゃ。――のう、我が勇者よ?」
「……だからさ、どうしていつも食後のデザートまでたどり着けないのかな、俺は?」
この国を守るために呼ばれた以上、敵が魔王だろうと裏切者の傭兵団であろうと、ハルドールに選択の余地はない。ハルドールはナプキンをはずして立ち上がった。
「ミス・グローシェンカ……だったよね? 申し訳ないけど、話の続きは俺が帰ってきてからにしてほしいな」
「あんたまさか、そのまま逃げ出すつもりじゃないだろうね?」
「逃げる? 逃げ出すことになるのはその傭兵たちだと思うよ」
ハルドールはジャマリエールを玉座から抱き上げ、城の中庭へ飛び降りた。
ジャマリエールの命で城の厩舎から数頭の馬が引き出され、手早く馬具が取りつけられていく。騎士団は弱くても馬の質はいいようで、これなら三〇キロくらいの距離はあっという間だろう。
「陛下、本当に行かれるのですか?」
「どうかおやめくだされ」
緊急事態を聞いたのか、ユリエンネ卿とクロシュばあさんが揃って出てきて、ジャマリエールを引き留めようとしている。
「陛下のことです、どうせ戦場に行ったところで、面倒だ何だとおっしゃって、ご自身で戦うようなことはなされますまい? ならば行くだけ無駄というもの、ばばとともに城で報告を待てばよいではございませぬか」
ジャマリエールに語りかけるクロシュの姿は、まるでわがままな娘をなだめる祖母のようだった。
「――ほれ、ばばが甘いアメ玉をあげますゆえ……」
「いつもいつもわらわがアメでつられると思うなよ、クロシュ?」
クロシュが外套のポケットから取り出した飴の袋をひったくると、ジャマリエールは地上から五〇センチほど浮かび上がり、
「これでもわらわはおぬしら小娘どもよりはるかに人生経験が豊富なのじゃぞ? ……だいたい、いざとなればわらわは空を飛んで逃げられるのじゃ。もし我が身が危うくなれば、すぐさま帰ってくるゆえ安心せよ」
「だとしても、ですじゃ。――よいか、小僧!」
馬具にゆるみがないかどうか自分の目で確認していたハルドールに、クロシュの舌鋒が差し向けられる。
「――おぬし、何があろうと陛下をお守りするのじゃぞ? もし陛下に何かあれば、この世界におぬしの居場所などないと心得よ!」
「もちろん、命に代えてもお守りするさ」
「おい、わたしたちの馬はどれだい?」
ハルドールがジャマリエールといっしょに馬の背にまたがろうとしていると、クロとシロが階段を下りてきた。
「おや、お嬢さんがた。遠乗りにでも行くのかな?」
「しらじらしいこといわないで、ハルくん……。あなたと距離が離れると、またあの雷が落ちてくるんでしょ? あれ、すんごく痛いの……だったらあなたといっしょに行くしかないじゃないの……ヒドいわ、そんなこというなんて」
首輪を撫でつつ、シロが恨めし気にいう。
「ああ、そういえばそうか。……なら、きみたちにも俺の活躍を見てもらおうか。そのほうがあとの話し合いもスムーズにいくかもしれないしね」
ハルドールとジャマリエールを乗せた馬を先頭に、一行は城の正門から飛び出した。早朝、まだ人気の少ない大通りを、三組の人馬が南へ向かって駆けていく。
「――この五〇〇年間、魔王同士の直接的な戦いが禁じられていたということは、各地の魔王が率いる軍も、実戦経験はさほどないと考えていいのかな?」
「ま、ウチの騎士団を見れば察せられるじゃろうが、おおむねはそうじゃな。……しかし、各地を渡り歩く傭兵団はそうではないぞ? ふだんから連中は、山賊退治だの隊商や要人の護衛といった荒っぽい仕事に就いておる。時には自分たち自身が山賊に早変わりすることもあるしのう。とにかく、この世界でもっとも実戦に慣れ親しんでおる集団とゆってよかろう」
自国の軍隊が今ひとつ頼りにならないジャマリエールにとって、乱世の始まりに先んじてそうした傭兵たちを味方に引き込んでおくのは、ある意味、当たり前の戦略といえる。そのためにかなりの金を積んだのだろう。
だが、その直後に裏切られた。
「しょせん、金で動く連中だってことだろ。だったら金のために裏切りもするさ」
後ろから冷ややかなクロの声が追いかけてくる。一面の小麦畑をつらぬく街道をひた走りながら、ハルドールは美女たちを振り返った。
「そういうミス・グローシェンカは、なぜきみのダンナとやらに手を貸していたんだ? きみを作ってくれた“親”だからか?」
「それはもちろん愛よ、ハルくん」
恥ずかしげもなく、シロが澄んだ瞳でそう答える。するとクロは、舌打ちとともに足を延ばしてシロの脛に蹴りを入れた。
「……あんたは黙ってなよ、シロ」
「いたっ! ひ、ひどいわ、クロちゃん! いくら照れ臭いからって……そんな暴力でわたしを黙らせようだなんて、卑劣っていうか悪辣っていうか――」
「いいから黙りなよ! ――わたしはダンナの強さにしたがってただけさ。強い奴にはすべてを手に入れる権利があるんだから、したがうのは当然だろ」
「素直じゃないのね、クロちゃん……そんなこといったって、クロちゃんがご主人にぞっこんだったのはちゃんと判ってるの。照れ隠しに悪ぶるなんて、小さな子供じゃないんだから……」
「……だから黙りなよ」
「あうっ!?」
今度はたっぷりとしたお尻のあたりにミドルキックを食らい、シロはあやうく落馬しそうになっていた。
じゃれ合う美女たちを無視することにしたのか、ジャマリエールは前方に見えてきた丘を指さした。
「あそこまで行けば、もうブルームレイクが見えるはずじゃ。今のうちに簡単に説明してやろう」
ジャマリエールによれば、ブルームレイクは周囲五キロにも満たない小さな町だという。しかし、戦略的には王都ランマドーラの出丸ともいえる重要拠点であり、頑丈な城壁と大型兵器、一〇〇〇人規模の駐屯軍が存在するため守りは固い。いわば大規模な砦といってもいいだろう。
「あの町には防衛用の備えが十二分にある。いかに我がグリエバルト魔王国軍が経験不足の兵士ばかりとはゆえ、どこぞから強い魔王がみずから乗り込んでくるようなことでもないかぎり、そうたやすく落ちることはあるまい。まして、わらわたちが援軍に駆けつけるのじゃからな」
ハルドールにかかえられるようなポジションで馬に乗っていたジャマリエールが、勇者を見上げてにひっと笑った。
――つづく
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