第二章 男と女、あからさまな女>男 【第二節 騒がしい朝の食卓】
「……とにかく、わたしとあらためて勝負をしてもらうよ」
「理由を聞いてもいいかな? 俺はさ、できることなら女性とはケンカなんかしたくない、むしろつねに無条件降伏でもいいと思っている男なんだよ」
「それがわたしの流儀だからさ」
クロは逆手に掴んだフォークをハルドールの前に置かれた皿に突き立てた。
「きゃっ! く、クロちゃん! そういうことやめてって――」
「あんたは黙ってなよ。――欲しいものがあれば戦って勝ち取る。だから、あんたに勝って自由を勝ち取る。戦う理由としてはそれで充分じゃないかい?」
驚いたことに、銀でできたフォークは曲がることもなく、綺麗に皿をまっぷたつに割り、その下のテーブルにまでめり込んでいた。
「……なるほど、きみのいいたいことは判ったよ」
皿の残骸を脇にのけ、ハルドールはうなずいた。
クロもシロも、自分たちを見えない鎖でいましめているナグルファルのことは知っている。ハルドールを倒してナグルファルを奪わなければ、彼女たちは自由を手にすることはできない。
「お願い、クロちゃん……そう熱くならないでよ。平和的に話し合いで解決しようっていったでしょう?」
シロはクロをなだめながら、瞳を潤ませてハルドールにうったえた。
「――ねえ、ハルくん。わたしはクロちゃんと違って荒っぽい真似はしたくないの。伝わりにくいとは思うけど、わたしって臆病だしかよわいし……どうにか話し合いで解決したいの。だからお願い! あのガントレットをわたしたちにゆずってくれない?」
「虫のいいことをゆうでない」
横で聞いていたジャマリエールが即座に口をはさんできた。
「――いにしえの戦場跡で行き倒れておったおぬしらを見つけ出し、助けてやったのはこのわらわじゃぞ? わらわが拾った“武具”なのじゃからおぬしらはわらわのもの、そしてそれを我が勇者にあたえたのじゃから、今は我が勇者のものじゃ」
「……あんたさ」
こんがりローストされた仔ブタを手掴みで分解し、もりもりと豪快に食べていたクロは、ジャマリエールを睨んで口もとをぬぐった。
「それ以上ふざけたことをいうなら、ガキだからって容赦しないよ?」
「おぬしこそほざくでないわ、小娘が」
ジャマリエールはクロの眼光を真っ向から受け止め、逆に不敵な口ぶりで挑発した。
「……わらわを見た目通りのガキとあなどっておると地獄を見るぞ?」
「へえ、面白そうじゃないか。むしろ見せてもらいたいね、その地獄とやらを」
「ふん……どんなに粋がろうとおぬしらには主人が必要なのじゃ。おぬしらは誰かのモノとならねば真の力を発揮できぬのじゃろ?」
「だから、わたしらのダンナは――」
「ふん。今どこにおるのかも判らんというより、生きておるのかどうかも判らんのじゃろうが?」
玉座の上であぐらをかき、ジャマリエールは鼻を鳴らした。
「わらわがおぬしらを回収した時、その周囲に生きて動くものなど何もなかったぞ? それが何を意味するか、判らぬはずはあるまい?」
「そんなわけ――そんな、はずは……」
クロは眉間に深いしわを刻み、ジャマリエールの言葉を否定しようとしている。ハルドールは首を傾げ、事情の説明を求めた。
「いったいどういうことか教えてほしいな。このレディたちはいったい何者なんだ? 見た感じはエルフみたいだけど……」
「じゃからわらわがゆうたではないか。この両名は最強の“武具”じゃと。おそらくかなりの力を持つ魔王によって生み出された、ある種の魔法生物――じゃろ?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「わたしもクロちゃんも、そのへんの記憶が曖昧なの……」
シロは困ったような表情で溜息をついた。
「わたしとクロちゃんが、わたしたちを作ったご主人といっしょに戦ってたのは確かなの。でも、目覚めてみたら、そのあたりの具体的な記憶がぜんぜんなくて……。ご主人の顔も名前も覚えてなければ、誰と戦ってたかってことも」
「それは……気の毒だとは思うが、要はそういうことじゃないのか?」
そのご主人とやらはほかの魔王との戦いに敗れて命を落とし、ふたりの美女だけが残された――状況から判断すればそう考えるのが無難だろう。ふたりの記憶が欠落しているのも、その時の激闘の影響だと考えればつじつまは合う。
「――わらわも何度もそうゆうておるのじゃがな、ふたりともかたくなにそれを認めようとはせぬ。前の主人は絶対にどこかで生きておる、じゃから絶対にわらわにはしたがわぬというし、主人を捜しにいくとゆって聞かぬのじゃ。それで仕方なく、あの箱に封印しておいたというわけでな」
「……感じるんだよ」
苛立ちを溜息に乗せて吐き出し、クロは立ち上がった。
「もしダンナが死ねば、わたしたちにはすぐにそれが判る。ダンナの死を感じないってことは、まだどこかで生きてるってことなのさ」
「前々から思っておったが、存外に一途じゃのう、グローシェンカ?」
「黙りなよ、おチビちゃん。……さっきからうざったいんだよ」
クロが目にもとまらぬ動きで投げつけた肉用のナイフが、ジャマリエールの頭上をかすめて多脚玉座の背もたれに突き立つ。しかしジャマリエールは悪戯っぽい笑みを消そうともしない。
「――わたしたちは別にあんたに回収してくれなんて頼んじゃいないよ。すべてあんたが勝手にやったことさ。恩を返せというなら返してやるけど、わたしたちはダンナのもの、ダンナがいないのならわたしたち自身のもの、そこだけは好きにはさせないよ」
「じゃが、現実問題として、おぬしらは我が勇者からは離れられぬのじゃぞ?」
「だからこいつで決めようっていってるんだよ」
クロは握り締めた拳をこれ見よがしにハルドールの目の前に差し出した。
「……まさかいくつもの世界を渡り歩いてきた勇者サマが、わたしの挑戦から逃げるとはいわないだろうね?」
「ひとつ確認していいかな」
こういう展開になるのであれば、騎士団はともかく、ケチャたちが厨房へ下がったのはかえってよかったのかもしれない。ハルドールはジョッキを置き、クロを上目遣いに見上げた。
「――きのうのはノーカンなのかな? それともエキシビジョン的なあつかい? 一応、俺の中では、少なくともきみとはもう勝負はついたことになってるんだけどね」
「……っ!」
ハルドールの挑発的な言葉に、クロの眉がひくっと震えるのが判った。シロとくらべてクロはかなりの激情家のようで、感情の変化が判りやすい。今すぐその拳から火の玉が飛び出してもおかしくなかった。
だが、その前にシロがクロの手を掴んでいた。
「……ほら、いったでしょ、クロちゃん? クロちゃんはきのう負けちゃってるんだから、何をいったって絶対そこを突っ込まれるって……クロちゃん、何ていうか……ちょっと短慮っていうか浅薄っていうか――」
「は!? それ何? バカってこと? だいたい、わたしはまだ負けてない! まだ勝負は……しょ、勝負は――痛い痛い痛い! は、放しなよ、シロ! この怪力女!」
「あ、ご、ごめん……でも、乱暴なクロちゃんを放置しておくと、わたしの平和的な話し合いの努力をブチ壊そうとするから……」
「あのねえ――」
「お、お食事中のところを申し訳ございません! 緊急の報告がございます!」
クロとシロが力くらべをしているところに、息を切らせて衛兵が駆けつけてきた。それをガラバーニュ卿がたしなめる。
「いったい何ごとだ、騒がしい!」
「つい先ほど急使が到着いたしまして、ブルームレイク近郊の丘陵地帯に、てっ、敵の軍勢が現れたと――」
「何!? なぜそんな場所にいきなり敵が現れる!?」
「そもそも敵とはどこのバカどものことじゃ?」
ジャマリエールは眉をひそめて玉座の上に立ち上がった。
「そ、そういえば陛下!」
ガラバーニュ卿が何かに気づいたように手を打った。
「――ブルームレイクの近くには、確か先日契約を結んだばかりの傭兵団が陣を張っていたはずですぞ? さっそくその傭兵どもに命じて、敵軍を迎え撃たせてはいかがでしょう?」
「ふむ……それも手じゃのう」
「そっ、そのことなのですが……」
兵士が絶望の面持ちでかぶりを振った。
「……報告では、そ、その傭兵団が町に攻め寄せる気配を見せているという話で――」
「はあ!?」
ジャマリエールとガラバーニュ卿は顔を見合わせて頓狂な声をあげた。
――つづく
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