第3話

 う…………うわああああああ凄い格好いい!!!!

 ベアトリクス様級の美形を見て吃驚した。


「赤い髪が見えたから」


 喋った!!

 美形は声までいいのかー……って、え? 赤い髪?


「え? ああ、僕ですか?」


 僕の髪は明るい赤だ。

 今は長くなった髪を一纏めにしている。

 赤いから目立って目に入ったのかな?


「いいと思う」

「?」

「赤い髪」

「ありがとうございます?」


 やたら髪を褒めてくれるね?

 もの凄くじーーっと見てくるし。

 恐ろしく整った顔で無表情だからちょっと怖いけど、僕の髪を見る目はなんだか切ない。


「赤い髪が好きなんですか?」

「!」

「え? あ、え?」


 僕が質問した瞬間、金髪の彼は「首が落ちてしまったのかな!?」という勢いで下を向いてしまった。


「帰りたい……」

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです……」


 そう零すと川沿いに行ってしゃがみ込んでしまった。

 あ、さっき投げられた人が川から上がってきた。

 一瞬こちらに食ってかかってこようとしたが、彼を見ると慌てて逃げていった。

 元気に生きていて何よりだ。


 そんなことより金髪の彼のことだ。

 よく分からないけれど、そっとして置いた方が良さそうだ。

 あ、そうだ。


「あのー……」


 ずーんと重い空気を漂わせている背中に恐る恐る話しかける。


「どうしたらあなたみたいに強くなれますか?」


 この人はダンテさんのように身体が凄く大きくてムキムキじゃないのにとても強い。

 もちろん僕よりは逞しいけれど、そんなに身体が大きくなくても強くなれるコツがあるのかもしれない。


 俯いていた彼がこちらを見た。

 え、もしかして泣いてます!?


「叶えたい願いがあったら強くなれると思う」

「か、叶えたい願いですか」

「帰りたい」


 ええええ、余計に泣いた!?


「あ、僕、お使いの途中なので行きますね! ありがとうございました!」


 まともに聞くことが出来なかったけれど、もうそっとしておこう。


『中々将来有望な美少年だったな。嫁のかわりにあれで我慢するのはどうだ?』

「喋るな。折られたいのか」

「?」


 会話が聞こえた気がして振り返ったけれど、一人項垂れる金髪美形の人がいるだけだった。

 気のせいか。


 それにしても……あんなに美形で強い人が泣くとか、ほんとにびっくりだ。

 でも親近感が湧くというか、ああいう人でも泣くんだから僕だって弱音を吐いてもいいんじゃないかな? って、許される気になるというか……。


「あ! そういえばあの人、帰りたいって言っていたけど迷子かな!?」


 ま、まさかね?

 気になって届けた帰りに彼の姿を探してみたがいなかった。

 あれだけ泣いてたから、無事おうちに帰れているといいな。


「強くなるには、『叶えたい願い』か……」


 僕の願いが「強くなること」なんだけど、どうして強くなりたいのかということが大事なのかな?




「ベアトリクス様が来た!?」


 お使いから戻った僕を見て、団員の皆が口々に知らせてくれた。

 慌てて準備していたお菓子を部屋に取りに行き、ベアトリクスが出てくるのを待ち構える。


「!」


 ダンテさんの部屋の扉が開き、真っ直ぐな青銀の髪が見えた瞬間に走り出した。


「ベアトリクス様! こんにちは! ……あ」


 後ろにいる人を見てびっくりした。

 マルク様じゃない!

 金髪で恐らく二十代後半くらい……ベアトリクス様と同世代だろう。

 キリッとした顔は整っているし、身体もダンテさんほど大きくはないけれど、引き締まっていて鍛えられていて「これぞ騎士!」という感じで格好良い。

 でも、同じ金髪でもとびきり美形の人を見たあとだからか、少し霞んで見えちゃうな……。


「は、はじめまして」

「…………」


 挨拶をしたが、無言で目も合わせてくれる様子もない。

 完全無視をされたことにショックを受けたが、それよりもベアトリクスにお菓子を渡さなければ! と気を取り直した。

 真正面から見たベアトリクスは噂で聞いた通りに大変なようで顔色が悪かった。

 苛立っているのかピリピリした空気も感じる。

 話しかけることに躊躇したが、少しでもリラックスして欲しくてお菓子を渡すことにした。


「ベアトリクス様、お疲れのようですが大丈夫ですか? 無理をしないでくださいね!」

「…………」


 無言なのは慣れていいるが、今までとどこか反応が違うように感じた。

 僕は何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。


「これを食べて元気になってください! 僕はいつもの凛々しくて強いベアトリクス様が大好きです!」

「…………」


 お菓子を差し出した僕にベアトリクス様が顔を顰めた。

 受け取ってくれる気配もない。

 どうして…………あ。

 ああああああ!!!?

 僕、今……何を言った!?

 ベアトリクス様に元気を出して欲しくて必死になり、勢いで告白してしまった!?


「あ、あの……」


 顔に熱が集まって来た。

 いつかは伝える気だったけど……こんな勢いで言ってしまうなんて!

 恥ずかしくてまともにベアトリクス様の顔が見られない。


「すまない」

「!」


 ベアトリクス様はお菓子を受け取らずに行ってしまった。


「え……?」


 すまないって……お菓子を受け取らなかったこと?

 それとも僕の気持ちがいらなかった?

 血が引くと同時にずんと心も沈む。

 これが……失恋?


「あなたですね、貧乏人の食い物で団長に媚びているガキというのは」

「え」


 聞いたことのない声に驚いて俯いていた顔を上げると、真正面に感じの悪かった金髪騎士が立っていた。

 今、凄く酷いことを言われたような……?


「あなたのようなひ弱なド庶民が団長に惚れているなんて……。自分でも身分不相応だと分かりませんか?」

「そ、それは……」


 確かに僕のような何の取り柄もないひ弱な奴は駄目だって、自分でも思うけど……。

 分かっているけど好きな気持ちは止められない。

 伝えることくらいなら許されるんじゃ……。


「ああ。手作り菓子を渡すなんてママゴトのようなことが出来る人でしたね。羞恥心なんて持ち合わせていませんか」


 ママゴトといわれて、瞬時に怒りと恥ずかしさで顔が熱くなった。


「はっきり言います。あなたのような人からの好意なんて迷惑ですよ」

「め、迷惑……?」

「はあー……多いんですよね。団長は多くを語りませんから。勝手に思い込んで暴走してしまう輩が」


 騎士様が吐き出した長い息は、まるで「心底呆れる」と言っているようだった。

 僕は勘違いをしている大勢の中の一人、ということ?

 マルク様にも気軽に話をして貰えるから、身近な人間になれたと思い込んでいただけで、ベアトリクス様にとってはありふれた人間の一人だったということ?

 だからさっき「すまない」と……。


「大体、あなたのような人がいるようでは、自警団も大したことはありませんね。意見など聞かなくても、従わせておけばいいものを……」

「こ、ここの自警団は素晴らしいです!」


 落ちこみすぎて崩れ落ちそうになったが、僕のせいで自警団の評価が下げられてしまっては大変だ。

 なんとか必死に騎士様に食い下がった。


「そうですか? 明らかに不純な動機で働いている役に立たないひ弱な人間を置いて遊ばせているんです。底が知れるでしょう」

「そんなことありません! ちゃんと訓練を受けさせてくれています!」

「おや、ママゴトの次は勇者ごっこですか?」

「遊ぶでやっていません! 真剣に…………うっ!?」


 突然にお腹に痛みが走り、苦しくなった。

 立っていられなくなり蹲る。

 ……騎士様に殴られた?

 びっくりした僕は蹲ったまま騎士様を見上げた。


「実力があるなら、どうぞ見せてください」


 僕を見下す騎士様の目がかかって来いと僕を煽る。

 さすがの僕も黙ってはいられない。

 こんなことをするのは騎士じゃない!

 こんなことをする人に何も出来ずに這いつくばっているだけなら、この自警団の団員として相応しくない。


「うおおおおっ!」


 お腹が痛くて吐きそうだけど堪えながら立ち上がり、拳を振り上げた。

 だが僕の拳は騎士様に届くことはなく――。


「なんですか? まさかこの細い腕で殴るつもりでしたか? ははっ」

「痛っ」


 手首を掴まれ、少し捻り上げられただけで僕の腕は悲鳴を上げた。

 僕自身も号泣したいくらいだ。

 痛すぎる!


「離せ!」

「口だけは勇ましいですね? 腕が折れてもそういう態度でいられるかな?」

「ぐっ……」

「消えてくれませんか? 団長の前から」


 本当に折る気!?

 骨が軋む音がした。

 駄目だ、骨折なんかしたら迷惑が掛かる。

 僕のことで騎士団と自警団の間に問題が起きたら……!


「やめろ」


 鋭い声が越えた瞬間、騎士様が腕を放した。

 折れることはなかったが涙が出そうなくらい痛い。


「何をしている」

「いえ。何も?」


 止めてくれたのはベアトリクス様だった。

 睨むベアトリクス様に騎士様は飄々と返事をしている。


「うちの団員に暴力を振るうとはどういうことだ?」

「ダンテさん。…………っ!?」


 腕を庇う僕の後ろに気配がしたと思ったら、ダンテさんが立っていた。

 しかも物凄く怖い顔でベアトリクス様と騎士様を睨んでいる。

 強面のダンテさんが怒りのオーラを抑えずにいるから物凄く怖い!

 ……というか、二人が揉めたら大変だ!


「あの! 何もありません! 大丈夫です!」


 腕がズキズキと痛むが、何でもないフリをした。

 ベアトリクス様とダンテさんの視線が突き刺さる。

 二人の圧が凄くて萎縮してしまいそうになったが、何とかヘラヘラと笑って大丈夫アピールを続けた。


「……失礼する」


 しばらくするとベアトリクス様は踵を返した。

 澄まし顔の騎士様もそれに続く。


「ベアトリクス様!」


 去って行くベアトリクス様を呼び止めたが、僕の方を見てくれなかった。

 それがたまらなく寂しかったけれど、これで良かったかもしれない。

 振り返ってくれても、僕は何を言ったらいいのか分からなかったし……。


「怪我はないか? 何があった?」

「……すみません」


 さっきの怖い顔が嘘だと思えるくらい優しい声でダンテが心配してくれた。

 情けないけれど、それだけで泣けてくる。


「実力を見せろと言われたのですが……何も出来ませんでした。ダンテさんに鍛えて頂いているのに……」


 散々お世話になっている優しくて強いダンテさんの顔に泥を塗るようなことをしてしまった。

 本当に情けない。


「人には向き不向きというのがある。お前はよくやっている」

「…………っ」


 大きな手に頭を撫でられ、とうとう我慢出来なくなった僕は泣いてしまった。

 ダンテさんの優しさが嬉しくて…………でも、悔しい。

 僕なりに頑張って鍛えてきたのに、騎士様には笑われただけで何も出来なかった。

 ダンテさんにも「仕方ない」って思われているのも、本当は悔しいんだ。


「お前、無理をしていないか」

「え」

「剣を握るには、お前は優しすぎる」

「…………」

「ゆっくり休め」


 ダンテさんに見送られ、部屋に戻った僕はただ突っ立っていた。

 一歩も動く気力がない。

 さっきのダンテさんの言葉の意味を考える。


「僕に強くなる見込みはない、ということかな」


 だったら、僕はここで何が出来るんだろう。

 ベアトリクス様に会いたいという不純な動機で転がり込んで、迷惑しかかけていない。

 このままここにいても僕は役に立てない。

 役に立てないのに、優しい人達に甘えていてはだめだ。


「決めた」


 腹を括った僕は荷造りを始めた。

 僕はここを出る。

 もう迷惑はかけられない。

 図々しく居座ることは出来ない。

 この人達は皆優しい。

 出て行くというと止められるだろう。

 皆が寝静まるのを待ち――。


『お世話になりました』


 僕は自警団本部を去った。

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