第2話

 自警団本部の一階は食堂になっているが、夜になると酒場のようになる。

 一応ご飯もあるのだが、注文は酒とつまみばかりだ。

 飲むより提供する側の方が性にあっている僕は、いつも手伝いに入る。

 武力では役に立たないがここでは力になれる。

 出来ることがあると「まだいてもいいんだ」と思える。


「ああ、面白くねえ」


 誰かの苛つく声が耳に入った。

 普段は賑やかで楽しい空気が流れているのだが、今日はいつもとは少し空気が違った。


「全く……勇者のせいで、俺達はしょうもないケンカの後始末ばかりだぜ」


 現在、王都には勇者様が滞在している影響で街中に人が溢れている。

 騎士様も自警団も人と人の間で起こるトラブルに対応するため忙しい。

 更に最近は魔王の影響が出ているのか、魔物の姿も多く見られる。

 でも、魔物については全く心配が無くて、むしろ――。


「勇者は魔物を一人で倒しまくってるらしいぞ」


 王都周辺の魔物退治は王都騎士団の範疇だが、王都を離れたところや自警団の方が顔がきく場所は自警団で魔物退治をしていた。

 日頃の修練の成果を出すことの出来る魔物退治は、ある意味自警団の「ガス抜き」のような役割も果たしていたのだが、勇者様が黙々と魔物を根こそぎ倒しているという。


「聞いたよ。流石にデマだと思っていたが本当らしいな。俺達の出番がねえよ」

「その勢いは凄まじく、森ごと吹っ飛んじまっているらしい」


 森林破壊されているのは大丈夫なのか? と思うのだが、それよりも「さすが勇者様!」という盛り上がりが凄いらしい。


「勇者様歓迎ムードも増す一方だな」

「街の姉ちゃんたちも今まで俺達に散々世話になったくせに、勇者様勇者様うるせえ! こっちのことなんて見向きもしねえ!」

「は! お前なんて今まで見向いて貰ったことねえだろ! それに絵姿が売っていたが、作り物みたいな綺麗な顔をしてたぞ? 俺達が束になったところで敵わねえ。姉ちゃんに迫ったところで、暑苦しいって追い返されるだけだぜ」

「がははっ! 違いねえや!」


 自警団の面々がジョッキを空にしながら大声で笑う。

 小心者の僕は大きな音が苦手だから、この鼓膜に響く笑い声にいつも少し怯えてしまうのだが、今日はなんだかホッとした。

 物騒なことは起こらずに済みそうだ。


 お酒の追加が入ることが分かっているから呼ばれる前に持っていくと、「ありがとよ!」と尻を鷲掴みにされた。

 痴漢のお礼なんて欲しくなかった……。

 ささやかな反抗として怒りオーラを出しながら戻ろうとしたが、次に出てきた話題に思わず足を止めた。


「俺達より断然肩身が狭いのは騎士様達だぞ」

「そうなんですか?」

「お、食いついたな? ちょうど美人の酌が欲しいなと思っていたんだ」


 椅子を引いて座るように促してきたのは自称「情報通」のお喋りが大好きなおじさんだ。


「僕は男ですけど……」

「男だろうがなんだろうが、暑苦しいおっさんどもより綺麗な子の方が何倍も酒が美味い!」

「そうだそうだ!」


 周りの「座れ!」という圧が凄い。

 仕方ないなあ。

 仕事は一段落しているし、気になる話が聞けそうなので座ることにした。


「騎士団の話だがなあ。……ほら。勇者様、好き勝手に動いているだろう?」

「そうみたいですね。それが何か?」

「騎士達は勇者様のお供をするように言われているんだよ。まあ、実質『監視しとけ』ってことなんだろうけど、誰も勇者様を止められないんだ」

「止められない?」

「ああ。話は聞かないし、実力行使で止めようとしても駄目だったらしい。お前の大好きなあの女騎士も相手にすらされなかったそうだ」

「ええええっ!?」

「まあ、聖女と一緒に戻って来た騎士団長が何かと動いてくれているらしいが……」


 あのベアトリクス様が相手にならないなんて、勇者様って凄いんだな。


「ベアトリクス様、大丈夫かな」


 真面目な方だから、職務が全う出来なくて気に病んでいるかもしれない。

 勇者様が凄いことは確かだが、ベアトリクス様を困らせるなんて僕にとっては魔王と同じだ!

 いや、魔王は言いすぎたな……でも困った勇者様だ!


 勇者様に文句を言いたいが、僕のような者が会える方ではないだろう。

 僕に出来ることはベアトリクス様を少しでも癒せるようにお菓子を作ることだけだ。


 ちょうどそろそろベアトリクス様達が訪れる頃だ。

 日持ちのするお菓子をたくさん作って準備しておこう。






「すごお…………」


 僕は目の前で起こったことに、ただただ驚いていた。


 モニカさんにお使いを頼まれた僕は、届けている途中にまたまた酔っ払いに絡まれていた。

 路地に座り込み、大声で騒ぎながら真っ昼間なのに飲んだくれている人がいたので、注意したら逆上されたのだ。

 見て見ぬフリをすることも出来たけれど、自警団にお世話になっている身だ。

 ダンテさんならしっかりと注意したはず!

 そう思い毅然と注意したのだが、大人しく反省してくれるはずもなく――。

 僕も頑張って鍛えてきたし一人だけなら対処出来ると思ったのだが、酔っ払いの方が力が強く、知らない建物に連れ込まれそうになったところで助けてくれた人がいた。


 ベアトリクス様! ……ではなく、背格好からすると僕と同年代の男だ。

 彼は酔っ払いを掴むと、ゴミを捨てるように前にあった川に酔っ払いをぽーいと放り投げたのだ。

 前といっても家二軒分くらい離れていたし、酔っ払いも割と大柄な男だ。

 軽々と投げている光景を見て「今、夢でもみているのかな」と思った。


「あ! ありがとうございます!」


 圧倒されてぼーっとしてしまったがお礼を言っていない。

 慌てて頭を下げる。

 すると川の方を見ていた綺麗な金髪の彼がこちらを見た。


「!」


 その姿に僕は思わず息をのんだ。

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