高嶺の女騎士様にフラれて去った僕は何故か騎士団に捜索されています

花果唯

第1話

「あ、ありがとうございました……」


 荒い息を整えながらお辞儀をする。

 木刀を握る手には力が入らず、足は疲労でぶるぶると震えている。

 走り込み、素振りに打ち合い――。

 基礎練習ばかりだが、ひ弱な僕にとっては今日の訓練もかなりハードに感じた。


 僕は王都の城下町にある食堂に住み込み、料理人の見習いをしてい……た。

 といっても、店主のご夫婦と従業員は僕だけの小さな店なので、なんでもする雑用係のようなものだった。

 経営が厳しくなり、長すぎる休憩時間を貰うようになった僕は、これは「新しい仕事を探した方がいいよ」と言われているんだなと悟った。

 そして職探しの末、行き着いたのが王都城下町の自警団だ。

 今は宿舎に置いて貰ってはいるが仮団員のような扱いだ。


「大丈夫か?」


 訓練教官のダンテさんが苦笑いを浮かべながら声を掛けてくれた。

 ダンテさんはこの自警団の団長でもある。

 身長百七十の僕が見上げてしまうほど大柄で、顔に傷もある強面なので周りから怖がられているが優しい人だ。


「はい!」

「お前、ひょろひょろしているのに根性あるじゃないか」


 バシッと二の腕を叩かれてよろめいた。

 い、痛い……。


「悪い悪い。吹っ飛ばしちまうところだったな」

「流石に吹っ飛びはしません」

「そうか? それは失礼した。……うん?」


 ダンテさんが訓練場の入り口へと目をやった。

 つられて目を向けると同時にざわめく声が耳に入った。

 もしかして……!


「麗しの騎士様が来たか。……って、おい!」


 ダンテさんが声をかけてくる前に僕は走り出していた。

 仕事を探していて自警団をみつけた、というのは嘘ではないが、僕が自警団に入ろうと思った真の理由――。

 それは憧れの人に会えるからだ。


「こんにちは、ベアトリクス様!」


 白銀の鎧、綺麗に肩口で切りそろえられた青銀の髪と強い意志を宿した琥珀色の瞳。

 貴族のご令嬢でありながら騎士になった女傑、王都騎士団団長ベアトリクス様。

 近寄った僕を一瞥すると、そのまま進んで行ってしまった。

 今日もクールで素敵だ……!


「お、来たな。わんこ」

「マルク様、わんこじゃありません! シリルです!」

「おー、そうかそうか。悪かったなあ」

「やめてください!」


 僕の頭をぐちゃぐちゃにして撫で回しているのが副団長のマルク様だ。

 マルク様ももちろん騎士なのだが、砕けたお人柄なのでどちらかというと自警団の人達に雰囲気が近い。

 最近一回り年下のご令嬢と結婚されたそうで、今も普通にしているが幸せオーラが滲み出ている。

 強くて格好良くて地位もあって、幸せな結婚をしている……間違いなく人生の勝者!

 僕にとっては羨ましくて眩しい存在だ。


「悪いな。お前と遊んでばかりいられないんだ」

「ダンテさんとお話があるんですよね? 分かっています。失礼しました」


 頭を下げるとマルク様は軽く手を上げて奥へと進んだ。


 ベアトリクス様とマルク様は王都を守る王都騎士団のトップだ。

 城下町を守っている自警団の団長であるダンテさんの元に定期的に話を聞きに来る。

 他の国や街では、自警団と騎士団は反発関係にあったりするが、ここでは協力しあっている。


 それはベアトリクス様とダンテさんの人柄が良いから出来ることだと思う。

 広い王都の全てを騎士団が端から端まで隙間なく見張ることは難しい。

 騎士団の目が届かないようなところを自警団が見ているのだが、貴族の出が多い騎士団が自警団を容認するようなことは中々出来ないだろう。


 また、ダンテさんも何かと上から物を言う騎士相手に謙ることも反発することもなく、相手を見極めて行動をしているのが凄い。

 それぞれの組織の長がこの二人だからこそ魔王に怯えているこのご時世でも、王都周辺は平和でいられるのだ。

 僕がベアトリクス様に憧れるようになったのも助けて貰ったことがきっかけだ。


 僕は今年で十七なのだが身体の線が細く、女顔なので変な輩に絡まれることが多い。

 あまり訪れない賑わった大通りの人混みで疲れて道端で休んでいると、家で休憩させてやると言う知らない男にどこかへ連れて行かれそうになった。

 力で勝てず引き摺られるように手を引かれ、泣きそうになっている僕を助けてくれたのがベアトリクス様だったのだ。


 ベアトリクス様は女性にしては背が高い方だが、僕を連れて行こうとしていた男よりは一回り以上小柄だ。

 だが、剣を抜くこともなくあっさりと男を倒してしまった。


 その姿は気高く、美しい――。

 僕は一目で恋をしてしまったのだ。

 その時は名前を聞くことすら出来ず、去って行く背中を見つめることしか出来なかったが、有名人だったのですぐに見つけることが出来た。


 憧れの人と会える場所、新しい生活の場として自警団の本部で暮らし始めた僕は、ベアトリクス様がやって来る度に手作りお菓子を渡している。

 特技を生かして顔を覚えて貰う作戦だ。


 最初は受け取ってくれなかった。

 二回目も受け取って貰えなかったのでマルクさんに渡した。

 三回目、四回目もマルクさんに渡したが、五回目で「美味しかった」とぽつりと呟き、受け取ってくれた。

 渡したけれど食べてくれているとは思わなかった僕は吃驚。

 目を丸くしてベアトリクス様を見ると、もう一度「美味しかった」と言ってくれた。

 ベアトリクス様が喋った! と感激してじーっと見ていると、また「……美味しかった」と言ってくれた。

 ええええっ三回もー!?

 嬉しさで動けずにいる僕と、「美味しかった」を繰り返すベアトリクス様を見て、何故かマルク様がお腹を抱えて笑っていたのは不思議だったけど、あの時は本当に幸せだったなあ。


 それからは毎回受け取ってくださるようになった。

 受け取る時は律儀に「美味しかった」と前回の感想も言ってくれる。


「今日も受け取ってくれるかなあ。あ、出てきた」


 凛々しい姿を見つけた瞬間に駆け寄る。


「ベアトリクス様! 今日はパウンドケーキにしてみました」

「……ああ」


 言葉が少ないのはいつも通りだけど、いつものような覇気がない。

 随分疲れている様子だ。


「ベアトリクス様! 今度はベアトリクス様の好きなアップルパイにしますね!」

「……私は君にアップルパイが好きだと言ったか?」

「え? あ、いえ。アップルパイの時の『美味しかった』がいつもより笑顔だったので……。違いましたか?」

「笑顔? いつも真顔だろ。リクス様の表情筋は死んでるからな」

「マルク、お前は黙っていろ。……シリル、次も楽しみにしている。そして先程は失礼した。前回の報告を怠ってしまった。いつも通り美味しかった。配給、感謝する。では、失礼する」


 そう言うとベアトリクス様は颯爽と去って行った。

 僕はかっこよすぎる背中をぽーっと見惚れながら見送った。

 ベアトリクス様成分をたくさん補充出来たから、これでまたしばらくは生きることが出来る……。


「報告! 配給!」 


 先に行ってしまったベアトリクス様の方を見ながら、マルク様が吹き出した。


「ベアトリクス様らしいです!」


 普段でもあの凜々しさ!

 ブレない姿に憧れる!


「まあ、確かにな。お前がいてくれるからあの人も人間だなーって思えるよ」

「はい? あ! ベアトリクス様、疲れているようでしたが、大丈夫なのでしょうか」

「あー……最近リクス様も俺達も、色々あって鬱憤が溜まっていてな」


 騎士様には僕なんかには分からない苦労が色々あるのだろう。


「……そうなんですね。ご苦労がたくさんある中、街を守ってくださってありがとうございます!」

「はああ~~~~圧倒的素直! お前は可愛いなあ!」

「マルク様! い、痛いです!」

「あの勇者もお前くらい可愛げがあったらなあ……」

「?」


 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられ、脳震盪が起きそうになった。

 騎士様は力が強いなあ。


「じゃあな!」

「はい。さようなら」

「おう! またな!」


 マルク様はニカッと笑い、軽く手を上げて去って行った。

 格好いいなあ。


「マルク様、素敵ねえ。私ももう少し若ければ……」

「モニカさん!」


 隣を見ると、いつの間にかダンテさんの奥さんであるモニカさんがいた。

 頬に手をあてながらマルク様の背中を見送っている。

 モニカさんは団員みんなのお母さ……お姉さんのような人だ。

 団員の身の回りのことを手伝ってくれたり、食堂を切り盛りしている。


「何言っているのよ。お母さん。若くったってだめよ。マルク様にも選ぶ権利があるんだから!」


 背後から現れ、モニカさんに辛辣な言葉を浴びせているのはダンテさんとモニカさんの長女、ナターシャさんだ。

 目はキリッとしているダンテさん似だが、面倒見の良い性格はモニカさん似だと思う。

 歳は僕より一つ下なのだが、僕よりしっかりしている。


「まあ、確かにね! 仕方ない。堅物の旦那で我慢しておくか。剣を持っているときはかっこいいしねえ。あんたは剣より包丁が似合う人が好きみたいだけどね?」


「ね?」とモニカさんが同意を求めてくる。

 そうなんですか?

 僕は知りません。


「なっ! うるさい!」

「うかうかしていると他の子にかっ攫われちゃうよ? 案外狙っている子は多いからね。ここの男臭い連中とは違って綺麗で気が利いて優しいからさ」

「わ、分かってるわよ!」


 親子の賑やかなやりとりを見ていて和んでいるとナターシャさんと目が合った。


「べ、別にあんたの、シリルのことじゃないから!」

「え? あ、はい。大丈夫です。もちろん分かっていますよ!」

「…………っ」


 大きく頷くと、ナターシャさんは顔が真っ赤になるほど歯をギリリと噛みしめた。

 え? どうしてそんな険しい顔になるんだ?


「あんた! そういうとこ! そういうとこよ!」

「?」

「そういうところが嫌いなのにー!」


 そう言うとナターシャさんはオーガのような貫禄でどすんどすんと床を踏みしめながら去っていった。


「よく分からないけどごめんなさい?」

「ふはっ! 気にしない! 嫌いも好きも紙一重、ってね! 全く、難儀なものだねえ」

「ありがとうございます?」


 よく分からないことばかりだから、ふわふわした返事ばかりしてしまう。

 詳しく聞くべきか迷ったけれど、モニカさんの口から「私も若い頃は……」という話が長くなるお決まりの言葉が出てきたので、用事を思い出したとその場を切り上げた。

 モニカさん、ちゃんと聞けなくてもごめんなさい。

 ダンテさんにたっぷり聞かせてあげてください。


 あ~今日も平和だなあ。

 手の豆は潰れて痛いし筋肉痛も辛いけど、もうちょっと素振りでもしようかな。

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