第4話

 情けない自分が嫌になり、自警団本部を出た僕は――。


「行き場がない! 仕事がない!」


 絶賛路頭に迷っていた。


「僕の駄目なところ~~ひ弱~~僕の駄目なところ〜~ああ無職〜~…………はああああぁ」


 即興自虐曲……虚しい……。


 自警団を出てまず思ったことは、「強くはなれないかもしれないけれど誰かの役に立てるような自分なりたい!」だった。

 強さといっても腕力ではなく、心とか……心……。

 どうしよう、精神的にも強くない!

 そ、そうだ、生命力はどうだろう。

 何日か飲まず食わずでも生きていけるんじゃないだろう!

 ひ弱だけど!


 ……やっぱりだめだ。

 強さってなに!?


「将来のことを考えるにしても、まずは生活基盤を整えなきゃなあ」


 住む場所もないので住み込みの仕事を探したのだが見つからない。


「全く見つかる気配がない!」


 今、王都は人が溢れているし、飲食系や宿屋で雇って貰えそうだと思っていたのだが……。

 そういうえば自警団に行く前も探したけれど中々見つからなかったんだった。


「上手くいかないなあ」


 僕は何て駄目人間なのだろう。

 重い息を吐いた瞬間にお腹もぐーと鳴った。

 悲しいことに駄目人間でもお腹は減るのだ。


「お弁当食べよう」


 自警団を出る前に、買い置きしていた食材でお弁当を作った。

 中途半端に残して行っても迷惑だろうし、自分で買った食材は使い切ろうと思って作ったら、一人で食べきれないくらいになってしまった。

 皆の朝ご飯の足しにして貰おうと思って置いてきたんだけど、皆食べてくれたかなあ。


「うぎゃ」

「うわっ」


 皆の顔を思い浮かべて歩いていたら、何かに躓いてしまった。

 転ぶことはなかったけれど、何が……って。


「わあっ、人だ! ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 僕が思いきり蹴飛ばしてしまった大きな黒い塊は、黒いローブを着た女の人だった。


「わあああ! すみません! すみません! 生きていますか!?」

「お腹空いた……」

「え?」


 蹴り殺してなくてよかった、生きていたよ!

 一先ず安心したけれど、今「お腹空いた」って言いました?

 もしかして、お腹が空いて行き倒れていたのかな?


「お弁当、食べます?」


 蹴ってしまったお詫びに、お弁当を差し出したら――。


「食べる」


 ギラギラと血走った目で見つめられた。

 怖っ!

 思わず身を引いたら、手首を捕まえられてしまった。


「本当に食べていいのね?」

「い、いいですけど……」


 僕が頷いた瞬間にお弁当は奪われた。

 その場に座り込んで食べ始めようとしたので、慌てて近くにあった階段に引っ張っていく。

 階段も綺麗じゃないけれど、路地のど真ん中でお弁当を広げるよりはいいだろう。

 横道へ続く短い階段に腰掛ける。

 うん、ゴミは落ちていない。

 早速お弁当に手をつけ始めた女の人をちらりと盗み見る。


 ローブを着ているから魔法使い?

 歳は二十代……くらいかなあ。

 多分ベアトリクス様と同じくらいだと思う。

 眼鏡をかけていて、紫色の髪はまとめて大きなお団子にしている。

 キリッとした目つきもベアトリクス様と似ているけど、こちらのお姉さんは知的な感じだ。

 行き倒れなんてしそうにないのだが……。


「うっ……うまああああっ! 人間の食べ物だよおおおお」


 エリートっぽい外見とは正反対のテンションでむしゃむしゃお弁当を食べている。

 こう言ってはなんだけれど……ちょっとがっかり感がある。

 人間の食べ物?

 今まで何を食べていたの?


「本当にありがとう! 仕事し過ぎて食べていないの忘れてたの。助かったわ。でも、貰って良かったの?」


 僕もお腹が減っていたけれど、行き倒れるほどじゃない。


「はい。どうぞ。僕の手作りで申し訳ないですけど」

「嘘!? 君の手作り!? すっごい美味しいし最高じゃない!」


 よく分からないけれど喜んで貰えました?


「んぐっ、凄い荷物ね? 旅行者?」

「いえ。住み込みの仕事を探していて……」

「なんですって! これは……運命ね」


 あの、食べながら喋るのはやめて。

 行儀悪いですよ。


「君!」

「はい!」


 ダンテさんが指示を出す時のような張りのある声で呼ばれたので、思わず姿勢を正した。


「あたしのダーリンになる気はない?」

「皆無です」

「即答ね!」


 突然何を言い出すのか。

 考えるまでもないので即答だ。


「だって、ダーリンって恋人ってことでしょう? 会ったばかりの人とお付き合いだなんておかしいです」

「おかしいわよ」

「ですよね。だから……え?」


 話の流れからすると「おかしくない!」と言われると思ったのだが、どういうこと?


「でもね、今のあたしは癒やしが欲しいの、癒・や・し! 分かる!?」


 グイッと近づけてくる顔を見る。

 確かに疲労の色が濃く見える。

 食べるのを忘れるくらい激務のようだし……。


「クマ、酷いですね。仕事、大変なんですか?」

「大変なんてもんじゃないわ! あの悪魔勇者のせいで徹夜続きよ!」

「悪魔、勇者様?」


 僕も勇者様にいい感情がない方だけど……悪魔って?

 世界を救ってくれる人だよ?


「あたし、王都の魔法研究所に努めているんだけどね。目つきの悪いクソ上司がね、何故か勇者と仲良いのよ」

「へえ! 勇者様と仲が良いなんて凄いですね」

「凄くなんかないわよ! 迷惑!」

「そ、そうなんですか?」

「勇者ってば『転移の魔法を今すぐ開発しろ』なんて無茶苦茶なこと言うのよ!?」

「転移……というと、遠くに一瞬で移動出来る魔法ということですか? そんなこと出来るんですか!?」

「出来るわけないでしょ!」

「そ、そうですよね……」

「でも勇者のせいで、出来るようになる糸口を見つけちゃったのよ! 目つき極悪上司と一緒にね!」

「へえ! 凄い!」

「凄い凄いって、あなたねえ!」

「すみませんっ」


 凄いと思ったからそのまま言ってしまっていたけれど、気を悪くさせてしまったようだ。

「大変だ」って言っているのに、無責任に凄い凄いと言われるのが嫌だったのかな……。


「そうよ、本当に凄いのよ! 凄いことなのよ!」

「ごめんなさ……え?」

「だから悲しいことに……あたし達も身体はボロボロなのについつい働いちゃうのよ! 研究意欲に生命維持機能をぶっ壊されてしまっているのが私達魔法研究員なの! ……ってその憐れむような顔はやめてっ」

「すみません」


 だって、なんだか情緒不安定な感じだし、激務の後遺症なのかなあと思って。


「働きたくないのに働いてしまうなんて病気ですか? 治す魔法はないんですか? 可哀想……」

「嫌味じゃなく純粋に可哀想って言うのやめてえっ!」


 僕の何が悪かったのか分からないが、女の人は頭を抱えてしまった。

 でも、口はもぐもぐしている。

 悲嘆に暮ながらも栄養補給するなんて、研究者さんて凄いなあ。

 あ、また凄いって思っちゃった。


「とにかく! そういうことで、あたしには癒やしがいるの! 分かった?」

「は、はい」

「仕事から疲れて帰ると出迎えてくれる美少年と美味しいご飯! 綺麗な部屋に清潔なシーツ! 最高! この世の全ての幸せ、ここにあり! これがあれば全てに勝つ! あたしは覇者! 勇者だってぶっ飛ばす! ……ってそんな顔で見ないでって言っているでしょう!」

「あの、ちゃんとお休みを貰うか病院に行った方が……」

「まじめな心配とアドバイスは一番堪えるからやめて! まあ、ダーリンっていうのは冗談で、衣食住を提供するから家のことをしてくれない? って話」

「はあ」


 そういうと女の人はローブの中からカードを出し、僕に渡した。

 あ、これは身分証明書だ。

 確かに『王都魔法研究所副所長サラ』と書いてある。

 サラさんか…………って、え?


「副所長!?」


 驚いて女の人――サラさんを見ると、ぱちんとウィンクを飛ばされた。

 ウィンクはともかく、本物のエリートだ……凄い。

 一番凄い「凄い」だよ!


「あたしの家、広いから。掃除したりご飯作ったりしてくれたら家賃は取らないし、給料も払うわ! あと独り身で寂しくて猫を飼っちゃったんだけど、思っていたより家を空けるようになって心配なのよねえ。あの子の世話もしてくれたら嬉しいわ」

「住み込み家政夫って感じですか?」

「そうそう。そういうことよ! でもトキメキのエッセンスも欲しいからダーリンって呼ぶの。あ、君って恋人がいる? いるんだったらダーリンって呼ぶのはまずいわよね。ごちそうさま。美味しかったわ」


 結構な量があったのだが、空っぽになったお弁当箱が返ってきた。

 これだけ綺麗に食べてくれると作り手としては嬉しい。

 だが、喜んだのは束の間。

 恋人という言葉を聞いて、もう見ることは出来ないベアトリクス様の姿が浮かんだ。

 チクリと胸が痛くなる。


「……あはは。失恋したばかりです」

「ふうん?」


 サラさんは横目で僕をジーっと見ていた。

 バリバリ仕事をしている優秀な人からしたら、つまらないことだと思われちゃうかな。

 とにかく、ベアトリクス様のことはもうあまり考えないようにしよう。

 悲しくなってなってしまう。

 そうだ、水筒にお茶があるからサラさんに出してあげよう。


「じゃあ、お姉さんとラブストーリー始めちゃったりするう?」

「無理です」

「即答はやめようね」


 またサラさんが突拍子もないことを言ってきたので無意識に答えた。

 サラさんも本気で言っているわけではないのでケラケラと笑っている。


「すみません。でも、他の人のことを好きになるなんて考えられなくて……。多分一生ないかな。あ、お茶もどうぞ」

「ありがとう。……そっかあ。でも、ラブストーリー現在進行形ってにおいがするわね! はあ、細胞潤うぅ」

「?」

「うんうん。お姉さんを当て馬にして幸せになりなさい! 時が来れば良い感じに走ってあげるから!」

「??」

「大丈夫、勘はいいの。研究にも勘はいるからね」

「はあ」

「君のラブストーリーでヒロインの障害となる悪女――それがあたし」


 お茶を飲み干したサラさんは立ち上がり、突如演技のようなものを始めた。

 今度は何だ?


「急にどうしたんですか? まだ他にも病気が?」

「ストーリーを楽しんでいる読者がいるとすれば、みんな私のことが嫌いになるでしょう」

「もしもーし?」

「でもね! たまにいるじゃない? 嫌われてボロクソに言われているキャラに『俺は好きだよ』って言っている人」

「うん?」

「あたし、その人と結婚する」

「……何の話ですか?」


 とてもお喋りが好きな人だということが分かった。


 この人と上手くコミュニケーションを取れるのか不安はあるが――。

 行き場のない僕は、しばらくサラさんのおうちでお手伝いをさせて貰うこと下のだった。




 シリルがいなくなった日。

 早朝の自警団では――。


「あ、あんた! 大変だよ! シリルが出て行った!」

「…………は?」


 モニカの叫び声に自警団が凍りついた。

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