第8話

 帰って行くマルク様の背中を見送った。

 サラさんに用事があったのかな?

 それとも、やっぱり目的は僕?

 他の騎士様まで引き連れてどうしたのだろう。

 僕は知らない間にとんでもない罪を犯していたのだろうか……!


「見つかるのが怖いな」


 洗濯をしていたら見つかったりしないかな。

 出来るだけ屋敷の中で作業をしておこう、と思ったのだが……。


「サラさん! お弁当忘れてるし!」


 あれが食べたいこれが食べたいと、色々リクエストを貰ったから気合を入れてたくさん作ったのに!

 魔法研究所は行ったことがないけれど、お城のすぐ近くだから分かる。


「届けに行った方がいいよね」


 見つかりたくないから行きたくないけど、行きたくないけど……!

 なるべく見つからないようにして行くしかない。

 ……変装でもするかな。




「一杯付き合ってくれ、って言っているだけだろう?」


 あー……どうしてこうも絡まれるかなあ。

 僕の絡まれ属性は今日も抜群に力を発揮している。

 赤い髪が目立つから、サラさんの持っていたストールを頭に被って来たのだが、余計に目立ってしまったようだ。


「あの、急いでいるので……」

「ちょっとでいいんだ。な?」


 うっ、お酒臭い!

 思いきり顔を顰めると、絡んできていた酔っ払いが怒り始めた。


「なんだあ? お高くとまりやがってこのアマァ!」

「いや、男ですけど……」


 サラさんのストールを被っているから最初は間違えたかもしれないけれど、そろそろ気づいて欲しい。

 持っているお弁当を傾けたくないから、あまり動きたくない。

 走って逃げるしかないと思ったのだが、手首を掴まれてしまった。


「離してください! 困ります!」


 掴まれている手首は痛いし、元々痛めていた腕も疼く。

 泣きそうになっていると、複数の足音が聞こえてきた。


「そこの男、何をしている!」


 誰か助けに来てくれた! ……と思ったら騎士様達だった。

 見回りをしていたのかもしれない。

 助けてくれるのは有り難いけれど、捕まったらどうしよう!?


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「あ、どうも……ありがとうございます……それでは!」


 お弁当を抱え込んで猛ダッシュだ。

 逃げろー!


「今の子は……男か?」

「もしかして、例の子じゃないか?」

「おい、君! 止まれ!」


 止まれと言われて止まれるのは、後ろ暗いことがない人だけです!

 僕は後ろ暗いことをした覚えはないけれど、何やら疑われていうようなので止まりません!

 お弁当ぐちゃぐちゃになりませんように! と祈りながら、全力で逃げた。




「この道であっているかな……」


 騎士様達をまくために横道にそれたのだが、知らないところに来てしまった。

 お城が見えているから方向は間違っていないはずなのだが、いつの間に道はなくなっていた。

 木が多いけれど綺麗に手入れされているから、どこかの大きな庭に迷い込んでしまったのかもしれない。

 お金持ちのお屋敷だったらどうしよう。

 侵入者だと思われたら本当に犯罪者になってしまう。

 とにかく道に出よう。

 人に見つからないようにこそこそしながら進む。

 よし、近くには誰もいな――。


「君」

「わああああ!!!!」


 誰かに見つかったー!

 びっくりしすぎて落としそうになったお弁当を慌てて抱え直す。

 人の気配なんて全くなかったのに……!


「すみませ……僕は不審者じゃ…………あ!」


 振り向くと立っていたのは以前助けてくれた金髪美形の格好良い人だった。


「あの時の! あのあと無事おうちに帰れましたか?」

「…………」

「ええええ!? どうしました!?」


 金髪の彼は目が合った僕に軽く微笑んでいたが、質問した途端にその場にしゃがみ込んでしまった。


「帰りたい……」

「え!? まだ帰れていないんですか!?」

「出稼ぎに来ているから。仕事が終わらないと帰れない」

「そうなんですね……」

「帰りたい……」


 余程帰りたいんだろうなあ。

 出稼ぎに来ているなんて、苦労しているんだな。


「あの、元気を出してください。よかったらこれをどうぞ!」


 いくつかに分けているお弁当の中から、サンドイッチを入れている包みを取り出して渡した。

 香辛料で味付けしたお肉をドーンと挟んであるから、スタミナもボリュームも満点だ。


「肉……」

「あ、嫌いでした?」

「いや、肉料理は彼女がよく作ってくれたから。思い出して……」

「あ、彼女さんがいるんですね!」

「……正確にはお嫁さんになってくれたばかりなんだ」

「新婚さんですか! じゃあ、ほんとに早く帰ってあげないといけませんね! それ食べて頑張ってください! お嫁さんの手料理には敵わないと思いますけど、美味しく出来ているはずですから」


 金髪の彼はサンドイッチをジーっとみながら泣いている。


「僕の彼女は素材の味を生かすのが上手いんだ」

「そうなんですか。素敵ですね」

『……ものは言いようだのう』

「?」


 あれ、僕らの他に誰かいる?

 女の人の声が聞こえた気がしたけれど……。


「どこに行ったんだ?」

「まだ近くにいるはずだ!」

「!」


 きょろきょろしていると、慌ただしい声と足音が近づいてくるのが聞こえた。

 きっとさっきの騎士様達だ!


「あ、僕、急いでいて! 魔法研究所はどこか知りませんか!?」

「すぐ近くだけど……追われているのか?」

「えーと、そのー……」


 追われていると答えたら捕まってしまうかもしれない。

 どう答えよう。


「僕もだ」

「え」

「いたぞ!」


 どういうことだ? ときょとんとしている間に見つかってしまった。


「少年! 大人しく我々について来て…………。な!? 勇……! うああああっ」

「!!!?」


 僕を捕まえに来た騎士様達が金髪の彼を見て驚いたその瞬間、バリバリと雷のような光が彼らを襲った。

 そしてバタバタと倒れていく騎士達――。

 一体何が!?


「ちょっと麻痺させようと思っただけなんだけどな……」


 隣にいる金髪の彼が呟いた。


「あなたがやったんですか?」

「うん。ごめん、微調整は苦手なんだ」

『死んではおらん。気にするな』

「そうだね」


 ええー……?

 またどこからか聞こえてきた声と、金髪の彼が会話している?

 軽い感じでいるけど、いいの?

 騎士様達気絶しちゃってますが。


「急いでいるんだろう? あっちに行けば良い」

「あ! ありがとうございます!」


 騎士様達が気になるけれど、目を覚ましたら捕まってしまう。

 逃げるなら今のうちだ。

 金髪の彼にお礼を言い、またお弁当を抱え直して走った。


『気をつけて行けよ。可憐な美少年』


 この声は?

 彼が持っている凄そうな剣から聞こえたような気がしたけれど……気のせいかな?






「ダーリン、大丈夫!? なんだか外が騒々しかったけれど、悪魔に会った!?」

「悪魔? いえ」


 金髪の彼が教えてくれた通り、魔法研究所はすぐ近くにあった。

 庭かなと思った場所は研究所の敷地内だったようだ。

 建物に入ってすぐにいた人にサラさんを呼んで貰うと、すぐに走って出てきてくれた。


「お弁当、忘れちゃっていたのね。危うく休憩時間に絶望するところだったわ。ありがとう! 丁度お昼の時間だし、一緒に食べましょう。食堂にテラスがあるからそこに行こうか」

「いいんですか? 僕、部外者ですけど……」

「ふふっ、もう身内も同然でしょ!」


 サラさんがパチンとウインクを飛ばしてくる。

 ウインクするの、お気に入りなんだな。


「君」


 スキップで先を行くサラさんのあとを追おうとしたら、背後から呼び止められた。

 振り返るとそこには騎士様達がいた。

 先程の騎士様達とはまた違う顔ぶれだ。


「君を連行する」

「ど、どうしてですか?」

「君を捉えよと指示が出ている」

「この子が何をしたっていうんですかあ?」


 怯む僕と騎士様の間に、仁王立ちしたサラさんが現れた。

 サラさん、なんだか格好いい……!


「あなたは?」

「王都魔法研究所副所長のですけど、何か! 勇者様のお供をしなくてこんなところでナンパをしていていいんですか?」

「ナンパではない!」

「勇者様なら先程出て行きましたよ? 勇者様を追いかけた方が評価されるのではー?」


 サラさんの言葉に顔を見合わせていた騎士達だったが、少しすると大人しく出て行った。

 サラさんが進めた通りに勇者様を追いかけたのかもしれない。


「いいんですかね?」

「何が? ああ、今の奴らを勇者にけしかけたこと? あの勇者なら平気よ~。むしろ困れ!」


 本当にいいのかなあ。

 見知らぬ勇者様、ごめんなさい。


「すみません。騒ぎを起こしちゃって……」

「いいのよお。さ! お弁当を――」

「シリル! こんなところにいたとは……!」

「え? マルク様?」


 騎士様達は去ったのに、今度はマルク様が現れた。

 マルク様なら乱暴なことはしないと思うけど、なんだか顔を合わせ辛い。

 よく分からないけれど騎士団に追われているし、また迷惑を掛けてしまっているのかも……。


「大変なことになっているんだ。お前が来てくれないと!」

「なんですか、あなた。あたしのダーリンに何かご用? あたし、お腹空いたんですけど!」

「ダーリン……」


 サラさん、お弁当を早く食べたくて苛々し始めたみたい。

 さっきよりも覇気のある仁王立ちで僕とマルク様の間に立っている。


「ねえ、シリルの失恋相手ってこの男前?」


 俯いてマルク様の視線から逃れている僕に、サラさんが囁いてきた。


「そんなわけないでしょ!」

「あはは、だよねえ」


 こそこそとやり取りをしていると、マルク様が近寄ってきた。

 僕は思わず緊張してしまう。


「シリル。リクス様と話をしてくれないか」

「僕には合わせる顔がありません」

「そんなことを言うなよ。多分、何か誤解があるんだ」

「会えません」


 マルク様の顔を見ることは出来なかったけれど、自分の意思ははっきりと答えた。

 僕は絶対に会わない。

 今の僕では会えない。


 黙ったままでいると、マルク様は去っていった。

 ……これでよかったんだ。




「さあ、食べましょうか」


 魔法研究所にある食堂のテラスは、王都のお洒落な喫茶店に負けないくらい綺麗だった。

 触り心地の良い木で作られた丸いテーブルにお弁当を広げる。

 二人で食べるにしても多い量だけれど、サラさんは凄い勢いでもぐもぐと食べていく。

 反対に僕は色々考えてしまってあまり食が進まない。

 そんな僕をちらちらと見ていたサラさんが、一旦手を止めると聞いてきた。


「ねえ。ダーリンの失恋相手って騎士団の女王様?」

「女王って……」

「ベアトリクス様でしょ?」

「そうですけど……」

「へえ。怖い物知らずなのねえ」


 そう零すとまた食べ始めた。

 怖い物知らずってどういう意味なんだろう?

 似たような言葉で言うなら……。


「身の程知らずじゃなくて?」


 感じの悪い騎士様に言われたことを思い出し、胸にずーんと重いものが乗った。


「あら、自虐? そういうのは君には似合わないわよ。無謀なくらいが似合ってるから、怖いもの知らずの方がいいわ」


 そういうとまたお気に入りのウインクを飛ばしてきた。

 身の程知らずじゃなくて怖い物知らず、かあ。

 よく分からないけど、サラさんなりに励ましてくれているのかな。

 ……よし、僕も食べよう!


「ねえ、ダーリン。今夜はシチューがいいなあ」

「分かりました!」


 サラさんにはお世話になりっぱなしだし、張り切っておいしいのを作ろう。


「どうやら、当て馬は今が走り時のようね……」

「はい?」

「お姉さん、出走しまーす! って話!」

「?」





 シリルと話した後、通常業務の見回りも終えて騎士団に戻ったマルクはまた頭を抱えていた。


「困った……」


 まだ付き合いは短いが、シリルは一度言い出したら曲げない性格だろう。

 シリルの方から動いて貰うのは難しそうだ。

 それに魔法研究所副所長との関係もよく分からない。

 ダーリンと呼んでいるようだが、シリルの性格を考えれば恋人関係ではないとは思うのだが……。


「リクス様にはなんて説明しよう」


 ダーリンと呼ばれているとシリルを見るとどうなるか――。


 今朝のシリルを見つける前の上司の様子を思い返す。


『マルク! も、もしかして私は……シリルの告白に拒否をしたのではないか!?』

『あ、気づいちゃいました?』


 親愛の好意を受け流してしまったと思っていたが、実際は愛の告白をお断りしてしまっていることに気づいた上司は、顔を真っ青にして愕然としていた。

 外の風にあたって落ちつきを取り戻していた上司だったが、それに気づいてしまってからはずっと落ち着きがなくそわそわとしていた。

 扉には幾度となく激突しているし、書類は逆さまに持ち、食事の時はフォークで色んなところを突き刺していた。

 孤高の女騎士、騎士団の女王と言われていた人だとは思えないポンコツぶりである。

 こんな状態の時に魔物が出たら大変だ。

 早く元に戻って貰わなければ……。


「おのれ……シリルを誑かす悪党め! シリル! すぐに助ける!」

「うわっ」


 何事だ!?

 団長室の扉を開けようとした瞬間、中から飛び出してきた上司がどこかへ駆けて行った。

 嫌な予感しかしない。


 部屋の中を見ると、茫然としている部下と目が合った。


「リクス様はどうしたんだ?」

「それが……。先程魔法研究所から手紙が届きまして……」


 問題の手紙を受け取り、目を通したマルクは顔を顰めた。


『拝啓、王都騎士団長様。シリルのことはご心配なく。ダーリンはあたしのお世話で忙しいので、あなたには構っていられません。ダーリンに用があるならあたしを通してくださいませ! 魔法研究所副所長、シリルの恋人サラより』

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