第63話 A.D.4020.戦いの美学

「もーー、攻撃が下手過ぎ! 私の素養が疑われちゃうわ!」

 ヘルダイバのコークンよりかなり大きな、それでも重力の糸によって柔軟に強固に結合されたパイロット室で悪態をつく褐色の女。フィフス。


 前の席に座るショーカットの女の子が前方のメインスクリーン見ながら、機体の制御を行っている。敵イーグル小隊からの砲撃をかわした直後に、フィフスに言い返す。


「攻撃はフィフスが担当でしょ! あたしは移動と制御が専門なんだからね!」

「なによリン。私は大けがしてすぐには操縦できないの! 見たらわかるでしょう!?」


 フィフスの両腕は肩から指先まで酷い傷を受けており、コクピットに備えれらている緊急治療システムで治療中だった。


「大体さ、目立ち過ぎだし悪乗りしすぎだな」

 ショートカットのリンの横に座る、細面で黒い髪を指で梳かす、東洋的な美少女がフィフスに自業自得だと言う。


「うっさいよ。アイアンサンド。おまえの説教と悲観主義は、ハイスクールの先生を思い出してゲンナリだよ」

「フィフスはハイスクールなんて行ってないだろ」

 アイアンサンドの答え。

 左右の腕に透明な治療用のチュウブを巻き、細胞再生剤を直接流し込む、フィフスが痛みに顔を歪ませて不満を言う。

「痛いなぁこれ……学校なんて行かなくてもネットの動画で見てるからわかるさ」


 フィフスドールの操縦は三人で担当する、小柄なリンは移動を主に担当する。長身で長い黒髪のアイアンサンドは防御を主に担当。

 攻撃はフィフスが担当していた。


 驚くべきなのはリンとアイアンサンドの二人は人間であった。


 西暦四千年に副操縦士は人工知能であるラバーズが普通であり、大型機体にはドールを搭載するのが常識だった。

 どちらも人間より優れたタレントを持っているからだ。


 しかしフィフスは違っていた。

「私の言いなりに死ぬ人形は気持ち悪い。戦いで弱音を吐きながら、文句を言いいながら、覚悟を決める。そんなのがいい。だから人間がいい」


 ドールでありながら戦争の中で見せる美学。

 決して上等な装備や華麗な作戦ではなく、ギリギリの死線を越えていく。

 その為には反抗も嘘も見苦しさも、許されるし、それこそが戦いの美学だとフィフスは思っていた。


「すべてに必死であること。そこから生まれるギリギリ感がたまらない」


 死ぬことも忠誠だとプログラムされている、ドールやラバーズにはない事。

 死にたくないからどんな作戦も行える。

 人間の生への失着をフィフスは度重なる戦いで感じていた。


「ねえ……死ねる? リン。私の為に」

 フィフスの不意の質問。だがこの手の言葉にはなれている。


 従順な口調でリンが答える。

「はい。もちろん嫌です」

 あはは、フィフスが大笑いした。

「リンらしい。じゃあ、アイアンサンドにも聞くけど……」


「私に聞いても無駄だぞ。答えはリンと同じだ」

 フィフス悪戯ぽく目線を長い髪の少女に変えた。

「フフ、そうね。じゃあ、あなたは死ねるアイアンサンド? ”あたしたち”の為に」


 フィフスの言葉に人間の少女は一瞬戸惑いを見せた。

 それに反応して喜んでいるフィフスにやられた感を見せたアイアンサンド。


「フィフス……喜び過ぎだ。私が困るのを喜んでいるようだが、答えはNoだ。私は死なない」

 ほう、感心した表情のフィフスに、アイアンサンドが続きの言葉を発する。

「全員で生きて帰る。一人では死なない」


 フィフスが円満の笑みを浮かべた。

「これだから人間は面白い。戦う価値がある相手で仲間でもある。感情を持つ人間こそが戦いにふさわしい戦士なのさ」


 フィフスは傷の度合いが少ない、右手で操縦パネルに触れる。

「痛いな……でも」

 激痛が走るがこの瞬間が生きている証拠だと感じられる。


「リン、アイアンサンド、戦闘に復帰するよ。攻撃システムをこっちに回して」


 フィフスの言葉に、上空からのシュテレイ隊の、高出力ビームを防御シールドで受け止めながら、システムの調整を瞬時に行ったアイアンサンド。


「了解……だが無理は禁物だぞ。撤退でもいいからな」

 アイアンサンドの無表情な口調が、フィフスの体に気遣いを見せる。


「ほんと人間って面白い。破壊と融和が矛盾なしで存在する、悪魔と天使、その両方を持つ。だから強い」


 フィフスが操るパネルが真っ赤に輝き始める。

 戦闘モードに移行した輝きに高揚したフィフスの表情が写る。


「さあ、リン、アイアンサンド。これからは私たちのターンだ。いくよ!」

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