第24話 A.D.4020.感情の開放

牛肉を沢山買って、セブンスの歓迎会をすると言うクロム。


 かなりの高速でクルーズ中のモーターサイクル、ハヤブサの上でセブンスが尋ねる。


「歓迎会って何? だって私は誘拐された感じだし、パーティーならシャンパンと大きなケーキが足りないよ」

 横を走るクロムがセブンスの言葉に笑った。クロムが乗るモータサイクル、大型でタンクには「NINJA」と書かれていた。K社が最後に発売した内燃機関ガソリンで動くマシン、V型3.5リッター800馬力。


「ケーキ? シャンパン? そんなもんはいらん。火をおこして、肉を焼く。厚く切って、塩と胡椒を多めにまぶして、炭火でじっくりこんがり焼くんだ。かぶりつくと肉汁がジュワッと出るから付け合わせは、瓶のままビール。がぶ飲して、次の肉を食うのさ。おまえが今まで行っていた、こじゃれた店よりはるかに美味いぜ」


 キョトンとしたセブンス。

「それって、人間の食事のプロセスじゃないような気がするけど」

「セブンス違うぞ。本来人間は焚き火を燃やし、獲物を捕って皮を剥ぎ、肉と血を食らった。歴史的にはつい最近なんだぞ。こじゃれた店で、すかした食事を人間が食べるようになったのはな。何万年も肉を焼く、そして食らう。そんな感じだったんだぞ」

「ふーん、良く解らないけど、そうなんだね……ところでクロム。私の身体おかしいかもしれないよ」


「どうした、どっか具合が悪いのか? もしかしてあれか、ドールは精密機械だから、定期的な調整が必要なのか?」


 髪をなびかせながら走る、白いモーターサイクルの上で左右に首を振るセブンス。


「いえそれはないよクロム。シルバが造ったドールズは、人間ベースで機械は使用し

ていないの。どちらかと言えば丈夫な方だと思うよ。劣性遺伝子は排除されているから、劣化が少ない細胞と密度が高い筋肉を持ち合わせているの。つまり病気になりづらいし、もし病気や怪我をしても人より早く治るの」

「でもシルバの家では、よくチューニングされていたと言っていたよな」


 想い出したくないように、一瞬目線をそらしてからクロムを見たセブンス。


「あれは私達ドールを人間が完全に操る為に必要な作業。人間だって不機嫌だったり、寂しかったり、泣きたい時だってあるでしょう? いつでも笑顔で好きでもない人に抱かれたいわけじゃない。ドールにもちゃんと感情はあるし、楽しい時も泣ける心もあるの」


「そうか」短いクロムの一言。


 風を切って速度を上げる二台のモータサイクル。

 少しの間だけ二人の言葉が消えた。


「……そうだな……すまん。ドールにも感情はあるんだな、知らなかった」


 クロムが普段より、低い声でいたわるようにセブンスに語り掛けた。

 風の音で切れ切れだったが、謝罪の言葉は優れた聴覚で、気遣いは心で、十分にセブンスに届いていた。


「ううん、気にしないでいいよクロム。確かに私たちは色々と制約を課されているか

ら、人間には感情が見えずらいと思う。それに今の私はちょっと変なんだ。世界がこんなにも広くて変化にとんだ、興味深いものだったのに、昨日まで私は気がつかなかった。本当に今が楽しいの。マインドコントロールが外れ、自分のマスターがいない、壊れたドールだからかな、ふふ」


 自虐的だが楽しそうに笑うセブンスに、安心したクロムは話題を体調に戻した。


「そうか、ならいい。ところでセブンス、さっき体調がおかしいって言っていたが」

「あ、そうそう、なんか胃の辺りがキュ~って感じで、なんか食料を食べたい感じなの」

「おまえ、それは“腹減った”という現象だ」

「そうなんだ。お腹がすいて食事するって、一度も無かったから分からなかったわ」

「まったくどんだけ箱入りなんだよ。幸せだな。飯や着る物、住む場所を心配をしなくていいなんて。今の時代はこんなに科学が進んでいるのに、資源が枯渇してきてるし、シルバのような貴族が独占するから、一般人は餓死者が出たりしている状態だからな」


 クロムは現状の人間の世界に広がる貧困化と差別について語った。


 ジャンプ航法を得た人類は他の太陽系に進出し資源を得て、爆発的に人口を増やして、科学の大きな進歩と共に黄金期を迎えた。しかしジャンプで移動できる距離は、一万光年を超える事は、科学の進歩があっても出来なかった。


 進出が止まった人類に待っていたのは、限られた資源の取り合いだった。


 貴族側に昨日までいたセブンスは、クロムの不満を感じながら答えた。

「私は箱には入ってないってないよ。そうだよね、一部の特権階級は毎日豪華なパーティーを開いているもの。でもドールの私が裕福さに幸せを感じていたか、と言われれば、それは違うと思う。食べるもの、着るもの、行動を完全にシルバに管理されていたから。毎日、身体を美しく保つためだけに、食事はただの作業だと思っていたの。今まではね」


「今までは?」

 クロムの問いにルビー色の大きな瞳を一杯に見開いて、少し興奮口調のセブンスが今の気持ちを伝える。

「そう、おかしいの。さっきクロムの“飯を食う”を聞いて興味が沸いた。美味しそうだなと思った。どういう状態なのかな?」

「それは”腹減った”あたりまえの感情だ、いい傾向だなセブンス。ハハ」

 クロムが空を見上げて大笑いした。


 シルバから解放されたセブンスは、全てのことに興味を示す。

 生まれたままの感情が、新しい世界を欲していた。

 高速で流れる緑、顔って来る初夏のにおい、昨日までは知らなかったクロム、身体全体で、全てを受け止めて自由を感じていた。

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