第23話 A.D.4020.二人だけの朝

「おはよう……クロム」


 セブンスの言葉にクロムがベッドで目を覚ました。

 傍らから、スッと立ち上がったセブンスを眠そうな目で見るクロム。


「おはようって、こら! 結局、オレは全然、眠れなかったぞ。だいたい、なんで寝る時に裸なんだ!?」

 セブンスが、クロムを見た。

「……だって、いつもこうやって寝るから……」

「あとさ、ぴったり身体をくっつけるのはやめてくれ!」

「……なんか心細かったから……」

「おまえの艶姿を見て何度も妄想を実現したくなったぞ! おれはもう少し寝るから!」

 クロムがセブンスに背を向けて目を閉じた。

「は~~い……ごめんねクロム」


 ベッドから出て下着を着けるセブンスの銀色の腰まである髪が素足まで届く。


 整った目鼻立ち、その瞳は大きく丸く開かれ少し楽しそうに見えた。

 昨夜の幼き表情は消え、完璧な美の表情を浮かべる。

 でも無表情な昨日までのルビーの瞳は消え、いたずらっ子のように落ち着きがない。まるで生まれてきた喜びを表すように。


 誰でも目を奪われる白く輝く、なまめかしい脚をイスに乗せてストッキングをはき始めるセブンスの、反対側の鏡に映った艶姿にクロムが悶絶しながらベッドでゴロゴロ転がる。


「ま・た・か・よ! あっちでやってくれよ! 頼むからさ!」

「ごめん……いつも、人前で着替えるから……」

 セブンスがいつもの事だと答えると、クロムはベッドから体を起こした。


「もういい。おれはもう起きる! このままでは間違いを起こしかねん!」

 大きな声を出すクロムに、しゅんとして動かないセブンス。

「あのさ……向こうへ行ってくれないかな。リビングの方へ」

 モゾモゾするクロム。


「え? なんで?」

「男は朝はちょっと部分的に困った現象が……特に今日みたいな刺激的な朝だと」

「ふ~ん、そうなの? 私はぜんぜん構わないけど?」

「俺は非常に困る! ほら部屋から出て行け」

 クロムから投げられた枕をかるく回避して、隣の部屋に移動するセブンス。

 その際にクロムが声をかけた。

「セブンス気にするな。おまえがそれだけいい女だという証拠だ」

 クロムの言葉に笑みを浮かべて頷くセブンス。


 クロムがシャワーを浴びている間に、朝食を作った。

 ハムエッグとベーコンとキャベツを炒めたものを、白い皿に盛り焼いたパンを添えた。


 その味にクロムが驚いた。


「ドールって料理も出来るのか……まさに”理想の人形”あっ、まずい呼び名だな。すまん」

 セブンスの長い髪は左右に揺れる。

「ううん、いいの。その通りだよ。私は高価な人形。何でも出来るように造られている。命令どおりに人が望むままに……でも」

「うん? でもなんだ?」

 クロムの言葉にセブンスは困った顔をした。

「初めて命令じゃなくて料理をしたの……いつもはこの作業は楽しくなかった。でも今日はちょっと違う。なんか、ちょっと楽しいしドキドキする」

「フッ、そうか……ならいいじゃないか。食う方も美味く感じるぞ」

 クロムは残った朝食を美味そうに食べた。


 クロムとセブンスの二人は、夕方になってから近くの街に出かける事にした。

 クロムが言うには、明日には仲間の迎えが来るらしい。


「仲間? どんな人達なの。それにこの星は厳重なセキュリティ対策が施されているよ、どうやって侵入するつもりなの」

「それはすぐに分かる、楽しみにしてけばいい、それより、コホン」

 ヤブサに乗ろうとすると、クロムが咳払いをする。


「クロム。他に困った事でもある?」

「ある。しかも結構重大な問題だ!」

 クロムがセブンスを指さした。

「おまえの服装だな……問題は」

 レースがついたフレアスカートとピンタックの入ったブラウス。白いあみあみのストッキング。大きな紅いリボンを頭に付けたメイドふうな姿。


「コホン、目をつけられるな」

「結構、可愛いと思ったんだけどなあ」

 クルリと、その場で一回転してスカートの裾がめくれて、セブンスの真っ白な下着とスラリと伸びた脚が見える。

「コホン、コホン、おい、ここでおれを欲情させると今日は一日中、家のベッドで過ごす事になるぞ!」


 セブンスはクロムの言った意味が分からず、キョトンとした表情。

 不思議そうな純真な少女の表情に顔が赤くなったクロム。


「と、とりあえず、これ着ておけ。昨日の夜仕入れてきた」

「なあに? 何を慌ててるのクロム……へん」


 受け取った、ピンクのベアトップ、デニムのショーパン。その上から黒に赤のラインが入るライダーズスーツのジャケットを羽織ったセブンス。


「うんうん、これもなかなか良いかも!」

 嬉しそうに、白い皮のトラッキングシューズをトントンと、爪先で地面に当てて履きなおし手には白い皮の手袋をつけた。


 セブンスはクロムに言われたとおりに二十一世紀のモータサイクルのハヤブサにまたがりセルを回してエンジンをかける。低周波の音と振動が周りに響く。

 セブンスが準備ができたとクロムに伝えようとしたとき、後方から重い轟音が聞こえた。セブンスの横に並んだクロム。ハヤブサが小さく見える超大型モータサイクル。

「これが俺のお気に入りのマシンだ。さあ、行こうぜ」


 二人のモータサイクルは深い山を下っていく。


 気候も改造されたこの星は良い季候だけを残している。

 春と初夏と秋を繰り返すが今は初夏の季節。

 濃い色の青葉の影を、ゆっくりと二人が横切っていく。


 マシンのサウンドと振動と山の日差しと新鮮な空気に矛盾している。

 旧世代の乗り物である二台のモータサイクルはガソリンエンジン。

 でも二人にはこの風景にベストな組み合わせに感じられた。


 山の麓にある小さな雑貨屋で、クロムは数日の食料雑貨を購入する。


 それにはセブンスが興味津々。

「なんだよ? 肉と野菜が珍しいのか?」

「うん、でも一番珍しいのは、それ!」

 クロムが支払いで使っている金のコインを指す。

「銀河に生活の場を移しても、人が信用するのはGOLD金さ。銀河のどこの星でも使える。人工で作り出す事は今でもできないからな」


「うーん、というよりお金を払って物を手にいれる、買い物って行為が初めてなの」

 はああ、感嘆したクロム。

「さすが銀河一のドール……何でもカード払いかよ」

 クロムの問いにセブンスは首を振った。

「ううん、カードとかも使った事無いよ」

「顔パスかよ……おまえのおやじのシルバに言っとけ。箱入り過ぎるって」

 キョトン、とするセブンが首を傾げた。


「箱入りって? 箱には入ってなかったよ。育成用の培養水槽には入っていたけどね!」

 お手上げポーズのクロムにを見ておかしくて笑ったセブンス。

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