第10話 A.D.2040.妖精の名は沙耶
「さてと。良い気候の中で大事な……でもないか。会議の遅刻の理由はなにかな? 七海助教授」
実験室のセキュリティを右手の静脈、指紋、音声、網膜の同時スキャンで解除した沙耶が七海をチラリと見た。
沙耶は十二歳で大学と大学院を飛び級で卒業し博士号を持つコンピューター世界の天才で教授様。しかも妖精のように可愛い姿で性格は超クールな十六歳。
ついでに七海の上司だった。
「う~~ん、そうね。朝はわりと早く起きたんだよね。その後、映画を見ていてあとは哲士との……あれ? ここで未成年に言ってもいい事?」
はぁ、呆れ気味の沙耶はまるで小学生を見るように七海を見ている。
「会議を忘れていたとか、打ち合わせ内容がつまんないからとか、ぽんぽん痛くなったからとか、理由をつけたら? 一応七海は大人なんだから」
沙耶はその両手を胸の上で組んでの物言いは、まるで不良の娘に母親が言うような感じだった。七海はこの完璧な超美少女天才上司に笑みを浮かべる。
「まったく、あなたとだとどっちが年上なのかわからないね、フフ、この研究所のアイドルに目をかけて頂くなんて幸せだよ」
七海の少しへりくだった言葉に沙耶は、蒼い透き通る人形のような瞳を七海に向ける。
「おかしな言い方……アタシ、世の中の大人は全部馬鹿だと思っていたの……そして大人にはなりたくないと思った。でもね七海を見て、ちょっと考えが変わったんだ」
「私を見て考えが変わった? ふ~~ん、それは奇特な。で、どんな風に?」
小さな手を顎に、当てながら妖精は答えた。
「平安の時代に日本の地を払い清めた陰陽師の末裔。神代家の一人娘で鬼才の物理学者。その理論はまさに鬼神の如く大胆で斬新。皆があっと驚く。まあ、驚き放しで、誰も感心しないのは問題なんだけど」
クク、思わず笑った七海に真面目な顔で話を続ける沙耶。
妖精のごとき天才少女の前で笑う七海は、真っ直ぐな銀色の腰まであるさらりと流れる髪にこの上なく整った目鼻立ちと、完璧な表情は少し冷たさを感じさせる程で、長いまつげがふわりと左右に立ち、桜色の唇をわずかに完璧すぎる冷たさを緩めている。
2040年の現在は混血化と再生医療が進み、髪の毛や瞳の色などはかつての日本人とはかけ離れた。でも七海の場合は純血の日本人であり、陰陽師の末裔。神代家の特殊な血がその神秘的な姿を成している。数百年も尊敬され恐れられた知識と力。それをハッキリと示す姿。細身だけど理想的な胸と腰のライン。大きくてルビーのような紅の瞳。
それじゃ、七海も言わせてもらった。
「アキバのアイドルも凌ぐ可愛さを持ち、この研究所でトップの研究成果を挙げる美少女。蒼の瞳と赤みの強いブラウンの髪。アニメのヒロインのような完璧な女の子に言われても少し霞む話だね」
「アタシが完璧?」
沙耶が自分を指さしてから、大きく首を振る。
「アタシは……そんな人間ではないから」
世間的には大人。会社では上司としても優秀。だが七海だけに時々見せる壊れそうな沙耶の少女。そんな危うさも含めて七海は彼女が好きだった。
「沙耶ね、あなたは優秀すぎる人に隙を見せない。劣等感が満帆な一般庶民があなたを特別視する。その視線を受けてますます無理に周りの期待に応えようとしている」
いきなり心の中を当てられ、ハッとすいる沙耶。その表情は驚きと寂しさが見えた。だから言葉を続けた七海。
「そうそう、そんな表情。あなたが優秀で大人の振りをして会社の偉い人間は喜ぶけど、あいつらはドMだからね。でもさ少女時代の魅力は不安定な所なの。感情も不安定でいいの。そうね恋をしなさい沙耶。友達もつくる、馬鹿もやる。普通の十六歳の娘のように」
七海の自分の解析結果を聞いて沙耶が呟く。
「私は七海が……その、一番の、友達だと思っている……迷惑?」
普段はほとんど見ない沙耶の自信無さそうな顔。その少女らしい不安定さにキュンとして抱きしめたくなる七海。
「ちょとキュンとした! 私と友達? うーん、どっちかというと、沙耶は“マブダチ”だと思っているけど?」
不安定さは一気に無くなった妖精は答える。
「はぁ、助教授。鬼才の物理学者がそんな言葉使いを……マブダチですって? 大人でしょう七海”さん”」
クク、笑みを浮かべた七海が優しい瞳で沙耶を見た。
「十三歳も下の子に言葉使いを直されるか……これも私が若い証拠だな」
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