第5話 A.D.4020.一握りの愉悦
館の奥の研究室から戻った二人はバルコニーには戻らず、ダイニングで長大な机を前に座る。今は初夏の少し汗ばむ季節で窓から少し冷えた風が入ってくる。
風は計算された心地よい海の香と適度な湿り具合を持っていた。
セブンスは大きなダイニングテーブルに、シルバと向かえ合わせに座って食事を取っている。
昨日の夜は長い時間シルバの傍らにいる必要が有りセブンスをだいぶ弱らせていた。
優れない顔色を見て、シルバが怪訝そうな顔をする。
「体調でも悪いのか。いけないな、後で調律をさせよう」
ドールを最高の状態に保つ為に行われる整備作業「調律」脳や身体の神経に直接に機器を差し込み強力なクスリを投与する。
調律はドールに完璧な美しさを与え同時に精神と肉体的に激しい苦痛を与える。
銀河最高の容姿を持つセブンスは最も調律が厳しかった。
人に造られたドールは高価な人形であり痛みも、悲しみも、喜びも全て否定されている。
所有者には絶対的な“服従”
人を大きく越える存在だからこそ“人形”でなくてはならなかった。
表情を崩さないままでセブンスが答える。
「はい、食後のお父様と、庭の散策が終わりましたら、診てもらいます」
「ふむ。それがいいな」
納得したシルバにカーテンを揺らす心地よい風そして行われる贅沢な食事。
彩る贅沢な飾り家具も身につけた高価な装飾品もその一つも、セブンスに自由になるものはない。
今飲んでいる紅茶もシルバが選んだ物。
セブンスは優雅にそれを飲みただ微笑むだけ。
今の彼女には味も香りも感じられない、いやそんなことは必要なかった。
カーテンを揺らす海風でさえ自由に受ける事はドールには出来なかった。
食事が終わり、海風が入ってくる窓の先の白いバルコニーに向かうシルバ。
付き添うセブンスに振り返ったシルバが話しかけた。
「天候はやはり人工のコントロールだけでは味気がない。この絶妙なさじ加減はプログラムだけで実現は無理だろうな」
高い太陽を頭上に感じて目を細めるシルバ。
「私のように神に選ばれた者ならばそれが出来る」
自己自賛のシルバの横に並ぶセブンスにバルコニーの上から瞳に広大な庭が見える。
高い塀に囲まれた広大なシルバの屋敷と研究所。
セブンスがなにげなく視線を上げた先に、光の乱反射が見えた。
先に蒼く輝くのは海だった。
銀河帝国ミネルバは一握りの貴族が全てを持っている。
住む場所も食事も仕事も特権階級である貴族が全て決める権利を持つ。
光と風と海の香を得て暮らすのは一握りの貴族の中でも少数だけで、一般市民は地下に造られた巨大なコロニーに住み、合成食料を食べ、環境保護の名目で地上に自由に出る事すら許されていない。
十億人が住むこの星を千人の貴族が統べ地上で自然に囲まれながら、最高の贅沢の生活をしている。
シルバのような、高い身分の者にとって、一般の者は地上を這う蟻であり必要のない者。
労働力と戦争の駒となってくれる、ただそれだけの存在だった。
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