第50話 体育祭のち天々食堂
「はあああ、疲れたあああああああ!」
体育祭が終わり、下校中。
春日井が、ため息混じりの大きな声をあげた。
「しっかしゆっちがあんなに頑張ってくれたのにグループは4位なんて……。むうう! 結局、ここっちに優勝を奪われてしまうなんて!」
「これも日頃の行いの成果ですね」
何故か得意気になる心愛。
べつに心愛のおかげでグループが優勝したわけでもないだろうに。
「風間っち、言われてるぞ。もー、風閒っちの日頃の行いが悪いから」
「……くそっ、オレのせいでグループが負けちまった……まさかこんなことになるなんて……」
「いや、風間のせいじゃないだろ。どうしてヘコむんだよ」
「馬鹿野郎、他人のせいにするのは
いやでもお前のせいではないだろ。
「ねえねえ、今日はどこも寄らないよねー、くったくただし。打ち上げとかやってもいいけど……」
「パスパス。俺はくたくただ。はやく帰って飯喰って寝たい」
「同感です。はやく休みたいですね」
「んだよねー。んじゃあ、私と風間っちはこっちだから。それじゃあ二人とも、まったねー!」
春日井と風間に手を振って別れる。
「そうだ、心愛。今日は夕食を外で食べないか? これから帰って飯をつくるのもかったるいし……」
「そういえば今日は悠の当番でしたね。体育祭で疲れてサボりたくなりましたか?」
「まあ、そんなところだ」
「うふふ、いいですよ。じゃあ、今日は食べて帰りましょうか」
――ずずずと、狭い店内に麺を啜る音が響いた。
年季の入った建築物の筈だが、古さを感じさせない小綺麗な町中華。醤油ラーメンが看板メニューの、家の近くにある
「やっぱりここのラーメンは落ち着くな、月に一度は食べたくなる味だ」
「わかります。しばらく食べないでいると、無性に食べたくなるんですよね」
「なにか悪いものが入ってなければいいが……怪しい粉とか……」
「入ってるわけないでしょ。馴染みの店にめちゃくちゃ失礼なことを言いますね」
心愛から怒られる。
「でもさ、店員があれだぜ?」
心愛が、俺の視線に釣られるようにしてそちらを向く。
視線の先には、二つに割った割り箸を見比べては「うーん」と唸る、店の看板娘、
「あれは、なにをしているんですか?」
「さあ。想像はつくが聞いてみるか、天々」
天々がこっちを向いた。
二本の箸を手に持ったまま、俺たちのテーブルまでやってくる。
「なにをやってるんだ?」
「この二本の箸、どっちが攻めでどっちが受けかを考えてた。こっちの方が太く割れたから攻め……いや、太い方が受け?」
「らしいぞ?」
「なるほど」
心愛が、納得したように頷いた。
天々は昔からこういうおかしなところがあった。視界に入ったものを、すぐ攻めか受けかで分別して、(他人からはよくわからない妄想の世界へ)考えこんでしまうのだ。
「確かに、この店のラーメンには、人をおかしくするなにかが入っているのかもしれません」
「だろう?」
「ほにゅ? 天々はおかしくないよ? おかしくなってしまったのは……この二本の、割り箸の、恋心だから……」
「悔しいですが、悠の言葉がどんどん説得力を増してきましたね」
「だろう?」
まあ、ラーメンに変なものが入っていようが、美味しいことには変わりないから問題はないのだが。
「しかし、本当に疲れましたね。これで長かった体育祭も終了ですか」
「俺はようやく終わってくれてせいせいしてるけど」
「また、悠はすぐにそういうことを言いますね。せっかくの学生生活、もっと素直に楽しめばいいのに。少なくとも私は……その、これまでの体育祭で一番楽しかったですよ。悠の鉢巻きも縫えましたし」
「そ、そうか……」
心愛は、自分で言ったことに恥ずかしくなったのか、それから無言でラーメンを啜りはじめた。
これまでの体育祭と比べると、か。
去年はまだ先輩がいて――それで、部活棟の裏でサボっていたら、やっぱりあそこに先輩がやってきて――。
いかんいかん、今考えるべきではないことを考えてしまっていた。
「ら、来年も、縫いますから」
「うん?」
「鉢巻きです。来年の分も、その、私が縫いますから」
「そ、それは嬉しいけど……さすがに気が早くないか?」
「予約してるんです。他に立候補者が出る前に」
「予約って……他に立候補者なんて、出てくるとも思えないが」
「わからないじゃないですか。そんな風に思っていて、昔――」
と、心愛が言いそうになった言葉を止める。
「すみません」
「気にしないでいいって。もうその話題で苦しくなったりはしないんだから」
俺は笑って答える。
心愛はバツが悪そうな表情だったが、俺の言葉に釣られて次第に笑みを取り戻した。
もし、今の自分に好きな人がいるとすれば、それは間違いなく目の前でラーメンを食べている幼なじみだろう。
リレーの最中に感じた、心愛の声援。彼女の前でみっともない姿を晒したくないという自分の中の心の声。
まだ先輩への気持ちが消えたわけではないけど、それでももう、自分でもはっきりと心愛への好意を自覚するに至った。
まだまだ一歩ずつ進んでいる状態ではあるけど、この気持ちをほんの少しでも揺れさせるような相手ができるなんて、想像しようがない。
心愛と先輩以外に、ほんの少しでも気になってしまう相手なんて、絶対に。
この時は、そんなことを考えていた。
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