第51話 期末ときどき不向き
体育祭が終わって一段落ついたと思えば、すぐさま次の刺客はやってくる。一学期の期末試験だ。
中間考査が終わったのがつい先日のようにも思えたが、無情にも一学期期末試験初日までもう二週間を切っていた。
「行事が密集しすぎだよな。体育祭のすぐ後に試験とか、これでしっかり勉強しろというのも無理がある。そう思わないか?」
「思うのは結構ですが、精々しっかりと勉強することですね。今回の試験、前回ほど悠に構ってあげられないんですから」
心愛が冷たく言い放つ。
心愛は前回の試験、俺に構い過ぎて成績を落としてしまったのだが、そのことを彼女の母に怒られ、また成績を落としたら母の働く海外に連れて行くと告げられていた。
なので、今回は俺は心愛にあまり構ってもらうわけにはいかない。
「だったら、一人で勉強した方がよくないか?」
「一緒に勉強しなかったらしなかったで、落ち着かないですから。気になるじゃないですか。他の人と勉強されてもイヤですし」
「一緒に勉強する相手なんていないから安心しろ。それとも、その可能性があるのがイヤとか仰いますか?」
「…………」
え、なんで考えるの。
ひょっとして心愛さん、独占欲が強いタイプですか?
「ま、まあ、本当に大丈夫ですよ。以前までは、その、ドキドキして落ち着かなかったですけど。最近は、そんなこともなくて、むしろ一緒にいると落ち着きますから。勉強だって、集中できます」
「だ、だったらいいけどさ」
まあ、俺の方も、最近は心愛と一緒にいると居心地がよくて、落ち着くところはあるけど。
それに、一人でやってたらすぐ休みがちだしな。勉強を見張ってくれるやつがすぐ近くにいるというのは、適度な緊張感も保ててよい。
どうしてもという時は、質問もできるわけだしな。
…………。
「……あの」
「うん?」
「わからないところとか、ないですか?」
「いや、大丈夫だ。気をつかってもらわなくてもいいぞ? 言われなくても、お手上げな箇所が出てきたら遠慮なく質問させてもらうつもりだったし」
「そうですか……では」
「おう」
…………。
「あの」
「うん?」
「ちょっと集中できないので、コーヒーを淹れてきますね。悠も飲みます?」
「ああ、じゃあお願い。砂糖入りでな」
「わかりました」
…………
……
……
…………
「あの」
「……どうした?」
「本当にわからないところはないですか? 悠なのに全然質問がないと、逆に心配になってくるんですが」
「いや、大丈夫だ。というか、今回は心愛に迷惑をかけまいとそこそこ復習もしてたんだよ。俺の方が勉強できてないと、お前の邪魔になるかもしれないだろ?」
「え……そ、そうだったんですか」
「なんでちょっとがっかりみたいな反応をするんだ?」
「そんなことはないですが」
…………。
「――あの」
「わかった心愛、やっぱり試験勉強は別々にやろう」
「ええっ!?」
「無理だ、今のお前は全然集中できてない。これっぽっちもできてない。落ち着くとか言っておきながらできてない」
「そ、そんなことは」
そのまま、もごもごと口籠もってしまう心愛。
「そのまま勉強できないと心愛だって困るだろう? 俺だって困る。俺のせいで点数が下がったら嫌だし、それに」
それに――。
その先の言葉を言おうとして、こほんと咳払い。
「心愛が居なくなるのは嫌だからさ」
「……あっ……」
心愛が感激するような顔で声を押し殺して……。
それから、わっと頬を赤くする。
「まあ、人には向き不向きがある。心愛は誰かと勉強するのに向いてないんだろ。べつに責めてるわけじゃないさ」
というか、前回の試験で成績を落としたのも、多分向いてなかったのだろう。
心愛は人と――いや、
「それは……そうですね。確かに、その通りです……」
心愛が、机の上に広げていた勉強道具を鞄に閉まって、立ち上がった。
「勉強は自分の部屋でやります。試験期間中は食事だけ一緒で、それからは部屋に戻ってすぐに勉強しますので」
「ああ、そうしよう」
「ちょっと寂しくなりますが――」
「いや、べつに遠くに行くわけじゃないっつーか、隣人だぞ? そんな今生の別れみたいな顔をしなくてもいいだろ」
「そ、そんな顔はしてませんから」
慌てて心愛が部屋から出て行く。
してるんだよなあ。
つーか、どうせ明日も一緒に学校行くだろうに。
心愛が出て行って、小一時間くらい経っただろうか。
あれから、今度は俺の方がどうにも集中できずに困っていた。
あいつ、ちゃんと集中して勉強できているのだろうかとか。俺のことが気になってそわそわしてないだろうか、とか。
…………。
「ダメだ、今度は俺が集中できない」
心愛が集中できていなかったから部屋に戻したら、今度は俺の方が上手くやれないとは。なんとも難儀なものである。
「仕方ない、ちょっとだけ休憩するか」
立ち上がり、バルコニーに繋がる引き戸を開ける。
すると、ちょうど同じタイミングで、隣の部屋からも引き戸を開ける音が聞こえた。
バルコニーに出て、隣の部屋の方を向く。
「あ……」
バツの悪そうな心愛と目が合った。
どうやら心愛は、いまだ集中できてなかったようである。
「心愛さあ」
「わかってますから! 頑張りますから! 頑張れますから!」
「本当?」
「……死ぬ気で、頑張ります。頑張るつもりです。そう思ってます」
「思うのは結構だが、精々しっかりと勉強してくれな……」
「うぐっ!」
心愛は言葉を失いながら、部屋に戻って行った。
ここまで気にかけてもらって、嬉しいやら、申し訳ないやら。
とにかく、心愛が勉強に集中できることを祈る他なかった。
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