第47話 友情のち落涙

 翌日の昼食時。


「そうだ、風間っち」


 そう言った春日井が、鞄をごそごそと漁ってなにかを取り出す。

 出したものは赤くて長い布きれ。


「これ、よろしく」


「……ん? なんだこれ。鉢巻き?」


「風間っちに頼もうと思って」


「待て、春日井。俺が頼むんじゃなくて、頼まれるのか?」


「だって風間っち、縫い物とか得意そうじゃん。得意じゃないの?」


「まあ、学ランに気張った文字刺繍したりは経験あるし、得意っつーか十八番みたいなもんだけどよ。妹のマイバッグも俺がつくったしな」


「成果物の幅が激しすぎないか?」


 思わずつっこんでしまった。


「うちの一家、家族代々超不器用だから縫物とかマジでダメでさあ。誰かに頼まないと名前も無理なんだよね。というわけで、ね、お願い」


「オレがそれを請けるメリットがどこにあるんだ。大体、オレでいいのか?」


 そういえば、以前から春日井は妙に風間を気に入ってるというか、やたらと仲を詰めようとする雰囲気があった。


 俺はてっきり、好意を寄せているのではないかと思っていたのだが、やはりそういうことなのだろうか。


「うん?」


「鉢巻きだぞ? 渡す相手を選ぶものっつーか、伝統みたいなものがあるやつだぞ? もう一度聞くが、本当にオレでいいのか?」


「えー……風間っちってそんなこと気にしちゃうタイプだったわけ? 意外すぎるんだけど」


 だが、春日井はあっけらかんとそう返した。


 俺としても意外な春日井の言葉に、思わず心愛と目を見合わせる。


 心愛も、春日井の内心・・について、似たような推察をしていたのだろう。


「私は風間っちを真の友人と見込んでお願いしてるの。それ以上でも、以下でもない。まあ、そっちがその気なら、1秒くらい考えて却下してあげないわけでもないけど」


「誰がその気になるか馬鹿。このオレがリアルの女と妹以外をそういう対象で見るわけねえよ」


「だよね、安心した」


「え? お前妹もそういう目で見てたの?」


 思わずつっこんでしまう。


「ほらさ、異性間で仲良くしてるとすぐに恋仲に絡めようとするじゃん? そういうのがイヤでさー。でも、男の子とも親しくしたいし、男の子と一緒の方が入りやすい店とかあるわけじゃない?」


「ああ、わかるぞ。女児向けアニメの劇場版とか、信用できる幼女が友人にいないと入りにくい」


「ちょっと違うけどまあいいや。とにかくさ、わたしは風間っちとなら友人になれるってずっと思ってたってわけ。現実の女の子を、そういう対象として見てなさそうだったしさ。安心感があるというか、面倒なことがなさそうというか。これは、ゆっちーもね」


「俺も?」


 ……ああ、そうか。


 俺には、他に見向きもしないくらい好きな相手がいたし、そして彼女が亡くなったあとも、そんなこと一切考えられないくらいには塞ぎ込んでしまっていた。


 そして――だからこそ、長い間、心愛の気持ちにだって気付けないままだったりもしたわけで。


「ま、そういうわけでね。はい」


 春日井が、再び鉢巻きを渡す。


「……ったく、まだ請けるとは言ってないんだが? 学食一回な」


「わかった。かけうどんね」


「んなわけあるか。一番高い定食だよ」


 風間が、春日井から鉢巻きを受け取る。


 まあ、いろいろ曰く付きの鉢巻きではあるが、べつに友人に頼んだところでダメというわけでもないのか。


 性別を越えた友情、ねえ。


「んで、ゆっちーはここっちにお願いしたの?」


「へ?」


「鉢巻きだよ鉢巻き。ご覧のとおり、べつに友人にお願いしてもおかしくない代物です。変な意味ではなく、仲のいい女の子に頼んでも問題ないと思います!」


 ……ええっと。


 もしかして春日井、俺と心愛が互いに鉢巻きの話を言い出せてない状況を悟って、このようなことを言いだしたのか?


 心愛の方を見れば、困ったような、恥ずかしいような、そんな表情で俺の方を見ていた。


 …………。


「えっと……」


「…………」


 ああもう、心愛も困ってるじゃないか春日井のやつめ。


「あー、その……心愛、えっと、じゃあ、お願いできるか?」


「は、はい! ま、まあ、友達でもやることですしね!」


 心愛が『友達』を強調しながら頷く。


「あ、でも、今は持ってないから、帰ってから渡すよ」


「わ、わかりました」


 ……そういえば春日井って、俺と心愛のことをどのくらい知ってるんだろう。


 俺からはなにも伝えていないが、今の様子を見るにそれなりのことは知っているか、あるいは察しているといったところだろうか。


 心愛が話している可能性もあるが、はてさて。


 ……なにはともあれ、俺は心愛に鉢巻きをお願いしたかったわけだし、その切っ掛けをつくった春日井には感謝しなければならないだろう。


 あの、互いになにかを言い出そうとして気まずくなる地獄からも、抜け出せたわけだし。


「ぐすっ……っ~~」


「って、心愛はなんで泣いてるんだ!?」


「な、泣いてなんていませんよ」


「どう見ても泣いてるんだが」


「あーあ、ゆっちーがここっちを泣かしちゃった」


「はっ、女を泣かすなんて酷い男だよお前は」


「え、なんで俺責められる流れなの? と、とりあえず、心愛大丈夫か?」


「大丈夫……ですから……」


 いや、全然大丈夫なさそうなんだが。





「うううっ……ぐすっ……っ……本当に、大丈夫ですから。その、悠の鉢巻きが縫えることが、嬉しかっただけ……ですから……」


 ぼそりと、俺の耳に聞こえるか聞こえないかの微かな声で、心愛がそんなことを言った気がした。

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