第46話 伝統のち鉢巻き

「あのですね、悠」


 夕食を終えて食器洗いをしていると、ゲームをしていた心愛に声を掛けられる。


「なんだ?」


「……えっと」


「うん?」


「いや、その……」


「?」


「ええっと……」


 心愛が、言葉に詰まったようにそのままなにも言わなくなる。


 忘れてしまったというよりは、言いにくいことを言う踏ん切りが付かないような、そんな態度。


「……いや、なんでもないです」


「なんなんだ一体」


「だから、なんでもないですって! 気にしないでください!」


「心愛がそう言うならいいけどさ……」


 いや、なにか言おうとしてたよな、絶対。


 ……まあ、心愛が言おうとしていたことに、心当たりはある。


 鉢巻き。


 うちの高校には、思春期の学生が好みそうないかにも・・・・といった感じの伝統があった。


 体育祭の時、生徒は鉢巻きを巻くことになるのだが、想い人がいる女子は相手の男子の鉢巻きを借り、そこに相手の名前を刺繍するというものだ。


 逆に、男子から想いの内を伝える場合は名前を縫ってくれるよう懇願したり、元から恋人同士であれば当たり前のように縫ったり。


 まあ、男子が女子の鉢巻きに縫ったりするなんてこともあるらしいが、要するに心愛は、俺の鉢巻きを縫いたいと俺に伝えたいのではないだろうか。


「あのさあ心愛」


「なんですか?」


「えっと……」

 

「……?」


「……いや、なんでもない」


「なんですかいったい」


 心愛が、手に持っていたコントローラーを下ろしてこちらを向いた。ムっと厳しい顔でこちらを睨む。


「なんですか」


「だから、なんでもないって」


 とはいえ、言えないよな。間違ってたら恥ずかしいし、催促してるみたいになってしまう。


 そもそも、俺たちは付き合ってるわけでもない。頼むのは図々しい気がするというか、ずばり大分図々しいだろう。


 俺は心愛の気持ちを知っている状態で、こっちはそれに応えてない状態だしな。なんというか、相手の気持ちを利用した状態で、鉢巻きを縫う作業を押しつけているようにも見える。


「「…………」」


 互いに沈黙。


 心愛はといえば、彼女もまたじっとこちらを見たまま、口を開かずにいた。


 開かないのか、開けないのか。俺の次の言葉を待つように。


 ……あー、えーっと、その。

 

 こういう時、どう言えばいいんだ? というか、心愛が言ってくれたら俺は助かるんだ。


 うう……気まずい。


 …………。


 ……。







 ……。


 …………。


「…………」


 じっと、悠を見る。


 彼の次の言葉を引き出すように。さきほど言おうとしていた言葉を口にしてくれるのを、ひたすら待った。

 

 目も逸らさない。視線で圧をかけるのだ。彼が観念して、先ほどの言葉を口にするよう。


 でも、悠の口からは、次の言葉が出てこなかった。


 ……もどかしい。


 悠に。いや、自分に。


 鉢巻きを渡して、そう言えばいいだけの話だ。


 悠だってさっきから、私にその話題を切り出そうとしている。


 いや、わからないけど、きっとそのはずだ。


 言いにくそうに何度も口を噤んで、そこまでして切り出そうとしている言いづらい・・・・・話題なんて、それくらいしかない。


 もし違っていたとしても、他に頼む相手なんていないはずだ。断られるわけはない。言ってしまって、問題ない。


 なのに私はといえば、悠の言葉を黙って待つというズルいプレイ。


 そもそも、最初に言おうとしていたのは私である。悠は気づかって口を開こうとして、慌てて止めた。そんな気がする。だったら……もー、私ったら、なにをやっているのだろうか。


 ……っ!


「ゆ、悠! は!」


「は?」


「……歯を、磨いた方がいいですよ。食後は」


「どうした突然。そのくらいわかってるが」


「わかって欲しいのはべつのことです!」


「な、なんだよ突然!」


「うううう!」


 なんで、わかって、くれないんですか!

 いや、ちゃんと言えなかった私が悪いんだけど!


 いやでも、今の言葉の流れで察して欲しかったし、そのまま食いついて欲しかった。


 それとも、もしかして、私が盛り上がってるだけで、別の人に渡す予定がある……? ふと、そんな可能性も考える。考えてしまう。


 ……だって、悠は私の気持ちに応えてくれたわけじゃない。


 一方通行の気持ちを伝えただけだし、新しく好きな人ができていた場合、それを止める権利なんて私にはないわけで……。


「なあ、わかって欲しいことって、もしかして……」


「え? な、なんですか!」


 悠、もしかして、やっと……!


「……は……」


「……は?」


「は……ち……」


「……はち?」


「きゅう」


「なんで数字を進めるんですか! なにが言いたいんです!?」


「そっちこそ、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ!」


「……いや、それは……ゆ、悠こそ、言ってください」


「心愛から、どうぞ」


「どうぞ」


「どうぞ」


「「…………」」




 結局、言い出せないまま、この日は解散となった。

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