第4章 一歩ずつ

第45話 意識ときどきじれじれ

 六月もなかばに入り、季節は本格的に夏。衣替えも終えた学校では、下旬に行われる体育祭へ向けての準備が多くなってきた。


 我が月ヶ丘高校は伝統や行事を重んじる校風で、無駄に格式張って行事に挑むところがある。

 つまり、この手の行事が近付く度、俺のような世の中斜に構えてる捻くれものにとって、通学がいつにも増して億劫なものになってしまうというわけだ。


「はあ、いつまでそうやって寝ているんですか」


 くるまっていた毛布が剥ぎ取られる。

 目を開いて見上げると、俺を見下ろすようして制服姿の心愛が立っていた。


「……失礼な。さっきから起きてるぞ。布団から出てないだけだ」


「はああああ、またそういう屁理屈を。だったらさっさと起き上がってください。学校に遅れますよ」


「むう」


 心愛の小言を受け止め、重たい身体をなんとか持ち上げる。


 そして、再び上半身を倒そうとしたところで、心愛にがつりと手を掴まれ、引き起こされた。


「なに二度寝しようとしてるんですか」


「知らないのか? 二度寝がいかに幸福にであるかということを」


「今日が祝日だったら、その幸福に身を委ねるのもいいんでしょうけど。残念ながら本日は平日であり通学の日です。私たちは学校に行く義務があるのですよ」


「俺には二度寝よりも大切なことだとは思えない」


「じゃあそのまま寝ていてください。朝ご飯は用意しませんし、お弁当もあげませんし、夕食もつくってあげませんから。10秒だけ待ちます。心変わりするならそれ以内でお願いしますね。いーち、にー、さーん、しー……」


 いや、それは困るぞ。今や心愛のつくってくれる食事は、俺の生活になくてはならないものになってしまっていた。


 慌てて立ち上がりそうになったところで――ふと、考え直す。


「だったら、今日からは飯をつくるか」


 上半身を起こしながら答えた。


「え? そ、そこまで二度寝が大切ですか!」


「違う。だって、いつまでも心愛に飯をつくってもらうのも悪いだろ? もともと、俺が落ちこんでたからって、はじめてくれたことだし。今ではもうすっかり元気だ」


「え? え? そ、それはそうですが……」


「それに、料理だって教えてもらったしな。少しは自分でもやれるさ」


「…………」


「どうした?」


「……い、いいんですよ! 一人分も、二人分も変わらないですし、食材だって共有した方が、買い物も楽で効率的ですから!」


「それはそうかもしれないが。でも、一人分をつくるよりは、二人分をつくる方が大変だろう? 買い物も心愛の方が上手で、俺の出る幕がないし。いまだに、弁当だってつくってもらってるじゃないか」


「べ、べつに、イヤでやってるわけじゃないですし……むしろ、つくりたいからつくってるんですし……う、うう……」


 顔を少し赤くしながら、言葉につまってしまう心愛。


 ……ああ、すまん心愛。ちょっとからかってみるつもりだけだったんだ、そこまで純粋な反応を返すなんて思ってなかった……。


 心愛が好意で俺に食事をつくってくれているのは知ってる。


 俺のことを、想ってくれていることも。


 でも、だからこそ、甘えてばかりいるのが気になっていたのは本当のところで、この機会はちょうどいいのかもしれないと思ったわけである。


「今日からは俺も料理をする、って話だ。一緒に食べるだけじゃなくて、料理もさ。手伝おうとしても、ほとんど心愛がつくることになっちゃってたし。心愛の分も俺がつくる日を設ける」


「私が一人でやってしまった方がはやいですもんね……って、え、悠が私に料理をつくってくれるんですか? そ、それは……ええっと、あの……ひょっとして、弁当も……ええっと……」


「弁当は、どうだろうな。難易度が高そうだし。とりあえずは夕食と朝食だけでも」


「あ、そ、そうですか。でも、朝食と夕食だけでも、悠が私の分を……」


 顔が再び赤くなって、口の端がにやにやと吊り上がる心愛。喜んでくれているのは嬉しいが、反応がわかりやすすぎだろう。


 俺は身体を起こすと、制服に着替えるため、パジャマの上着に手をかけた。


「はっ! ちょ、ちょっと! 私がいる前でなに着替えようとしてるんですか!」


「べつにいいよ、減るもんじゃないし。俺は気にしてない」


「私が気にするんです! とりあえず、朝ご飯を並べてますから、はやく着替えて出てきてくださいね!」


 さらに顔を赤らめた心愛が、慌てて部屋を出て行く。


「まあ、いつまでも心愛の好意に甘えてばかりじゃ駄目だもんな」


 少しずつでいいから、変えていかないといけない。


 生活も、恋愛も。




 じれったるくも甘ったるくて、そしてどこかずるい――そんな幼なじみとの関係の中で、そんなことを思った。

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