第41話 早乙女のち取り引き
翌日の放課後。
心愛に所用ができたと告げて先に帰ってもらった俺は、サッカー部が終わるのを待って、部活棟の裏に早乙女を呼び出した。
「キミ、誰?」
開口一番、失礼な物言いの洗礼を受ける。
敵意というよりは無関心。最初、心愛のお母さんにも向けられたやつだ。興味がないとか、関心がないとか、そんな感じの対応。
当然ではあるが、このイケメンは学校内ヒエラルキーにおいて下層に位置する俺なんかのことは、興味もわかない虫けら以下くらいにしか思ってなさそうである。
「沢渡という名前だが、俺なんかに興味はないだろ? 単刀直入に、白雪心愛のことで話がしたいんだ」
早乙女の眉毛がピクリと吊り上がった。
「ああ、キミって確か、最近白雪さんと親しそうにしていた……幼なじみなんだっけ? へえ、なに?」
こいつ、心愛を狙っていたらしいが、俺のことまで調べてるのかよ。素直に気持ちが悪いんだが。
「お前、取り巻きの女子に言って心愛に嫌がらせしてたよな」
「はっ、なんの根拠があってそんな話を」
「心愛から日記を盗んで盛り上がってた、お前の取り巻きの女が話していたのを聞いたんだよ」
「…………」
余裕そうだった早乙女の表情が一転する。
「ちっ、あいつらなにしてくれてるんだ」
こいつ、爽やかなキャラで人気があるんじゃなかったっけ。春日井からの情報通り、本当に裏表が激しいタイプみたいだな。
「んで、それで? キミはどうしたいんだ?」
「望みを言ったら叶えてくれるのか?」
「あはは、まさか。ボクがなにかやっていたとしても証拠なんてないし」
は~、よかった。
正直かなり頭にきていたからな、これで万が一相手がいいやつだったりしたらどうしようかと危惧していた。ついでに、想像以上に馬鹿で助かった。
まあ、このあたりも春日井に事前に聞いていた情報ではあるのだが、どうもこの早乙女くんは男の前ではあまりキャラをつくらないらしい。
すぐにボロを出す、という話でもあった。
「そうか。まあ、これで証拠は残ったわけだが」
「……は?」
俺は、早乙女にスマホを見せつける。
この会話を録音するために、ボイスメモのアプリを起動させておいたものだ。
「音声はすべて録音させてもらったってことだよ」
「っ――!」
刹那、早乙女が右拳を振り上げたかと思うと、がつんとした衝撃が俺を襲った。脳が揺れ、視界がぐらつく。
すかさず俺はスマホを守るように鞄に放ると、顔を守るようにして両手を構えた。どうやら早乙女に殴られてしまったらしい。
こいつ、喧嘩も手を出すのがはやすぎだろ。そういうのは女だけにしとけよ。
「スマホを寄越せ!」
「無駄だぞ、データは自宅のパソコンに転送したからな」
「だったらデータを消せっ!」
「こっちの要求に従ってくれるなら流出しない」
内心ちょっとビビりながら、顔に出さないようにして告げた。
相手は腐っても運動部だ。毎日筋トレをして身体を鍛えるに違いない。対して、俺はインドア派の帰宅部だ。まともに組み合っても勝てないだろう。
それに、喧嘩をやって先生にバレでもしたら面倒だ。
あと、変にこいつの恨みを買うのも嫌だしな。俺だけならまだしも、心愛にまで危害が加わる可能性がある。それは絶対に避けたい。
「もう二度と心愛に危害を加えるな。取り巻きの女子たちにもなにもするなと伝えろ。俺の要求はそれだけだよ」
「…………」
「上から言われるのが嫌か? だったら言い換える。お願いだ。もう二度とあいつに迷惑をかけないでやってくれ。もちろん、俺にもな」
心愛の親にも土下座をした俺だ、ここでイキり散らかすような性格でもない。溜飲を下げたいわけでもなかった。
一発殴られたのも腹が立つが、まあこのくらいで面倒が片付くならとも思える。
すると、早乙女は激昂していた表情から、不快そうな、でもどこか困ったような表情へと変わって。
「……ちっ、わかったよ。もう二度とああいうことがないようにするから絶対に黙っとけよ。いいな?」
「ああ。そっちこそ、二度と嫌がらせしないでくれ」
「わかってるって。ちっ、なんか調子狂うやつ」
不快そうにそう言い捨てると、その場から居なくなってしまった。
俺はその背中を見送って、大きく溜息をつく。
はあ、これで一件落着だといいが。
とりあえず春日井に女子たちの様子を気にかけてもらうようにお願いするか。なにか変なことがあったら教えてもらおう。風間も……ああ見えて不良だし、協力してもらえることがあるかもしれない。
さて、じゃあ用も済んだし帰ろうか――と思ったところで、右頬がずきりと痛むことに気付いた。
あいつ、結構本気で殴ってきてたよな。気付いていなかったが、実は結構腫れ上がっていたらしい。
面倒だからこのまま帰ってもいいけど――。
ふと、先日授業で心愛が怪我した時、無理矢理保健室に連れて行ったことを思い出す。偉そうに治療しろとか言ったっけ。
…………。
保健室、まだ開いてるかな。
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