第37話 思考のち理解
部室棟の端に、軽音楽部と書かれた部屋がある。
部の名前は書かれているものの、学校が認可した部活ではなくただの空き室。いや、昔は認可していたのか。入部志望者がいなくなり、部としての体裁を保てなくなって、そのまま書類上は廃部になりただの溜まり場と化していた場所だ。
数ヶ月前までは、勝手にここに集まって遊んでいた生徒が二名ほどいたが、片方は交通事故で亡くなり、もう片方もそれを切っ掛けに足を遠ざけた。
一人が
ずっと近付く気になれなかったこの場所に、心愛を探し回って校内をぶらぶらしているうちに辿り着いてしまった。
あの日以降、入ることができなかった部屋。
「こんな場所にいるはずはないんだがな」
部室の脇にあるポストに、かつてこの部に所属していた大先輩がつくったという合鍵が入っている。ポストの中を確認すると、それは以前と変わらずそこにあった。
鍵を取り、部室の扉を開ける。そして、ひんやりとした部屋に足を踏み入れた。当然、部屋には誰もいない。しばらく人が入ってなかったせいか、空気が少し埃っぽい。
部屋の中央にはよく先輩が座っていた机と、遊ぶように弾いていたギターが、当時の状態のまま放置されていた。
片付けられないままのギターは、また先輩がやってくるのを待っているかのようで。
『カラーバス効果とかカクテルパーティ効果って知ってる? 人間はね、見たい情報を自然と集めてしまうところがあるんだ。浴びるように情報が流れてきても、必死に自分が見たいものだけを探して、自分が受け取りたいように解釈してしまう。フィルターってやつだよね。先入観にも似てる。こっちはラベリング効果っていうのかな』
『私ね、実はネガティブ気質なんだ。本当はね。油断すると、すぐにダメになっちゃう。それがわかってるから、なるべく明るい情報だけ集めるようにしてるの。名前だって
『
『落ちてる時に目に入っちゃうのがダメなの、まずは認識を正さないとね。病は気から、部屋の汚れは心の汚れ。気分が落ちこんだら部屋を掃除しなきゃダメだからね。
ふと、いつだったか、こんな話をしたことを思い出した。
そういえば先輩も、心愛みたいなことを言ってたことがあったんだっけ。
「ははっ……って、なんで俺笑ってるんだ?」
なにがおかしいのか自分でもわからないけど、気付けば自然と笑みがこぼれていた。
――そうだな。せっかく来たんだ。
俺は、出しっぱなしのギターを手に取ると、部室の端に置かれていたギターケースに収納した。
いつか、この部屋をどこかの部活が使うかもしれない。その時、散らかったままだというのは悪いし、そんなんじゃ先輩に怒られてしまうだろう。
散らかっていたものを、ひとつひとつ元の場所に戻していく。
止まっていた映画が、ようやく次のシーンに進んだみたいだ。
なんとなく、そんなことを思った。
「さて」
片付けを終え、思い残すこともなくなり、部室から出る。
次はどこに行ってみようか。校舎内はひととおり回ったし……グラウンド? そういえば、心愛に嫌がらせをしているかもしれない早乙女とかいうやつは、サッカー部だったっけ。
ま、一応行って見るだけ、行って見るか。
そんなことを考えながら歩いていると――。
「ねえねえ、見た? 白雪の焦った顔。あいつの日記パクってやったら、めっちゃパニクってやがったの。面白くない?」
ケラケラと、女子二人組が笑いながら歩いてくる。
彼女たちの顔には見覚えがあった。先日、体育館で心愛にボールをぶつけていたやつらだ。
「んでさー、白雪ってまだ探してんのー? あんなに慌てるなら学校に持ってこなきゃいいのにさー」
「肌身離さずーってやつなんじゃねー? よくしらんけど。あー、ほんっとウケる。あいつ前から嫌いだったしスカっとしたわ。キャラつくってんのかしらないけど、男に媚び売りすぎだっつーの」
「わかるー。はやいとこ早乙女くんに報告してやんないとね。絶対喜んでくれると思うわー」
…………。
思考のち、理解。
ああ、なるほど。
昼休みに心愛の様子がおかしかった理由と、放課後どこかに行ってしまった理由と、ぜんぶ理解した。俺が感じていた胸騒ぎは的中、どうやら俺の勘ってやつも、中々信用できるみたいだな。
無意識のうちに、女子生徒たちの方に足を踏み出す。
「誰に報告するって?」
怒るのは得意ではない。疲れるからだ。怒りなんてものは、普通であれば他人への期待が裏切られるから起こるものであって、最初から期待なんてしなければそんな非合理的なことはしなくて済むはず。そう思って生きていた。
それでも。
たまに、
「……は?」
女子生徒たちが、俺の顔を見て固まった。
「ちょっと話を聞かせてくれないか?」
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