第21話 勉強のちコーヒー
心愛との勉強会は、その夜にさっそく行われた。
リビングにあるテーブルに教科書とノートを広げて、相対するように座る。食事の時と同じような状況だ。
まずはテスト範囲の確認から。休んでいる間の授業内容がさっぱりわからないため、軽く内容を確認しながら教科書を通読する。
「なるほど、さっぱりわからん」
「投げるのが早すぎでしょう。まだ開始して五分くらい、勉強は始まったばかりです」
「高校の授業って難しくないか? 中学の時はなんとなくで解けることが多かったし、既に知ってることが多かったから、暗記物と英語を除けばそこまで難しいとは感じなかったんだが」
「悠はよく本を読んでましたし、基礎学力が高かったってことでしょうね。でも、高校は専門的な内容が増えてきますから、
「専門的ねえ。今後、俺の人生で使うことなんてあるのだろうか」
「さあ。でも、将来がわからないから学ぶんじゃないですか?」
「それもそうか」
将来、自分がなにをやっているかなんてわからないしな。
たとえ、今なにかを決意したとしても、それをやっているとも限らない。一生一緒に居たいと思っていた相手が、突然死んでしまうことだってある。
って、なにしんみりしてるんだ俺は。
「とりあえず、私も勝手に勉強してますので、わからないところがあったら聞いてください。教えられることであれば、教えますので」
「助かる。遠慮なく質問させてもらうよ」
…………。
……。
「……なあ、休んでいた部分の確認だけでも大変なんだが。初見の箇所が多すぎる」
「そうでしょうね。一週間以上休んでいたんですし。再び学校に来るようになった後、悠は遅れを取り戻そうとしましたか?」
「しませんでした」
とりあえず、愚痴ってても仕方ない。ちょっとずつ勉強していくしかないか。
…………。
……。
……ん……?
ふと、視線を感じる。心愛の方を見ると、慌てるようにして俺から視線を逸らした。
「どうしたんだ?」
「な、なんでもありません。その、えっと、面白いから見ていただけです」
「人の顔を見て面白いって、失礼なやつだな」
「そ、その、ホっとできますから」
面白い顔でホっとするって、滅茶苦茶失礼だな。どれだけ俺の顔はダメなんだ。さすがに悪いと思ったのか、ちょっと遠慮するようにボソリと言ってきたが、よけい傷付くまである。
まあ、心愛の毒なんてもう慣れっこだし今さらだ。特別本意ではないのだと思うし、単なるスキンシップとしての発言だろう。大した意味はないに違いない。
と。
……こつん、と。
勉強に集中していると、なにか小さなものが転がってきて足にぶつかった。気になって手を伸ばすと、反対側から同じように伸びてきていた手とぶつかる。
「……あ」
どうやら転がって来ていたのは、心愛が落とした消しゴムらしい。ぶつかった手は、消しゴムを拾おうと伸ばしていた心愛の手。
「ほら」
「あ、ありがとうございます。すみません」
「なんでそんなに驚いてるんだ? 手がぶつかっただけなのに」
「ちょ、ちょっと疲れたので珈琲を淹れてきます。悠も飲みますよね!」
「あ、ああ。じゃあお願いする」
心愛は慌てるように立ち上がると、コーヒーメーカーのあるキッチンへと向かった。彼女の焦りに引きずられて、意味もなく俺まで反応が浮ついてしまう。
それにしても、心愛はなんであんなに動揺していたんだろうか。ちょっと手がぶつかっただけだろう。
「悠は砂糖入れますか?」
そんなことを考えていると、キッチンから心愛の声。
「いらない。心愛は入れるのか?」
「たっぷりと」
そういえば、こいつは甘党だった。
「私、苦いのが嫌いなんです。知ってるでしょう?」
「お子様なままなんだな。慣れるとブラックも美味しいのに」
「若いのに苦いのが好きなんて、それこそ大人ぶってる子供の趣向です。甘い方がいいに決まっています。知ってますか? 苦いのが美味しいって感じるのは、舌が劣化した証拠なんですよ。苦みって毒物ですので、味覚が敏感だと受け付けないんです」
「ばーか、毒だって慣れれば美味しいんだよ。それに、美味しいものは大抵身体に悪いさ。お菓子だってそうじゃないか」
「
そんな会話をしながら、心愛が持ってきたコーヒーを受け取る。
「
「ほら」
「つーか、普段家でコーヒーなんて飲まないし」
なんとなく、以前先輩と喫茶店に入った時のようにブラックでお願いしてしまったが、やはり美味しく感じられるものではなかった。
やっぱり砂糖を入れてもらった方がよかったな。そんな後悔をしながら、カフェインで頭がシャキっとしてきたことを実感しつつ、もう一度教科書に向かった。
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