第20話 予告のちノート

 授業の終わりのチャイムが鳴る。


 紙代先生は、愛用している指示棒を振るうと、黒板全体を示すように大きな円を描いた。


「というわけで、来週から中間考査です。このあたりまでが試験の範囲になりますから、しっかりと勉強してくるように。このハイスペックな先生が、誰にも解けないような難問を準備しておこうではないか!」


 いや、誰も解けないのは駄目だろ、テストとして。知恵比べじゃないんだぞ。


 ……しかし、テストか。ふむ。


「風間、テスト勉強はしてるか? って、寝てるのかよ」


 隣の席の風間に話しかけようとすると、机に突っ伏して爆睡していた。


「うわー、風穴かざあなっち爆睡してるじゃん。こりゃ絶対にテスト勉強なんてしてないね」


「風間は洞窟どうくつにでもなったのか?」


 俺の席までやってきた春日井に思わずツッコミを入れる。


「春日井は勉強はしてるのか……って聞くまでもないか」


「ふふーん、このわたしを誰だと心得る。予習に復習とばっちりやってんからねー。試験前に焦ったりしないでござるよ」


「それは羨ましい。俺にもその真面目さを分けて欲しいくらいだ」


「ゆっちーはどうなん?」


「派手に連休を取っていた人間が万全だと思うか? オマケに俺は普段の成績がそんなによくないときてる。勉強嫌いだからな」


「なるなる。ピンチってやつじゃね?」


「というか、勉強しようにも、休んでる間のノートもないんだよな……」


「わたしの使う? 解読できたら、だけど」


 春日井からノートを受け取り、内容を確認する。


 ミミズがのたうち回ったような文字で、よくわからないなにかが書かれていた。


「これは……異国の言語か? 筆記体、ではないよな。象形文字しょうけいもじ?」


「達筆でしょ?」


 春日井、完璧系女子かと思ってたが、こんな欠点があったのか。


「すまない、俺にはレベルが高すぎて上手く扱えそうにない」


「残念、ステータスが足りなかったか。パラメータが足りないと装備条件を満たせないって、外国のゲームとかで見かけるやつだよね」


 他にノートを借りられそうなのは……。


 風間はないとして、他にクラスで仲がいいやつ――うおお、もういない。


 そういえば俺、ほとんどクラスメイトと絡まないぼっちでしたわ。


「ノートなら適役が一人いるでしょ。べつにこのクラスじゃなくていいんだし。字が綺麗そうで成績もいい優等生。そしてゆっちーと仲がいい」


「ん? あー……」


 そうか、なにも同じクラスである必要はなかった。




「というわけで、心愛さま。ノートを貸してください!」


 帰り道、唯一の心当たりであった心愛に嘆願する。


 心愛は中学の頃から成績優秀で字も綺麗だ。


 彼女のノートを借りれば間違いはない。


「はあ、仕方ないですね。どの教科ですか?」


「全部。派手に休んでいたからな」


「そういえばそうでしたね。じゃあ、家に帰って全教科のノートを揃えますから、それから一緒にコンビニに行って必要な箇所のコピーを取りましょう。それとも手書きで頑張ります?」


「いや、コピーでお願いします」


 数日分、しかも全教科を写すとなると大変な作業だ。


 コピー代がちょっと痛いが、手作業でやる労力を考えると仕方がない出費だろう。


 一度部屋に戻った後、心愛の持ってきたノートの束を受け取り、最寄りのコンビニに向かう。


 すると、何故か心愛も一緒についてきた。


「コンビニに用事があることを思い出しました。私も一緒に行きます。電気代を支払っていなかったので」


「あれ、心愛の家は引き落としじゃないのか?」


「母が苦手だったみたいで、請求書のままです。勝手に落とされるのが嫌だったのでしょう。そういう神経質な人ですから」


「なるほどな」


 相槌を打つ。


 まあ、自分の目で金額を確認して、現金で払わないと怖いという考えは納得出来た。


「まあでも、今はそれに感謝ですね」


「感謝ってなんで?」


「内緒です」


「お前、最近それ多いよな」


「ふふ」


 なにが内緒なのか知らないが、笑ってかわそうとする心愛。


「それはともかく、悠って去年のテストの成績はどうったんですか?」


「あー……そうか、しばらく疎遠だったから話してないんだっけ。いいか悪いかでいうとよくない。余裕かギリギリかでいうとギリギリってところだな」


「つまりヤバかったんですね。まあ、そんな気はしてましたが」


「む、俺の学力を疑ってるのかよ」


「疑ってないですよ。悠はとても要領がよくて勉強ができます。この学校、一応学区で一番レベルが高い進学校ですからね。大して勉強もしない不真面目な生徒が通るような場所ではありませんから」


「あの時は必死だったなあ。中三の時はずっと勉強してた気がする」


 勉強が嫌いで、進学先も適度なレベルの場所でいいやと思っていた俺が急遽やる気を出したのは、先輩と同じ高校に入学したいと思ったからだ。


「でも、普段は頑張らないから成績が悪い。うちの学校はレベルが高いですから、ちょっと勉強をしないだけですぐに落ちぶれていきますからね。どうせ、悠は赤点ばかりだったのでしょう?」


「よくわかってるな、俺のこと」


「期待を裏切って欲しいところでしたが……うーん」


 すると、心愛はなにかを考えこむようにする。


 なにか言いたげな、だが言えないなにかがあるような。


 なんだ? 俺になにを告げようとしているんだ? 成績が低いことを罵倒されてしまったりするのか?


「……わかりました。私が教えてあげましょう」


「ん?」


「赤点を取ると、補習と再試験が待っています。放課後の自由時間を減らしたくはないでしょう? それに、ずっと学校を休んでいたんです。ここで酷い点数を取ってしまうと、最悪留年なんてこともありえるかもしれません」


「さすがにそれはないと思いたいが」


 まあ、これから万が一出席日数がギリギリになったりしたら、色々とピンチになってしまうのは間違いないだろうが。


 なるべく安全な成績は取っておきたい気もする。


「というわけで、私が教えますので」


「でも、いいのか? 心愛だって自分の勉強があるだろう」


「悠の心配をして集中できなくなるよりはマシですよ。お返しはアイスで」


「えーっと、今残り何回だっけ」


「さあ? ちなみに利子は十日で一割です」


「あれ利子とかあったのか!? しかも暴利すぎるし。ウシ○マ君かよ」


 俺の反応がおかしかったのか、心愛がくすくすと笑う。


 そんな彼女の笑みが、気にするなと言っているように見えた。

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