第8話 敗北のち悶絶
ベランダでの会話を思い出しながら、先ほどのことを軽く後悔していた。冷静を装うつもりだったのに、そういう態度は表に出さないと決めているのに。
『この数日、お前に看病されて体調も治ったしさ。元気になれたのは心愛のおかげだ。ありがとう』
なのに、彼を励ました際、らしくない素直すぎる彼の言葉を向けられて、思わず動揺してしまった。
いや、本当はわかっていた。悠はぶっきらぼうで粗暴に振る舞うが、礼儀正しくなによりも素直な人間だ。
彼は心の底から感謝を示すとき、普段の態度からは考えられないような、優しくて真っ直ぐな礼を告げる。普段の悠らしくはないが、それもまた悠らしいのだ。
そんなこと、知っていたはずじゃないか。だって、私は悠に詳しい。
「あ~……も~……」
べつに、さきほどの私の態度を、悠はなにも気にしてはいないだろう。だが、敗北感があった。
彼に自分の好意を悟られないように心掛けると決めたあの日から、表に出さないように気をつけていた感情のはずだった。だったのに、油断するとすぐに溢れてしまう。
「己の敵は己。厳しく律せよ、恋捨てよ乙女」
……私はなにを言っているのだろう。
思えば、今日は敗北続きだった。学校での昼休み、悠のことは気にしないつもりだったのに、自然と彼の教室へと足が向いていた。
ここまで来たのだしと、そっと様子を伺って帰ろうと思ったら、偶然学食に向かっていた彼と出くわして逃走することになった。
放課後は、柄の悪いクラスメイトにも気をつかわれた。
しかもよりにもよって、悠はその柄の悪い生徒に私が惚れているのではないかなどと、からかってきた。
今思い出すだけでも腹が立つし、その言葉にあんなに反応して腹が立ってしまった自分になによりも腹が立つ。
「うううううう~……!」
膝を曲げ、枕を抱きしめ、悶絶しながらベッドの上で転がり回る。
本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に腹が立つし、胸の中がざわついて恥ずかしい。
ああもう、なんだと言うのだ。きっと、今の私の顔は、りんご飴のように真っ赤に染まっていることだろう。
「……でも、私の恥で悠が元気を出せたのだと思えば、それでもいいのですかね」
悠がベランダに出る音を聞いてからは、衝動的だった。夜風なんて心地のよいものに当たっていては、否が応でも、
そんなことになれば、悠はきっと、またつらい気持ちで胸がいっぱいになって、落ちこんでしまうだろう。そうなってしまう前に声をかけて、元気付けようと思ったのだ。
「うん、元気になってくれているなら、それで」
嬉しくなるのがわかる。
笑顔になるのがわかる。
好きが溢れてくるのがわかる。
枕元に置いていたスマホを手に取って、夕方撮ったロールアイスの写真を眺めた。昔から、私はアイスが好きだ。
触れると冷たいくせに、口の中に放り込めば甘くて優しく、私に染みこむようにして溶けるその感じが、
『ウィンスタにでもあげるのか? 女子はほんと好きだよな』
『違います。ただ写真を撮っているだけです。深い意味なんて、ありませんから』
深い意味なんて、ない。
ただ、悠に奢ってもらったアイスというだけで、写真を撮ってしまいたくなってしまった。それだけの話である。
衝動的に、アイスが映った写真にちゅっと口付けする。
思わず、にま~~と頬が緩んだ。
「って、私はなにをやっているのですか……」
やってしまった後で、自分の痛さに心底がっかりする。この光景、絶対に誰にも見られたくない。キモすぎる。私キモい。
「そ、それはさておき。さておきですよ。それにしても、昨日小言を言ったのに、相変わらず不摂生な食生活をしているみたいでしたが――」
病み上がりが重要なのだ、ちゃんと食事をしないとまた体調を崩しかねない。お節介にも、そんなことを思ってしまう。
……そういえば。
戸棚の奥、悠と同じ高校に進学した時、使う機会があればと思って用意した
今思えば、距離を置いておきながら、使う機会がいつかあるかもなどと、あんなものをうっかり買ってしまう自分の行動が痛くて仕方がないけど。
でも、これはちょうどよいタイミングなのではないだろうか。一度も使わないなんて勿体ないし、チャンスがあるなら活用すべきである。
私は電気を消すと、
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