異世界転生もの好きくない

 帰り道。だいたい15分ほど、歩きながら考えていた。真尋恵憂のことを。

 いやはやなんともし難い。真尋の話は絶対に真実であることは信じている。もう誤魔化せられない状況だったし、あの涙は本物だ。

 だからこそ手を打つことができないことが山積みだ。親なし、兄弟なし、親戚もいない。このままいけば、愛人すら無理だ。酷いことだが見た目だけしかいいところがわからないからこそ、真尋の人生の果がわからない。

 この娘にしてあげられること。金の問題か? 劣悪な環境の問題か? メンタルの問題か?

 おそらくすべてを問題だろう。

 それ相応の施設を紹介することが1番なのはわかっている。でも俺は……それをしたくない。体のいいたらい回しのようなだと感じてしまった。それをすれば真尋が俺に抱いてくれた信用を裏切ることになると勝手ながら思ってしまい。


 いや、もうわかっている。真尋は明らかに「愛情不足」という状態だ。

 親に捨てられ、LDと思われる学習障害があって、周りが真尋に優しくなかったのだろう。いったいどどんな政治力でうちの学校に入学できたものだと考えて……立華さんの言葉を今更ながら思い出したこ。


 傷のある少女。真尋のことだ。


 このままにしておけない。正直、頭にはすべてを解決できるかもしれない考えはある。まぁ犯罪ではあるが。これが立華さんの言っていた「自己犠牲」なのだろうか。でも俺は立華さんに「自己犠牲でも、その人が助かってくれればやっていいんじゃないですか? お節介も必要なことだと思います。やらない善よりやる偽善が大切だと思います」

 くっそ俺は大馬鹿だ。自分の信念も立華さんの言葉も忘れていて。自分で自分を殴りたかった。真尋はあんなにも辛いと言ってくれて、抱きしめるだけでは真尋のことにには足りない。言い訳できない、俺はバカな大人だ。

 だから俺は今歩いてきた道を反対に、真尋恵憂の家の方向にまで走り始めた。


 俺の妹と同じ過ちを犯す前に助けたかった。


 走ること数分。到着したときにはもう体力は限界だった。何年も走ってないことがよくわかったよ。

 ちょうど玄関から少しおめかしした真尋が出てきて、俺に気がついたようだった。汗だくの男に近づきたくないのは、世界中の女の子が抱いていることだろうに……真尋は

「せっ先生どうしたんですか?」

 汗をハンカチで拭いてくれた。真尋恵憂の優しさに触れた気がして

「真尋、この後出勤か?」

 息がゼイゼイとなって苦しい。

「はい、そうですけど……」

「真尋、今日でキャバクラ辞めてこい」

 真尋の怪訝な視線。

「何時帰りだ?」

「予定では20時ですけど……」

まぁ嫌な質問だわ。でも 

「それまで近くファミレスかなんかで時間潰すから、家に着いて俺が入っていいタイミングでこの番号に電話でもショートメッセージをくれ。」

 やっぱり怪訝な態度で

「なんでですか?」

「もう後悔したくないからだ」

利用をごまかすために曖昧なセリフを吐いた。。

真尋はふぅうとため息をして

「この近くにファミレスどころかコンビニすらないですから……」

またため息をついて

「私の家の中でいいですよ。桜井先生のことは信用してますからね」

「まぁそりゃ助かるけど、女の子としてそれはどうなん?」

ずいぶん軽いなぁ。15歳でキャバクラで働いているからかな。

「出勤時間、遅れそうなんで。先生、待っててね」

 これまた満点の笑顔で、信用には信用で返すことしかできない。

「じゃあ俺は中に上がらせてもらうね。行ってらっしゃい」

ちょっと間があいて、戸惑いがちに

「い、行ってきます」

そうか挨拶にも慣れていないのか。預けられた施設の質の悪さが如実に現れているね。


 まぁ上がらせてもらったからある程度はいいのだろう。ざっと部屋を見渡して、感じたのは『生活力』のなさだ。家具家電がまったくない。カーテンもなければゴミもない。唯一あるの安っぽい布団だけ。おおよそ人間が暮らしているとは思えない家だった。


 そんな真尋の家に俺が感じたのは『恐怖』だ。


 やることもないし……財布から睡眠薬を出して水道水で流し込んで、そのまま畳で目を閉じた。


 ぱちっと目が覚めてスマホで時間を確認すると21時。ちょっと遅くなって真尋は帰ってきた。手にはコンビニ弁当が2つ。俺が待っているのを、信じてくれていて、そんな普通の人には思っことがなかったことが嬉しかった。

「金払うよ」

と言って財布から10000円札を出すと

「私が待たせてもらったから大丈夫ですよ? というか過剰なお金です」

「バカ言うなこういうときは男が払うもんだし、大人が払うもんだ。いいから受け取れ」

 むりやり押し付けると、ちょっと顔色をうかがっておとなしく受け取ってくれた。学費にひいひいいってるくらいだから、切羽詰まってるのは当然わかるから払うのが礼儀でしょ。

 当然電子レンジなんてないので冷めたコンビニ飯を2人で食べ始めた。

「人とご飯食べるのいつ以来かなぁ」

ずいぶんと嬉しそうに安っぽいハンバーグを口に運んでいる。こういう、人と一緒に御飯を食べる機会もなかったのか……。

「今日は先生が待っててくれたから外食にしなかたんですよ」

ずっと笑顔で……俺はそれが悲しかった。



「なぁ真尋。このままじゃいけないのはわかってるよね?」

優しく、ちゃんと真尋に向き合って

「俺はね。余計なお世話だと思うけど……真尋恵憂っていう女の子を助けたいんだ」

「それは代わりです……」

「やっぱり妹のことの知ってたか」

真尋は静かに下を向いている。

 でも俺は続ける。

「真尋はもう自分がどういう状況におかれているかわかるよね?」

やっぱり下を向いていて、我慢している。


 そう彼女は弱音を吐けないんだ

 誰も信用できないから


 泣くことも許させていなかったのか

 そんな理不尽に怒り狂いそうだった


 なによりこんなに懸命に人生と向き合っている女の子が

 親がいないという理由だけで苦しんでいるこの世の中が許せなかった


「でも俺は信用できた?」

首を縦に振ってくれた。

「なんでかわかる?」

「わからない……けど

なんか息苦しさがなかった。

ちゃんと私を見つめてくれた。

優しく抱きしめてくれた。

全部初めてだった」


 この恵憂の優しくて悲しい言葉を俺は永遠に忘れない。そう誓った。


「俺はこれを言っていいのかわからなかった。でもそれは俺が覚悟を決められなかったからだ。

それでも俺は選んだ。『真尋恵憂は保護の対象であると』」

それを言った瞬間、鼻をすする音がして

「俺は、真尋を施設に預けて解決する、治癒するものではないと感じている」

俺をちらっと見て。その瞳が潤んでいたことは辛かったが言葉を続ける

「俺の家に来い。子供にこの環境は辛すぎる。真尋恵憂にとって優しくない。

だから俺が保護する。勉強の心配も、生活の心配も、金の心配もない。そんな世界に連れて行く。

拒否権はない。

俺の娘として、妹として生きろ」


「私、買われちゃうの? せめて初めてくらい好きな人が……」

もじもじと指を動かして、あぁこの娘の女の子的反応は初めて感じたな。

「安心しろ。娘に、妹に手を出すやつなんてクソ野郎だ」

顔を真赤にして

「信じていーの?」

「俺を信じろ」


 その言葉を聞いて、くたっと横になって意識を失ってしまうように寝てしまった。


 いつも真尋は気を張り詰めていたのがよくわかった。布団をかけてあげたあと、その後3時間ほど寝ていて、起きたら恥ずかしそうにしていた。

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