就職氷河期という時代がありました


 立華さんとのカウンセリングも1年くらいになるだろうか。

 就職という現実に直面した大学4年生の俺。

 立華さんの薦めで教員免許は取っていて、このまま教師かなぁと先のない未来を退屈に感じていた。

 そんなそろそろ寒くなってきたとき不意にスマホに着信が入った。

 普段はない立華さんからのお呼び出しコールだ。要件は来ればわかるの一点張り。仕方ないかぁと思い、そこそこの時間をかけて赴いて


 いつもの様にカウンセリングルームに入ると、いつもと違ってスーツ姿の女性いた。

 

 頭は、はてなマークだらけだったが

「桜井春樹と申します。違ったら大変失礼ですが、初対面ですよね?」

きちんと挨拶はできた。これも立華さんのおかげだなぁとしみじみ。

「はい。私、神崎と申します。立華さんがセッティングしてくれました。立華さんは大学の先輩です」

毅然としている性格が座り方からありありと分かる。こういう人苦手なんだよなぁ……。


「どうぞおかけください」

 声も冷たい。なんの拷問だ……。

 恐る恐る対面に座る。


「先に謝らなければいけません。私は桜井さんの過去について立華さんから聞いています。もちろん全てではありません。その理由は話していければわかって頂けると思います。それでも、申し訳ありません」


「こちらを15分ほどで読んでください」


……


 さほど厚くない書面を斜め読みして、さらに謎が深まった。

 なんで俺、私立高校の教員としてスカウトされてんの?


 ぴったり15分で読み終わった。

 それを見ていたのか発言を被せてくる。


「我が校のことはご存知でしたか?」

この人、表情つくるの下手すぎだろ。1年前の俺かよ。無表情とは言わないが感情の起伏が全く見られない。

「申し訳ありません知りませんでした」

「まぁ高校なんてたくさんありますからね」

 と少し表情を崩して苦笑いしている。それで俺も少し安心できた。

「では少ない情報ではありませんが我が校の説明をさせてください」


 我が校、私立紅葉園学園は世田谷にある、普通科の高校です。

 偏差値も50そこそこの、少し勉強を頑張ればさほど難関校でもない学校ですが、そんな我が校は倍率3倍ほどをキープしているのは、コンセプトである『生徒一人ひとりときちんと向きあう』が保護者の方に評価していただけているからです。

 保護者様や教育に携わる方、そして世間一般の方はそれが普通じゃないの? って思っているかと思います。


 じゃあ桜井さん。ご自身ことを思い返してください。高校生のときに……があって誰か先生が助けてくれましたか? 友達とも距離をおいて、ひとりでいたあなたのことを気にかけてくれた先生がいましたか?


「……」

 返す言葉がない。いや返せる言葉がなかった。


 私達採用担当で共通しているポイントがあります。それはその人も心の傷があったことです。

「心に傷がない人は心に傷がある人に寄り添えない」これが採用の要です。

どうか我が校のことも採用の選択肢の1つにして頂けたらと思います。


「この後、立華さんも桜井さんにお話したいことがあるとのことなので、お先に失礼します。今日は貴重なお時間頂きありがとうございました」

 決まりきった意味のない感謝を述べて、その女性は出ていった。


 5分ほど待っていると、立華さんが姿を現した。

 先程まで採用担当の女性が座っていた対面の椅子に腰掛けるとおもむろに口を開き

「私としては紅葉園学園に就職してほしいの」

 という立華さんの意見が出た。

「どうしてですか?」

 もちろん俺には意味わからん。

「結論だけ聞いても理解できないから、どういう思いで桜井くんに就職斡旋みたいなことをしたのか説明するわね」

 

 「来年度、つまり再来月に真尋恵憂ちゃんという女の子が紅葉園学園へ入学するの。これはもう決定事項ね。

 そして桜井くんにはその子のフォローをしてあげてほしいの。その子もそう、心が酷く傷ついてて、なのに『にこにこ』してて、いつかあの子は壊れてしまう。そんな女の子。

 私だけではもう解決できない。だから似たような傷を持つ桜井くんに託したいの」


 俺が『えう』という名前を聞いて浮かぶのはあの笑顔。今でもまだ傷は癒えていない。


「なんの偶然か。名前が同じなんて……神様は残酷ね」

「それに乗っかるのも一興ですね」


 次の日の午後1時、内定を受け入れることを採用担当の方に告げた。


 

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