第7話
現場に近づくにつれ、防火衣姿の人間がだんだんと増えていく。赤い光が、周囲に警戒を促すように瞬いている。
和人は身体にまとわりつく雪を払いながら進む。
さっきとは違うポンプ車に近づく。この先にポンプ車は停車していない。おそらく最先着隊である。
隊名表示灯を確認する。違う。これで三隊目だ。溜息をつく。この先にポンプ車はない。赤い光はあちこちで瞬いているが、いったいどれが目指す光なのか。皆はいったいどこに行ったのか。
「和人かっ」
俺は彷徨い人だ、遭難するのだと絶望し、ああ、と天を仰ごうとした時だった。和人は瞬時に反応し、声のした方向に顔を向けた。夏木田だった。迷子を見つけた親のような顔で迎えてくれた。
「よくぞここまで来た」と夏木田は和人の肩を叩き、大きく頷く
(い、いがった)
和人はようやく救われた気持ちになり、安堵し、半ば放心状態となった。
もう少しでその場に崩れ落ちるところだった。
「いやあ、さあ行くぞって時になってもいねえんだもの。何やってたんだ。でもまあ、無事に来れでいがった、いがった」
あとから来いといったのはあなたです、こっちは救急隊に救われ九死に一生を得た思いでここにいるのだと訴えたかったが、そもそも誘いに応じた自分が悪いのだから、返す言葉などない。和人はぐっとこらえた。
「さ、まず、中隊長さ行ぐべし」
夏木田は和人を迎えに来たのだった。井上が白島に無線で和人が到着した旨を連絡し、白島に下命された夏木田が、和人を探しに来たのだった。
それにしても、ここは災害現場である。自分ひとりのためにこんなに時間を割いてくれていいのかと恐縮してしまった。
「探しに来てくれてありがたかったっす」
「なに、気にすんな。で、ここにいるのが最先着隊だ。」これよ、と夏木田は目の前にいるポンプ隊を指差す。隊名表示等には「坂町2」とあった。桜台消防署の出張所だという。
「坂町出張所の担当区なんだ。奴らが最先着隊。だがらこっちは支援する側なのよ。桜台中隊は現在、ホースを一線延長し待機中なのさ。手の空いているうちってことで、中隊長がお前のことを探し行けって。まあ、見つかっていがったなあ。下手したらおめえは、現場で迷子になったままおしまいだったべ」
「はあ」
自分のことを気にかけてくれていたのはありがたかったが、もしも、桜台中隊が待機にならなかったらどうだったのか。それを考えると複雑だった。
最先着隊は、消火活動はもちろんだが、人命検索救助を最優先として活動する重責をも担うのである。逃げ遅れがいないとわかれば消火活動に専念できるのだが、そうでないときは、いつでも放水できる状態で火点建物へ侵入し、人命検索を実施しなくてはならないのだ。
「これ、若え衆、何ゆっくり歩いてんだ、早ぐ行げ、消せ、ボケ。こっちはちゃんと税金払ってんだがらな。しっかり働げ」
「んだんだ、命なんか惜しぐねべ、火の中さ入っていげよ、早ぐ消せ、早ぐ。死んだら二階級特進だべ」
「な」
突然耳に届いた声に振り向くと、中年男性が五、六人。からかうような表情でこちらを見ていた。
(人の命を何だど思ってやがる、こっちだって必死なんだや)
声に出したかったのを堪えた。
「だめだど、あんたやづら、相手にすな、我慢だ。」
和人の心情を察したのか、夏木田がいさめた。
「ほれ、若げ者、走れって」
野次馬は和人を挑発するようにはやし立てる。
野次馬に顔をむけたまま固まっていた和人は、「ふんっ、こっちは実習生だっつうの」と呟いた。
ふいに夏木田から強い力で腕を引かれた。険しい顔になっている。
「馬鹿者、おめの中身なんかどうでもいんだ。実習生だろうがベテランだろうが、若者だろうが老人だろうが、傍から見ればよ、防火衣着てるヤツは、皆、消防隊員だ。奴らから見れば、皆、同じなんだよ」
「はあ」
正規の隊員である者と、実習生で見習いの、お客さん的立場の者では、実力が違う。しかし傍から見れば、どちらも一人前の「消防官」であるということなのだ。たしかにそれはそうだ。反論する余地はない。
新人だからできないとか、未熟だからできなかったとか、年取ったから身体が動かないとかできないとか、言い訳は許されないのだ。災害現場では甘えは許されないのだと、和人はあらためて自覚した。
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