第2話 優しい色

 お隣宣言をされてから一体どんな事が待ち受けているのだろうと身構えて数日が経った。けれども、今までの日常とは至って大差がなかった。

 違いがあるとすれば、隣にいる美少女を見放題の権利があるのと今までの学校生活の中で非常に快適な事だ。


 隣に美少女がいるからといってまじまじと見つめるような日々を過ごしていたわけではなく、疲れた時や目眩が起きそうな時に一瞥するくらいだ。それでも、割とこの特殊体質は抑えられるので助かっている。

 白石の方もなんだかんだ助かっているらしい。彼女を見ること自体が稀であるはずだったのが、今では週三ぐらいの登校ペースに戻っていたのだ。


 まだ完全に平日全てを登校するのは叶わないという。

 白石がいうには音は人によって大きさが違うから防ぎたくても防げないものがあり、それにやられる事があるそうだ。簡単に分けるとイヤホンとスピーカーみたいなもので、耳に直接届くか爆音として届くかという違いみたいだ。

 確かに、イヤホンみたいに直接聞こえるのならば、別の音声でかき消すか、耳を塞げばある程度抑えられるけれど、スピーカーの場合は音が拡大され、響くように耳に届く。それを耳を塞いで音は抑えられたとしても、音圧がほぼ変わることはないまま白石に届くから、さぞかし辛いことだろう。

 僕が近くにいる時はやりたい事をやり、図書委員の仕事もしっかりやっているので、登校も助けてあげられればと思うのだが、家が遠いのでそうもいかない。


 そんな事を図書室で仕事をしながら考えていた。

 仕事をしながらというものの、今日は人が数人来たくらいで、すっからかんな状態だ。

 お昼休みの間だけ図書室の当番をしているのが、図書委員の仕事だが、人がいないと暇で仕方ないのがこの仕事だ。僕にとっては人がいない方が嬉しいが、図書室が使われていない事実でもある為、少し悲しい。


「今日は人が全然いませんね」

「それはまだ一学期だから。一年生は戸惑ったりもう仲良くなった人達と会話する方が多いと思うし、二年生は慣れてるからとはいえ来るのは少しだけで、三年生はこっちに時間はあまり割けないんだろう」

「なるほど。でも、私達にとってはオアシスみたいなものでいいですけどね」

「それは同感。こうやって本を読んでいられるから別につまらないわけじゃないしな」

「私は本を読むのは苦手です。集中力が切れて眠くなってしまいます……」

「そっかぁ……でも、多分それは自分に合ってない本を読んでいるんじゃないかな?先が気になる本を読んだことは?」


 質問に対し、白石は首を横に振る。


「そうだよね。うーん、ここは王道でファンタジーにするか、いやでもそれが合うとは限らないし……読みたいジャンルとかはある?」

「特にない、というかあまり詳しくないのでわからないです。面白いものなら読めると思います」

「面白くて先が気になる系なら焦れったいラブコメかな。はいこれ」


 図書室の本棚にしまってある一冊を取り出し、白石に手渡す。


「ラブコメってなんですか?恋愛の……お米?」


 真剣な顔をして、出てきた言葉がお米で思わず笑みが零れてしまった。


「違う違う。ラブは恋愛、コメはコメディだよ。一般的には学園ものが多くて、たまに異世界や逆に現実だけど現実にはないものを置いてやるラブコメもあるよ。渡したそれは学園ものだけど」

「ありがとうございます。時間もありますし、読んでみます」


 早速本を開き、読み始めたのを確認して、僕は読んでいる本に目線を戻した。

 しばらく本を読んでいると、廊下が少し騒がしくなってきたので、時間を確認するとお昼休みが終わる5分前くらいとなっていた。

 僕は読んでいた本を閉じ、背伸びをしてリラックスをする。今日はだいたい150ページぐらい読めて満足だ。

 隣で本を読んでいた白石の方は、まだ読書に耽っていた。


「そろそろ時間だからパソコン落としたらいくよ?」

「うー、いい所なのでまだ読みたいです……」

「良かった、ちゃんと読めてたんだね。それ結構面白いというか胸がこう、ぎゅっと来る感じがしてね」

「そうです!まだ読みたいですけど時間ですもんね。いきましょうか」


 (本当に夢中になれたんだな、その本に)

 パソコンを落とす前に、自分が読んでいた本と白石の本を借り出し処理をする。


「あ、ありがとうございます。何も言ってないのに優しいですね」

「僕は別に人が嫌いじゃないし、むしろ好きな方でこうやって会話するのも友達以外だと久々で。だから本を夢中に読んでいるのを見てたら体が勝手に動いたというか……不躾だったら悪い」

「いえいえ、私も借りようか迷っていたので、意図を汲み取ってくれて嬉しいです。久々に授業サボろうかなー」

「だ……いや、この機会だ。抑えられてるとはいえ、満足に登校できてない事は先生も知ってるだろうし、いいんじゃないか?」


 不意を突かれたのか、呆けたような顔をしている。


「ダメだと思ったけど、僕もこれ読みたいし、白石さんは今まで思うようにやりたい事をやれてなかったと思うから」

「私の心配してくれる人なんて初めてです。でも、どうしますか?サボるにしても図書室に居座るのは迷惑だと思いますし」

「サボるなら自己責任でお願いね。図書委員のお二人」


 準備室から出てきた佐倉さんが会話に割って入るように言った。


「盗み聞きとは趣味悪い」

「失礼な。いい雰囲気のお二人を私は見守っていたんだよ?邪魔をしなかっただけ偉いと思うなー」

「はいはいえらいえらい。して、いいんですね?」

「あしらわれた感じがして嫌。ちゃんと褒めてくれたら使わしてあげる」

「年上のプライドみたいなのは無いんですか?はぁ、まぁいいや。僕たち二人の間を邪魔せず、ひっそりとその様子を見守った行為、大変偉いですので図書室を使ってもいいですか?」

「使い慣れてない言葉だから60点!でもお姉さん許しちゃう!」


 ふふっと笑い声が聞こえて体が固まる。

 白石がいるのをすっかり忘れてしまっていた。


「仲がいいんですね。歳の壁を感じさせないというか、あまり司書の人と仲がいい人って見ないので」

「歳の壁を感じさせないってすごく嬉しい。プラス10点あげちゃう!」

「仲がいいのか腐れ縁なのか。まぁ、世話にはなってるし、相談相手になってもらう事があるからそれでなんか現状になってる。こんなだけど相談は真面目に乗ってくれるから困ったら聞いてみるといいと思うよ」

「それじゃあ、その時があったらよろしくお願いします。佐倉さん」

「素直な人は好きだぞ。お姉さんじゃないとダメな時とかそうじゃなくても全然頼ってね?」


 ドヤ顔をしながら言うからダメな人に見えてしまうのが残念でならない。だが、佐倉さんが頼れる人であるのには間違いないからそっとしておくことにした。

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