キミの音色はなんですか?

常朔

第1話 キミという異色な存在

 二回目の新学期。つまり、今は春だ。

 僕はこの桜の花びらが舞う景色が大好きだ。写真に収めたいくらい。

 でも、二年生の初日に遅刻という恥ずかしい事はしたくないので、この景色を目に焼き付けながら歩を進めた。


「おはよう。クラス表が張り出されてすごい混雑になってるな」

「ああ……ごめん、気持ち悪くなってきたかも。先に見てきて、ついでに僕のも頼む」

「やっぱ、そうなるよな。わかった、ちょっと待ってろ」


 慣れた返事を返してくる彼は、日向悠人ひなたゆうと

 高校一年生の時に友達になれた唯一の人。

 何故さっき気持ち悪いと伝えただけで、分かっていたかのような返事をしたというと、僕は特殊体質なのだ。間違いではないが、人混みの多さで吐き気がしたわけじゃない。

 この特殊体質というのは、人の感情が色となって目に見える、というものである。人の深層心理を知る事に関しては便利なのだが、ひとつだけ弱点がある。それは、色んな色が見えて目眩が起きてしまう事だ。


 いろんな色が溶け込んで一つの色として見えるのではなく、様々な色が独立して見える為、大勢の人がいると景色は七色のように色が変わり、結果目がその負荷に耐えきれず目眩が起きる。だから、僕はこの能力があまり好きではない。


「残念だったね。今年は別々のクラスみたいだよ」

「そ、そんな……僕はまたぼっちの日々を過ごすのか」

「まぁまぁ。どうせ、耐えられなくなったら図書室や屋上とかにいるんだろ?最悪メールでもSNSでもメッセージ送ってくれれば会話ぐらいしてやるから」


 嬉しいようなそれだったら直接会って欲しいような複雑な気分だったが、励ましは素直に受け取る事にする。


「あ、そういえば識音しおん。今年は例のあの人と同じクラスだったよ」

「例の……って誰だっけ?」

「えぇ……幽霊学生だよ」

 幽霊学生?聞き覚えのない二つ名に首を傾げるしかなかった。

「本名は白石葉月しらいしはづき。ほら、噂になってるじゃん。不登校や早退が多くて、朝はいたのにいつの間にかいなくなってる幽霊みたいな子。って」


 本名を聞いてようやく分かった。

 確か、本人には何かしらの事情があってそういう日々を過ごしていた、と聞いたことがある人だ。


「僕は別に仲良くなる気もなれるとも思ってないから気にしない。なんかあったら連絡はする」

「おう、今年度も頑張ろうぜ!」


 ぐっと親指を突き立て、悠人は自身のクラスへむかっていった。

 僕は自分の席に行き、大人しく座る。そして、視界を塞ぐように机に伏せる。これが学校生活の中で僕か一番楽な姿勢だ。

 そのまま担任が来るまで眠ってしまおうかと思ったら、妙に教室が騒がしくなり、顔を上げると見たことの無い人が教室に入ってきた。


 恐らく、あの人が白石葉月。見た目は端正で美少女の言葉が似合うような容姿で、とても不登校や早退が多い人には見えなかった。

 そして、なによりおかしい事がある。色が見える。はっきりとそのままの景色が目に見えるのだ。

 この異常事態に理解が出来ず、彼女を目で追っていると、隣の席で座った。


「おはようございます。これから一年間よろしくお願いしますね。多分大事な時にしか会えませんが」

「ん、ああ……よろしく」


 交わされた時間はほんの少しの間のみで、会話は終わった。大事な時というのは、行事のことらしい。その時だけはいなくなった事がなかったとか。


 僕は再び顔を伏せて、時が経つのを待った。

 担任が教室に来て、これから自己紹介でも始まるのかと思いきや、去年やったから今回は無しで、そのまま係や委員会決めになっていった。


「図書委員やりたい人いるか?」

「はい。僕がやります」

 周りを軽く見渡したが、男子で手を挙げているのは僕だけだったので、確定した。女子は誰になるかとか正直興味なかったのだが、白石になった。


 よろしくお願いしますというのは、委員会もという事だったのか。図書委員は一人いないから負担が増えるというものでもないから全然いいのだが、休みがちになっているのだから入らなければ、いいだけなのではないかと思った。

 去年もやった図書委員だから特に問題も無いだろうと自分の中で結論付けした時に、隣から袖を少し摘まれた気がした。


「放課後、図書室に来てください。話したいことがあります」

「ここは居心地が悪いんだ。ごめんってあれ?今図書室って言いましたか?」

「はい、お願いします」


 何故図書室なのか、話すことなんて無いだろと言いたかったが、言いたいことだけ言われて、白石は前に向き直していた。


 その後は特に何事もなく放課後となった。

 明日はいつも通りの時間割でやるからぐらいの話しかされず、二年生になると去年と似たような事があるから少し余裕が持てて楽だと思った。

 言われた通りに僕は図書室に入る。

 そこには約束の相手白石と司書の佐倉仁美さくらひとみが話し合っていた。


「こんにちは。佐倉さん」

「あ、識音くん。こんにちは」


 去年も図書委員をやっていたからか、すんなりと名前で呼ばれた。


「それで白石さん。話というのは……」

「あ、名前は知ってるんだ。うんうんそれぐらいしか知らないはず」

「まぁ、うんそうだけど。それがなにか問題だったり?」

「一緒に図書委員になったので改めて自己紹介を。と思いまして」


 一緒に図書委員になったとはいえ、ついさっき、大事な時しか会えないと言っていたから別にしなくてもいいと思うが、白石は口を止めない。


「私は白石葉月というのは知ってましたね。とりあえず趣味とかそんなのは置いておいて、えと、識音しおんさん?」

「識音か識音くんでいいよ。さん付けは女の子に聞こえるし、無理なら秋月あきづきさんでいい」

「分かりました。では、識音くんは私がどうして図書委員になったのか、なぜ一年生の時に不登校や早退が多かったのは知っていますか?」

「いや、全然わからない。図書委員は内申点稼ぎと隣に居る僕が図書委員だったからという推測しか」


 白石の質問に頭の中で考えられる答えをそのまま答えたのだが、白石は突然ほくそ笑んだ。


「違うのか?」

「全然違うよ。やっぱりそう思われちゃうんだね……本当は君が原因だよ」


 僕が原因だと……?まさか、僕のこの特殊体質を知っているのか?僕はもう一度白石を目を凝らして見てみたが、色は見えない。一方、佐倉さんの方を見やるとしっかり色が見える。落ち着いている色、緑色だ。


「識音くんに何があるのかは私は知らないから安心して。それでね、何故かなのだけど君の近くにいると私の特殊体質の効果が変化するんです」

「それって僕の特殊体質が原因なのか?互いに影響を及ぼすなんて話聞いた事ないから違うか?」

「えっ、識音くんも特殊体質なんですか」

「あっ……隠すつもりは無かったんだけど。僕はそう、特殊体質だよ。人の感情の色が見えるというね」

「私と似ていますね。私は人の感情が音として聞こえるんです。楽器のように壮大な音から雫が落ちるような静かな音まで色々と」

「それって嫌な音もか?例えば黒板を爪で引っ掻くと鳴るあの嫌なやつとか」

「人の感情なので滅多にはないけどありました。その時は私は耐えられずに早退したり、別の場所に動いたりして逃げてました」

「もしかして自分でコントロール出来なくて、色んな所から音が聞こえて、それで気持ち悪くて早退。それがもう嫌だから不登校になっていた。で合ってる?」

「はい、正解です。問題はどうして識音くんの側にいると君の音しか聞こえなくなるのか、です」

「そ、そんな事知るわけない。僕だって君の色が見えなくて最初困惑したぐらいだから」

「謎同士ですか……決めました。私は識音くんの隣にいることにします!」


 唐突なお隣宣言をされて、どういう返事をすればいいか分からず、助け舟を出してくれないか佐倉さんの方を見たが、微笑まれた。どうやら出してはくれないらしい。


「ふ、普通は干渉しないようにするものじゃないかな?怖くないのか、いきなり自分の身に体の不調ならまだしもこの特殊体質の異常だ。避けるべきことになるんじゃないかな」

「私もそう思ったんですけど。識音くんの音、聞いていて心が安らぐというか落ち着いてきて、心が軽くなるんです。朝は本当は気持ち悪くて仕方なくて、終わったらさっさと帰ってしまおうと考えていたぐらいなのに」

「でも、僕の音しか聞こえないってそれでも煩くないのか?」

「それが不思議と大丈夫みたいで、今ここに居ても司書の佐倉さんの音は全く聞こえないんです。ですので、体にかかる負荷が少なくてむしろ楽です」


 白石は一体どれだけの音を聞いて我慢してきたのだろう。ここまで会話をしてきて出てきた感想はこれだけだった。

 今までやりたい学校行事も出来ず、家に引きこもり一日を過ごすのは、あまりにも退屈すぎる。


「わかった。でも、ひとつだけ条件がある。それは期待には応えきれないという事」

「どういう事ですか?」

「一応今は白石さんの方を見ても何も無くてちゃんとした景色を見れる。でも、佐倉さんの方を見るとちゃんと色が見えるんだよ。今は緑色で」

「えっと、もしかしてそれは教室に居すぎると気持ち悪くなって出ていくかも……と?」

「そう、だから期待には応えきれないと思う。白石さんの方を見てるのは楽なんだけど」

「別に見るのは構いませんよ。無茶を言っているのはこちらなので」

「じゃあ、うん。わかった。これからよろしくお願い、します」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」


 僕はぎこちなく承諾をした。


「話は片付いたかな?」

「あ、ごめんなさい。新年度になってから早々醜い事を……」

「醜いとか学生はそんな事言わないで。初日はどうせ誰も来ないと思っていたのに、識音くんが来てくれて少し嬉しいんだから」


 佐倉さんが上機嫌そうな態度で喜んでいる。


「嬉しいというともしかして面識あるんですか?」

「あるも何も去年図書委員やったし、それに気持ち悪くて仕方ない時、ここによくお邪魔させてもらってる。授業中なら誰も来なくて静かで安全地帯だから」

「同じですね。私も大事な時だけは我慢して、それでもダメな時だけここを使ってました」

「類は友を呼ぶとはよく言ったものだなぁ……ってそうじゃなかった。佐倉さんこれ、寄贈します」


 差し出したのは春休み中に読み終えた1冊のライトノベル。

 ある時に、図書室の本は新しいものはあるが、量が少ないと気づいた。それ以降、僕は本屋で買った本を読み終えたら、もう読まないと思ったものから図書室に寄贈するようにしている。


「嘘、初日から寄贈してくれるなんて思わなかった!いつもありがとう」

「いつも無理言ってお邪魔させてもらってるお礼ですので気にしないでください」

「これがあるからこの仕事は辞められないのよね……お姉さん、頑張ってて良かったわ」


 涙目になりそうな顔で本を大事に抱えている。

 僕はこの図書室の繁栄を少しでも手伝えればと思ってやっているのだが、他の図書委員から聞いた話では読まれていると聞いたので、もしかしたらこれはある意味プレゼントになっているのかもしれない。

 たまにラブコメものもあるので、それで性癖とかばれないといいんだけど。


「そうだ、折角初日に来てもらったんだし軽めにお仕事の練習していく?確か葉月ちゃんは初めてだよね?」

「はい。一応貸し借りのやり方は見てたので知っていますがそれ以外は特に」

「そう、それなら大丈夫そうね。でも、実際に自分でやったことは無いでしょ?今は人がいないから練習と思ってやってみない?」

「あ、じゃあそのやってみます」


 佐倉さんが白石を半ば強引に仕事のやり方を教えていく。僕はその姿を傍観するしかなかった。

 白石による唐突なお隣宣言と佐倉さんの笑顔で今日の幕は閉じ、新たな一年の幕が開いた。

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