一章 自発イベントと魔法のインク(1)

「おー、結構人が集まっているなぁ」

 自発イベント当日──クロードのお店である【コムネスティー喫茶洋服店】でマギさんたちと合流した俺は、イベント会場の入口まで移動して周囲の様子を眺めていた。

 今回の自発イベントは、複数のギルドが出展側にいるために、ギルドホームが多く集まる町の北東エリアが会場となっていた。

「なぁ、クロード。どこに行けば、【エキスパンション・キット】が手に入るんだ?」

「まずは、あそこのテントにスタンプカードをもらいに行く」

 イベント会場を見回す俺がクロードに問い掛けると、クロードは迷うことなく会場入口のテントに向かって歩いて行く。

「すまないが、スタンプカードを4枚くれ。それとパンフレットも頼む」

「かしこまりました〜」

 そんなクロードの後を追っていけば、テントで受付をしているノン・プレイヤー・キャラクターからスタンプカードとパンフレットを受け取る。

 この自発イベントのためにNPCを雇っているんだ、と感心していると、振り返ったクロードが俺たちにスタンプカードとパンフレットを配ってくれる。

 スタンプカードには四角い枠組みが三つ並び、パンフレットには第一の町の北東エリアの地図とイベント企画の概要と場所が描かれていた。

「クロっち? スタンプカードってことは、どこかでスタンプを集めるの?」

「そうだ。この自発イベントの中には、参加することでこのカードにスタンプを押してもらえる企画がある」

「ふ〜ん。それじゃあ、全部のスタンプを集めなきゃいけないの?」

 マギさんがスタンプカードの表裏を確認するので、クロードが補足を入れる。

「いや、スタンプは三つ集めればいい。三つ集めれば、各所に用意されたテントでビンゴカードと交換してもらえる。そして、俺たちが狙う【エキスパンション・キット】は、イベント終盤のビンゴ大会の景品に出るんだ」

「なるほど……だから、運が良ければ、か」

 ビンゴゲームなんかは、まさに運に左右される万人が楽しめるゲームだ。

 自発イベントを積極的に回らせるためのスタンプカードと、集めたスタンプで参加できるビンゴ大会とは、実によく考えられている。

「そして、ここにイベント会場のマップがある。スタンプを貰える企画以外にも色んな屋台や露店が用意されているからな。ぶらりと見て回ろう」

「それじゃあ、イベントを楽しむわよ! エイエイ、オー!」

「「──オー!」」

 マギさんの掛け声に、俺とリーリーもノリに合わせて拳を突き上げる。

「こうして固まったままだと邪魔になる。歩きながら、行きたい場所を決めるか」

 そんな俺たちに生暖かな顔を向けるクロードは、この場からの移動を促してくる。

「ねぇねぇ、ユンっち。どこでスタンプを集める?」

「スタンプを貰える場所には、面白そうなところが多いからなぁ」

 リーリーが差し出してくれたパンフレットを一緒にのぞき見て、歩きながら、どこに行こうかと悩む。

「ユンっちはどこに行きたい?」

「うーん。そうだなぁ……」

 リーリーの問い掛けに悩む俺は、その場で足を止めて周囲を見回し、自然と通りに並ぶ屋台に目が留まる。

「ユンくん、何か食べたいの?」

 スタンプとは全く関係のない場所ではあるが、俺の視線の先を目で追ったマギさんが、俺に尋ねてくる。

「えっ? あ、いや……ただ留守番してるリゥイたちへのお土産を考えてただけですよ!」

 以前にライナとアルと一緒に町中を散策した時、プレイヤー向けの施設ばかりを連れ回して、リゥイたちを飽きさせてしまった。

 なので今回は、【アトリエール】でお留守番してもらっているのだ。

「確かに、自発イベントはプレイヤー向けの企画が多いから、クツシタたちも暇しているだろうな」

 クロードたちもこの人混みにパートナーの使役MOBたちを連れてきてらず、留守番させている。

「それじゃあ、みんなの食べ歩き用のおやつとお土産を先に買っちゃおう!」

 クロードが俺の言葉に納得し、リーリーの提案に全員が賛成して屋台コーナーを目指す。

「おっ! トップ生産職ご一行も来たのか! どうだい! 何か買ってくかい?」

「うーん。どれがいいかなぁ。マギっちとユンっちは何にする?」

「私は、一口ドーナツかしらね。沢山買えば、みんなで分け合いながら食べられるでしょ」

「いいですね。一口ドーナツ。食べやすいし、色んな味もありそうですし」

 俺たちが選んだのは、某ドーナツチェーン店にあるような色んな味が楽しめる一口ドーナツの詰め合わせだ。

 味は、シンプルな物を始め、周りにチョコレートやストロベリーチョコ、蜂蜜でコーティングされた物や抹茶生地、チョコ生地の物、プレーンな物に粉砂糖やシナモンをまぶした物、黒糖生地にきな粉など──バリエーションは様々だ。

 そんな一口ドーナツの詰め合わせが入った大きな容器を五つ購入して、四つはそれぞれのお土産用に、残り一つは、みんなの食べ歩き用に決まった。

「クロっちは、他に何か注文する?」

「お菓子だけでは喉が詰まるだろ? 俺のインベントリに空のピッチャーがあるから、そこに飲み物を入れてくれ!」

「はい、まいど!」

 クロードの方は、俺たちからお菓子を分けてもらうからと、飲み物だけ複数種類を容器持参で購入していく。

「ピッチャーを用意してるって、準備いいなぁ」

「ああ、【コムネスティー】で作った飲み物を入れておくのに使うからな」

 そう言ってクロードは、コップにジュースを注ぎ、俺たちに配ってくれる。

 マギさんだけは、一口ドーナツの容器を両手で抱えるように持っているために、ジュースは後で受け取るようだ。

「マギっち、早速ドーナツを貰うね」

「はいはい。リーリー、どうぞ」

「シアっちはどんな味が好きかなぁ」

 マギさんが一口ドーナツを取りやすいように容器を傾け、リーリーはその中からどれを食べようか悩み、一つを選んで摘まみ取る。

「いただきまーす」

 うれしそうに声を上げて一口ドーナツを頰張るリーリーに続き、俺とクロードもそれほど悩まずに手前のドーナツをひょいと摘まんで口に入れる。

「おっ、俺のはシナモンだ」

「俺の方は、抹茶だな」

 俺とクロード、リーリーがドーナツを食べる中、両手が塞がっているマギさんは、何かを思い付いたのかニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「ユンくん、ユンくん。私、両手が塞がってるから食べさせてくれる?」

「えっ? あっ、はい。何味がいいですか?」

「うーんとねぇ。ストロベリーかなぁ」

 俺はマギさんに促されるまま、ドーナツを摘まみ、マギさんの口元に差し出す。

「あーん、はむっ……」

 俺が差し出したドーナツを一口で食べ、口をモゴモゴさせてしゃくするマギさんは、美味おいしそうに目を細めている。

「ん〜、予想通りのチープな味だけど、美味しい」

「良かったです。けど……マギさん、ドーナツの容器を片手でも持てましたよね?」

 マギさんにお願いされたから勢いに任せてやってしまったが、改めて考えると結構恥ずかしいことをした気がしてくる。

「あ、バレた?」

「マギさん……」

 そして、マギさん自身が確信犯だったために俺は、抗議のジト目を向ける。

「ごめんごめん。おびに、私もあーんしてあげるから、ね」

 だが、マギさんは、改めて片手でドーナツの容器を抱え直し、空いた手で俺と同じようにドーナツを差し出してくる。

「いいですよ。自分で取りますから」

「あはははっ、ごめんって。んっ、このプレーンのやつ、モチモチで美味しい!」

 ねたように断って顔を背ける俺にマギさんは、苦笑いを浮かべながら差し出したドーナツを自分で食べる。

 そうして一口ドーナツを摘まみながら、四人で色々なことを話す。

「さて、俺も次はどの味を食べようかな」

「種類が多いと、目移りするよね!」

 俺が次に食べるドーナツを迷う中、リーリーも同じようにドーナツの味で悩み始める。

「でも、みんなで集まった時のおやつにはいわよね。こうした容器じゃなくて、お皿に山盛りにして飾り付けるだけでも華やかじゃない?」

 マギさんが口にした、色んな味の山盛り一口ドーナツを想像して、小さなシュークリームを積み重ねて作るクロカンブッシュのようになりそうだと思う。

「スクリーンショットのえも良さそうだな。今度、フィオルに提案して一口ドーナツフェアとでも銘打っても面白そうだ」

 クロードも一口ドーナツを摘まみながら、【コムネスティー喫茶洋服店】の新たなメニューについて考えているようだ。

 そうして食べ歩きしながら、プレイヤーによる催し物を見ていけば、色んな物が目に入る。

「ねぇ、クロっち。あそこもスタンプをもらえる場所じゃない?」

「どうやら、そのようだな」

 ドーンという爆発音や硬質な物を斬ったような甲高い音が響くそこには、何枚もの真っ黒な壁が並んでいた。

 その横には──『モノリス割り』と書かれた看板と、ランキングらしきボードが掲げられていた。

「モノリス割り……ってことは、一回の攻撃力を競う場所かぁ」

『『『うぉぉぉぉっ──』』』

 俺のつぶやきをき消すように、モノリスの一つから巨大な爆発音が響く。

 それと共に、周囲の見物人たちからも大きなどよめきが起きる。

 たった今、モノリスに魔法を放ったプレイヤーの数字が表示され、それと共にランキングボードの順位が更新されたようだ。

 そんな激しい攻撃音が響くモノリス割りの会場の前で立ち止まる俺たちは、あの衆人環視の中でランキングに挑むのも少し違うかな、と考える。

「俺たちも同じように攻撃する? あんまり目立つのは嫌なんだけど……」

「でも、競争とかしたいよね! 誰が高いダメージを出せるか」

 俺が派手な音を響かせてモノリスの破壊と再生を繰り返している一角を横目にそう言葉を口にすれば、リーリーからは競いたいとの希望が出る。

「バフなしのスキル一発勝負とかどうだ?」

「なるほど、条件付きでの勝負ね。いいんじゃない」

 クロードから身内でやるなら条件付きの勝負をと提案され、それに同意するマギさんに俺とリーリーも賛成するようにうなずく。

「オッケー。それじゃあ、私が一番手をもらうわ」

 一番に名乗りを上げたマギさんは、インベントリからメインウェポンのせんを取り出して、空いているモノリスの前に立って構える。

「いくわよ。──《金剛破斬》!」

 上段に振り上げた戦斧を力一杯振り下ろすと、斬撃と共に衝撃波が発生する。

 ──『4074』とダメージが表示され、マギさんはやりきったような表情で振り返る。

「バフなしでも結構行くわね。あっ、スタッフさん、スタンプ頂戴!」

「マギさん、すごいですよ!」

流石さすが、ATKの高い鍛冶師だ。いいダメージを出す」

「それじゃあ、次は僕が行くね!」

 モノリス割りのスタッフからスタンプを貰って戻ってくるマギさんと入れ替わり、リーリーがインベントリから双剣を取り出して、再生したモノリスの前に立つ。

「すぅ、はぁ……ふっ──《ソード・サーキュラー》!」

 深呼吸を終えたリーリーの体が横に高速回転して姿がブレる。

 まるで、コマのように高速回転したリーリーとモノリスの間で鈍い光がチラつくと、次々とモノリスに細かな傷が付いていく。

 一撃一撃は小さいが、連続で積み上げられる連鎖チェーンボーナスがダメージを加速させていき、モノリスの上には『3423』と表示される。

「おっとっと……あー、やっぱりマギっちには勝てないや」

「リーリーも凄いなぁ。結構なダメージじゃん。何回攻撃したんだ?」

「短剣系のアーツの《ソード・サーキュラー》は、コマのように高速で回転しながら32発の斬撃をたたき込むアーツだな」

 ちなみに、回転中は相手からの攻撃も弾くために攻防一体の性質を持つらしいが、回転による制御も難しいらしい。

 だから、終わり際にリーリーが蹌踉よろめいていたのだ。

「おーい、ユンっちとクロっちも頑張ってー」

 リーリーもスタッフからスタンプを貰い、こちらに手を振ってくる。

「さて、俺とユンのどちらが先に行く?」

「俺が先に行く。こう言うのって、最後が無駄にハードルが上がるからな」

 俺はクロードにそう言って、三番手を貰う。

 モノリスの前に立った俺は、インベントリからくろおとながゆみを取り出して、矢をつがえる。

「前に試したのは、孤島エリアの砂浜だっけ」

 ニトロポーションの検証の時にも使ったが、孤島エリアでミュウたちと自身のダメージ量を測った時のことを思い出す。

 あの時は、エンチャントやアイテムを盛りに盛った状態での攻撃だったので、その時より成長を感じられたらいいな、と思いながら弓のつるを引いていく。

「──《ごうきゅう・山崩し》!」

きゅういっい》の上位に位置する弓系アーツをモノリスに放つと、着弾と共にモノリスに大穴が空く。

 前に試した時より確かな手応えを感じつつ、ダメージは──『3530』を記録した。

「まぁ、エンチャントや装備補正なしなら、こんなものかな」

 一人苦笑いを浮かべて、マギさんとリーリーの待つ場所に向かい、同じようにスタンプカードにスタンプを押してもらう。

「ユンくん、お疲れ様。結構いいダメージ出たわね」

「クロっちは、多分僕より上だから最下位かぁ。まぁ、元々手数でダメージ稼ぐタイプだからあんまり気にしてないけどね」

 マギさんからのねぎらいの言葉を貰い、俺たちと比べてダメージ量が低かったリーリーは悲観せずに気楽に受け止めていた。

「さて、マギが現状一番高いダメージを出したが、遠距離のダメージディーラーの火力を見せるとしようか。──《シャドウ・ニードル》!」

 闇魔法系のセンスを持つクロードがつえを掲げてモノリスに向かってスキルを唱えれば、クロードの影が伸びていき、モノリスの手前で止まる。

 そして、一拍遅れて伸びた影から黒いとげが突き出し、モノリスの中心を貫く。

 そして、貫かれたモノリスの上部にダメージが表示されていく。

「クロっち、凄い……」

「……『5120』ってマギさんより高いダメージ出すってマジかぁ」

 最後の最後でクロードが俺たちの中で一番の記録を叩き出し、悠然とした足取りでこちらに合流してくる。

「《シャドウ・ニードル》は、俺が使える闇魔法の中でも使いやすくて単体火力が高いスキルだ。このくらいは妥当だな」

「クロードに負けるのは、なんだか悔しいわね……もう一回! 今度はクリティカル引いてダメージを超えるわよ!」

 クロードの結果に対抗心を燃やすマギさんは、もう一度挑戦しようと一歩踏み出すが──

「はいはい、マギっち。諦めが肝心だよ〜」

「あっ、ちょっと、リーリー!?」

 そんなマギさんの背中を押して、リーリーが出口の方に誘導していく。

 ああ〜、と名残惜しそうな声を上げるマギさんだが、強引に再挑戦しようとは思っていないようだ。

 そんなマギさんとリーリーのやり取りに、俺が小さく笑いクロードが肩をすくめながら、同じように出口に向かうのだった。

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