序章 装備強化とインフレ(2)

    ●


「5000万Gかぁ。なんか、凄く大金持ちになった気分だなぁ」

 ニヤニヤしそうになる顔を抑えながら、メニュー画面に表示された金額を眺めていれば、マギさんたちから生暖かな視線が向けられる。

「ユンくんだって、【アトリエール】で結構稼いでいるでしょ?」

「まぁ、そうですけど……必要以上には持ち歩かない主義だから……」

【アトリエール】にいる店員NPCのキョウコさんに預けておけば、無駄遣いせずに済む。

 また、必要な消耗品の多くは【アトリエール】内の畑で栽培可能な物が多いので、お金を消費せず、ゲーム内通貨がまる一方である。

「そうだなぁ。お金があるなら、【エキスパンション・キット】とかを買って装備の強化をしてもいいかもなぁ」

「それなら、生産ギルドのオークションや値札競売で売っているぞ。装備のスロット拡張を終えて、不要になった上位プレイヤーが売り出し始めている」

 クロードが言うには、第一段階しか追加効果のスロットを拡張できない【エキスパンション・キットⅠ】は余り始めているようだ。

「それじゃあ、買っちゃおうかなぁ。結構、お金を貯めてきたし、1億Gくらいなら余裕で買えるぞ」

 クロードの言葉に俺は食いつき、今まで貯めてきたお金を使って【エキスパンション・キット】を手に入れて、どんな追加効果を付与しようかと期待する。

 だが、クロードの次の言葉で、その期待は砕かれた。

「確か、今の平均相場は──15億Gだったな」

「ぶはっ!? じゅ、15億!? 高っ!」

 思わず吹き出してしまった俺とは対照的に、マギさんとリーリーは妥当だよねぇ、と言う風に頷いている。

「えっ、マジで……」

「これは先週の相場でイベント告知があった後だからなぁ。同じようにイベントに向けての装備強化をするプレイヤーたちが求めるとなると、更に上がるだろうな」

 それで買うか? とクロードが視線で聞いてくるので俺は、首をブンブンと横に振る。

「買えないことはないけど、高過ぎ! 2個買うだけで俺の蓄えのほとんどが消し飛ぶって……」

 今後の相場の上昇によっては、1個買うことさえもできないかもしれない。

 楽に装備の強化はしたいけど、それをするのも楽じゃないと肩を落とすと、マギさんとリーリーになだめられる。

「でも、なんでそんなに高くなっちゃったんだろうね。転売ギルドとかも関わらずにその値段だし」

「アイテムの供給数が少ないって言っても、極端よね」

 リーリーが不思議そうに首をかしげて、マギさんもあきれ気味につぶやく中で、クロードがその理由を説明してくれる。

「理由としては、ゲーム内通貨のインフレだな」

「ゲーム内通貨のインフレ?」

 俺が聞き返せば、クロードは深く頷く。

「うむ。プレイヤーたちは、クエストを受けたり、入手したアイテムをNPCに売れば、お金を貰える。そうして生み出されたお金はゲーム内の様々なやり取りで使われるが、徐々にゲーム内にお金があふれているんだ」

「お金が、溢れる……」

 湯水のように湧き出る金貨を想像して呟くが、ある意味NPCにアイテムを売りつける行為は、無からお金を生み出しているようなものだと思い付く。

「そうして生み出されたお金がNPCの店舗などで消費されれば、お金は消滅してゲーム内のお金の流通量が一定に保たれる。だが、消費と供給の釣り合いが取れていないんだ」

 ──【スターゲート】で使う重要アイテムのシンボルを販売するシンボル屋。

 ──火山エリアの【鬼人の別荘】で買い物をすると貰える福引券で回せる福引屋。

 ──地下渓谷の奥にあるドワーフの国で様々なアイテムを掘り出してくれる発掘屋。

 ──孤島エリアでランダムな【宝の地図】を売ってくれる地図屋。

 ──1周年アプデで追加されたお金をカジノメダルに交換してメダルで景品を交換するカジノなど。

 OSOには、ゲーム内通貨を消費する様々なコンテンツが用意されており、そのどれもが不確実性から目当ての結果を得るまで沢山のお金を消費させる仕組みになっている。

 だが、それらのコンテンツを用意しても、プレイヤーたちが日夜生み出し続けるお金の方が多く、お金余りの状態になっているのだ。

「そうして使い道の無くなったゲーム内通貨がどこで使われるかと言えば、【エキスパンション・キット】のような一部のレアアイテムの売買に集中しているのが現状だ」

 お金が余ったプレイヤーたちが互いにレアアイテムをり合い、価値を上げていった結果、相場15億Gなんてインフレが起きているのだ。

「でも、クロっち。あんまり、一つのアイテムの値段が上がっちゃうのは良くないよね」

「生産ギルドとして、『適正価格』をむねとしてやっているが、生産アイテムではないからな。我々の力ではどうすることもできない」

 それこそ、運営が【エキスパンション・キット】の入手方法を増やしたり、入手難易度を下げたりすればいいだけだが、ゲーム内のお金の量が変わらなければ、別のレアアイテムの値段が上がることになる。

 プレイヤー側には、どうすることもできないのだ。

「だが、一概に悪い事象とも言えない。お金で買えないプレイヤーがアイテムの取得を目指すのは、ゲームの活性化につながるからな」

「そっかぁ……俺も15億Gは気軽に出せないし、自力で手に入れるしかないかぁ」

 とは言え、先日までガンフー師匠との一騎打ちでゴリゴリに戦闘していたために、しばらくはのんびりしていたい気分なのだ。

「15億Gは、あくまで見ず知らずのプレイヤーに売る時の相場だ。売買するプレイヤー同士が納得するなら、いくらでも構わないんだ」

 それこそ、タダでも構わないのだ、と言うクロードの言葉に俺とマギさんとリーリーは、自然と聞き入ってしまう。

「ねぇ、クロード? もしかして従来の入手方法や15億Gも出さなくても【エキスパンション・キット】を手に入れる方法があるの?」

 マギさんがそう尋ねるとクロードは、おうように頷く。

「ああ、今週末にプレイヤーたちによる自発企画が開かれるんだ。そこの企画の一つに豪華景品と銘打って【エキスパンション・キット】などのレアアイテムを用意しているんだ」

 最近は、新作VRゲームの発売や来月の冬イベント前のなかだるみ期間に入っているらしい。

 去年も【生産ギルド】が主催してイベントを開催したが、今回はOSOに増えた様々なギルドが盛り上げるために企画したそうだ。

「金も戦闘力も関係なく運が良ければ、アイテムが手に入る。息抜きに参加してみないか? もちろん、当日は、色んなイベントを企画しているらしいんだ」

「へぇ、面白そうね! 私も参加したいわ」

「僕もユンっちやマギっちたちと一緒に楽しみたい!」

 マギさんとリーリーが乗り気の中、俺も息抜きで町中イベントを楽しむのも良さそうだと思う。

「俺も参加する! 色んなギルドの出し物とかちょっと興味があるかも」

 去年は、【生産ギルド】側で企画を手伝うことが多かったが、今度は参加者として純粋に楽しみたい気持ちがあった。

「なら、決まりだな。もし、その時に目当ての【エキスパンション・キット】が手に入らなくても、入手くらいは手伝おう。俺も欲しいからな」

「クロっち。現実的なこと言わないで、もう少しくらい夢見させてよね」

 フォローのつもりのクロードの言葉にリーリーがツッコミを入れ、俺とマギさんは小さく笑う。

 そうして俺は、マギさんたちとプレイヤーによる自発イベントに参加する約束をしてログアウトするのだった。

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